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ハロウィン・レルムの奇妙な二人  作者:
第一章 少女は吸血鬼の花嫁となる
15/21

怪力

「何だこれ……」

 呆然と新聞を読んでいるレインに、瑠璃はふんと鼻を鳴らす。


「どこの誰だかは知らないけど、全くやってくれるわね」

 さすがに蹴り飛ばした瞬間は載せられていないが(載せられていたら逆に怖い)、瑠璃の顔はしっかりと映っていた。モザイク処理などもちろんされていなく、日本だったら問答無用で肖像権侵害で訴えても勝てそうね、と思うぐらいのぞんざいぶりだった。


 というか。


「あなた、新聞とか見ないの?」

「ああ、俺は活字というものが昔から苦手でな……」

「……」

 それで王とは……。

 民たちがかわいそうになった。


 攻めるような瑠璃の瞳に耐えられなくなったのか、レインは強引に話題の軌道を修正する。

「と、とにかく!一刻も早くこの話題を何とかしないといけないだろうな」

「ええ、そうね。……誰が怪力よ、まったく」

 ひっそりと嘆息した、その時。


「ハロー」

 ガチャリ、と扉がまたしてもノックなしに開けられて、人を食ったような笑みを浮かべた青年が入ってきた。

 今はその能天気な顔ですらも忌々しい。

「あ、もう二人ともいたんだ。なら好都合。……これ、もう見た?」  

 シュラストがひらひらと振った手に収まっていたのは、やはりというかなんというか、今では親の仇よりも憎い紙の束だった。


 ミンチにしてやろうかしら……。

 ぎんっとその束を睨み付けていると、シュラストから声がかかる。

「どうしたの、瑠璃様。まるでミンチにでもしたいって言ってるような目で新聞睨んで」

「……何でもないわ」


 怒りをぐっと腹の底に押しとどめ、瑠璃は気を取り直す。

「シュラストも見たのね」

 固くなってしまう声はもうどうしようもなかったが、シュラストはそこらへんのことはスルーして会話を続けた。気の利く人である。


「うん、見たよ。……とりあえず、本当の名前を知っているセレナには口止めをしておいた方がいいね。不思議に思って周りに言いふらされでもしたらますます世間は混乱するし」

「ああ、そうね、それもあったわ」

 衝撃的な記事の内容に頭の許容率きょようりつを七十パーセントほど使ってしまっていたので、セレナに本当の名前を教えていたことが頭から抜け落ちていた。


「それ、最優先事項にして。セレナがマスコミみたいなやつらに巻き込まれたら、私、何が何でも街に出ていきますからね」

 瑠璃の瞳がすうっと冷たくなっていくのを見て、経験者のシュラストは若干青ざめながら頷いた。

「ああ、分かった。……で、これ、どうする?」

 と、淡々とした声音で言うシュラスト。いかにも気を使ってます、というそぶりを見せないところがさすがだ。


 しかし、その関心は一瞬で別の方向へ向く。

「ま、これを書いた奴らは全員解雇させるとして……」

 というレインの何気ない一言に仰天した。

 か、解雇?


 ここではこういうことをしたらそんな罰が下るのだろうか。いやそんな馬鹿な。だったら最初から書くわけがない。完全にレインの独断だ。

 後ろでは、シュラストが瞳を瞬かせている。

 しかしそんなことには気づかずにレインはさらりと続けた。 


「このエセ情報を流した奴は極刑だな」

 ……はい!?

「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って!え、なに、極刑って、言い換えて濁してるつもりかもしれないけど、それってつまりの死刑よね!?」

「……そうだが?」


 きょとんとした視線に眩暈がした。

「あのね、その『何を言ってるんだ?』みたいな視線はやめてよね!?こっちがおかしいみたいじゃないのよ!」

 バン、と机を叩くが、今度のレインは一向に動じない。


「これを機会に面倒な奴らは全員葬り去ってしまえばいい」

「いやいやいや、ザ・名案、みたいに言ったって無駄だから!完全に常識から外れてるし!」

「お前を汚そうとするやつは全員死刑だ」


 きっぱりと言い切られ、言葉が返せなくなる。

 目が本気マジだ。

 何よその発想……

 しかし、一瞬の沈黙は、飄々とした声によって破られた。


「はいはいそこまでにしとこうか、レイン」

 嘘くさい笑みを張り付けて、シュラストが二人の間に割って入る。

「なんだお前」

「いや、今気づいたみたいな言い方しないでよ。まあ、とりあえず……」


 シュラストがにっこりと笑みを深めた、その刹那。

 パン、という子気味のいい音が室内に響いた。

 ぐいん、とレインの顔がねじれる。

 え。

 シュラストが新聞紙でレインをはたいたのだと、瑠璃はそこで気づいた。


「何すんだ、お前」

 横を向いたまま、レインが目を眇めた。

 そんなレインに、シュラストは目を細めて短く告げる。


「頭、冷やせ」

 少しの間、二人の間で見えない火花が散った。

 な、何この殺伐とした雰囲気……

 彼女にしては珍しく、顔がすっと青ざめた。

 シュラストが皮肉気に笑う。


「あのね、そんなことしたら瑠璃様が余計苦しい立場になるってことがどうしてわかんないかな?」

 子供に言い聞かせるような表情なのに、その言葉は氷のように冷たい。

 対してレインは、少しの表情も変えずに淡々と言い放った。


「ならば俺が守ればいい」

「お子様だね」


 一瞬の間も与えずにシュラストは言い返した。

「そんなのはただの自己満足だよ。君には瑠璃様がいればそれでいいのかもしれないけど、少なくとも瑠璃様はそうじゃない。そうでなくたって瑠璃様は王妃なんだ。城に引きこもって民に顔を見せないなんて状態をいつまでも続けるわけにはいかないし、彼女の性格からしてそれは無理だ」

「お前に瑠璃の何が分かる」

「瑠璃様のことをそこまで知っているわけじゃないけど、少なくとも客観的に見たことは言えるね。……それに、根本的な問題として、瑠璃様がそんなことを望むと思う?君が妻に選んだのは、自分のことを侮辱されたからそいつらを殺して、っていうような低級な奴なの?だったら王としての資質から問うべきだね」


 たぶん反射的にだろう。レインはこちらを見た。

 首を横に振る。

 自分のせいでだれかが死ぬなどまっぴらごめんだ。

 レインは、ふっと目を伏せた。


「俺が悪かった。幼すぎたよ」

「分かればいいんだ。……束縛しすぎると不倫されるよ」

「余計なお世話だ」

 二人の間の雰囲気は元通りになっていて、瑠璃はほっと安心した。


「ならこの件は無視するってことでいい?どうせこんなうわさ、すぐに消えーーーーーーーー」

 その時だった。


 えーーーーーーーー。


 ぐらり、と視界がぶれた。たちまち目の前が真っ白になる。


 な……に、これ。


 理解する間もなく、ルミナスの四肢から力が抜ける。

 思わずその場にどっと膝をついた。頭がガンガンと殴られたように痛む。

「瑠璃!?」

 慌てたようなレインの声がやけに遠くに感じられて、瑠璃はようやく危機状態なのだと理解した。


 だめだわ、これは本気でやばいかも。


 真っ白な世界の中、瑠璃は目を閉じる。

 すべてが真っ黒に塗りつぶされ、体がずっしりと重くなった。

「瑠璃!」

 もう一度聞こえた声を最後に、瑠璃は意識を失った。


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