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ハロウィン・レルムの奇妙な二人  作者:
第一章 少女は吸血鬼の花嫁となる
12/21

「おい、さっきのはちょっとやりすぎなんじゃないのか」

 部屋を出てしばらくして、レインはそんなことを言った。


 足を止めて、心底呆れたというような視線を向ける。

「何を言ってるのよ、馬鹿ね」

「いや、馬鹿って」

 面と向かって馬鹿といわれ、レインは少なからずたじろぐ。


 そんなことは気にせず、瑠璃は「じゃあ」と言葉をつづけた。

「私が誰か別の男と一つのベッドで寝ていたら、あなた、どうするのよ」

「お前を保護した後にその男は斬首刑だな」

「……愛されてるわね、私」

 まさかそこまでとは思わなかった。


 少しレインの裏の顔を垣間見たような気がしたが、なるべく動揺は顔に出さず、瑠璃は言葉を発する。

「あなただってそうなるでしょ。乙女の柔肌には、そう簡単に触れちゃいけないのよ。ましてや、あんなにかわいい女の子、男どもが放っておくはずないじゃない。何かされてからじゃ遅いのよ」

「いや、それはそうだろうが、もう少しシュラストを信用してやれよ」


 その言葉には確かに友人を案じる気持ちが混ざっていて、瑠璃はそうね、と呟いた。

「でも私はどうしてもか弱い者たちのほうに目が言ってしまうのよ。今だって、あの子に何かあったらそれをやった奴らを一人残さず八つ裂きにする危険があるわ」

「……」

「残酷だと思うでしょ?」


 そう言って自嘲気味に笑うと、レインは静かにこちらを見た。

 口が開く。


「お前、何かあったのか?」

 ピタッと、少女の足が止まる。

 同時に足を止めた男に向かって、少女は無感情な仮面をつけた。

「何かって、何?」


 冷えた視線と声。しかしレインはひるまなかった。

「いや、人っていうのは、自分が何か酷いことをされたら、自分と同じような目にあっている人とか、あいそうな人を守ろうとするだろう。なんかおまえ、そんな感じだ」

「……」

「何かあったのか?」


 同じ質問を繰り返されて、少女は一瞬固まった。しかし、すぐに首を横に振る。

「私じゃないわ。……家の近くに住んでた子がね、ひどいいじめに遭っていたのよ。いっつも服はボロボロにして帰ってきて、手足はあざだらけ。カッターナイフで切られた傷も執拗に何度も何度も。とても見られたものじゃなかった。……だからその子を守ろうとした。そしたら結局いじめはやんだけど、ほかにもそういう目に遭ってる子がいるっていう事実を知ったの」


 ハッと笑う。


「なんてことないわ。最初に守った子のいじめが止んだのは、身代わりが何人もいたからだったのよ。ありえないって思った。大人は見て見ぬふりだし、ほかの子たちは怯えて止めようってことができない。愕然とした。……だから、私がやったの」


 暗く、暗く沈む感覚。


「その子たちがやってることをビデオに撮って、匿名で教育委員会に送り付けた。私ひとりじゃどうにもできないところまで行ってたし、警察に届けた方がいいんじゃないかって判断したから。まあそしたら当然いじめっ子たちは罰せられて、苛められっ子たちは解放された」

 仮初めのハッピーエンド。

 心が、きしむ。


「でも、本当にそれでよかったのか、いまだに私にはよく分からないわ。いじめは収まったけど、苛めていた子たちは逆に苛められるようになって、別の学校へ転校してしまったし」

 親の仇でも見るような、憎々しいまなざしだった。

 再び、瑠璃の口元が自嘲気味に弧を描く。


「私がやったことは、ただのエゴだったんじゃないかってーーーーーーーー」


 と、その時。

 ぐいっと、何かに手を引っ張られた。

 悲鳴を上げる暇もなく、それに引きずられてとんっと額が何かにぶつかる。

 背に回された腕は、冬に差し掛かる季節としては暖かかった。


「……何?」

 反射的に、低い声が出た。

 それより低い声が頭上から響く。

「別に、なんか、こうしたいと思っただけだ。深い意味はない」

 意味がなきゃやらないでしょうに。

 そうツッコむものの、動きを封じられていては何もできない。身長は彼のほうがはるかに大きいので、その分力も強いのだ。


「なあ、一つ聞いていいか」

「何?」

「苛められてた子たち、感謝してたか」

 体がぴくっと反応した。

 力が抜ける。


「……ええ」

 あの時の笑顔は、きっと一生忘れられるものではない。

「ならいいんじゃないか。誰だって全員を救うなんてことはできやしないんだ。お前のやったことは正しいよ。お前がやらなきゃ、きっとほかの誰かがやってた」

「……っ」


 どうして。

 どうしてあなたが、それを言うの。……そんな、

 私が一番、言ってほしかったことを、どうしてあなたが言うの。

 唇を、強く強くかんだ。

 血がにじんだ。

 ああ、生きている。私は今、生きている。

 それを実感した時、少女の瞳から透明な粒が流れ落ちた。


「……っ、ふ……」

 歯を食いしばって、声を出さないように耐える。

 さああ、と風が吹いた。

 突然、体への圧迫感が消える。


「レイン……?」

 腕を解いて、こちらを見つめる彼の瞳には、何かいつもと違う感情が宿っているような気がした。

 彼の肩の向こうに、満月が見えた。

 ハッとする。

 --------吸血鬼。

 逃げようとしたが、吸血鬼のスピードにかなうはずもなく。


「……っ!」

 唇が、ふさがった。

 ピリリとした痛みが走り、思わず顔をしかめる。

 吸血鬼の衝動というのはどれくらいのものなのかと、瑠璃は身を固くする。

 しかし、そのキスは思ったより激しいものではなかった。逃げることはできないし、確実に血を吸われているという感覚はあるが、それは労わるようなキスだった。


 どうして……。


 欲望に身を任せたキスではない。貪るような吸血ではない。それを押さえるのはひどく難しいはずなのに。

 永遠とも思える時間が流れーーーーーーーー彼は唐突に唇を離した。

 瞬間、強く強く抱きしめられる。

 瑠璃は何とか悲鳴を飲み込んだ。


「……ごめん」

 低く、それでいて掠れた声に、背筋がぞくりとした。

「ごめん、抑えられなかった」

 乱れた息遣いに、彼が今までずっと我慢していたことを知る。


「……今のは私が悪かったわ。満月だったのに、血を見せたのだし」

「……ごめん」

 なおも彼は謝る。が、彼が満足していないことは分かりきっていた。

 どうしようかと、頭が冷静に考える。

 広い廊下に、彼の息遣いが響いた。


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