魔法のない世界
少年の名前を御厨慶一といった。県内の中堅私立高校に通う普通の男子高校生である。
空中要塞バハムートも真っ青な超高層マンションに暮らしていることからもわかるとおり、それなりに裕福な生活を送ってはいるが、それでもいわゆる中堅の域を出ないだろう。
なんでも、訳あり物件だから安く買えた、そうで。
たしか前の入居者が二組も自殺したとかなんとか。
呪いなどという非科学的な現象を崇拝するタイプでは決してなかったが、なるほど、わけあり物件というだけのことはある。
まさか32階のマンションで、空き巣と相対しようなど!
しかも頭の煮えたコスプレ少女。かなりかわいいというおまけつきだ。
「そういうわけで、余はこことは別の世界より参ったのだ」
らしい。
なんでもこの世界とは別に剣と魔法とファンタジーな愉快な世界がどこかにはあるそうで、そこの召喚魔法?みたいなのの応用でこの世界に飛ばされてきたんだそうな。
「それで、そなたにはもとの世界に帰る協力をしてもらいたい、というわけだ」
「なるほど! よくわかった」
「ふむ。わかってもらえたようでなによりだ」
「話を聞くだけ無駄だとわかった。よし警察に……」
「な! キサマ……!」
と、慶一が言うと魔王はギラリと冷たい視線を覗かせる。
「だいたい、きみの言葉を信じるとして、魔王なんだろ? 人間の敵じゃないか! 人間に協力を求めるほうがお門違いってもんじゃないの?」
「我々は人間の国家である帝国と戦争をおこなってはいるが人類がすべて敵だとは思ってはいないよ。第一、住む世界が違うもの同士がいがみ合う必要すらあるまい?」
「だからっておれにどうしろと。たしかに同情はするよ。まだ12才くらいだろ? 泥棒ってのもまあ、ありえないはなしだ」
そう。魔王を名のる少女はまだ12、3歳という頃合いなのだ。
彼女の言葉が本当だとしても嘘だとしても、同情を禁じえない。
ほんの12歳の子供が帰るところを失ったというのはおそらく事実なのだ。
「余は17歳だ! もう成人しておるわ!」
「え! 同い年? まじで!?」
これで、か?
「ふむ。驚いておるようだな。たしかに余は歴代の魔王のなかでも群を抜いて最年少だ。驚くのも無理はない」
「いや、そこじゃなくて」
「とはいえそなたも相当の使い手。まさか、対魔結界を高濃度に常にこうじておる、などと。おかげで余はそなたの前では低級魔法する奏でられぬわ」
「対魔結界?」
「ああ。今だかつてない経験だよ。帝国の達人の対魔結界ですら、余にとっては多少威力が弱まる程度の効果しかなかったのだが、ね。まさか魔法そのものを封じるとは」
「なにを言ってるのかわからないけど、おれはべつになにもしてないよ」
「なに? ではなぜ余は魔法を使えん!?」
「いや。知らんけど…! そもそも魔法ってそんなもん本当に存在してるのか、あんたの世界では」
「は? な、に?」
慶一の言葉で、あからさまに魔王は表情を蒼白に変える。
「魔法を知らん、のか? まさか。いや」
そうして考え込むように魔王はうつむく。
「ありえない! バカな、なら、なぜ勇者はあれほどまで強大な魔力をもっていたというんだ! この世界が、屈指の魔法世界でなければ説明がつかないだろう!」
「よくわからんけど」
「もしも、おまえがうそをついていない、と仮定するのなら……」
「はあ」
「この世界の人間は魔力を持たない。魔法が使えない!」
「ん? ああ」
「なのに異世界から召喚された勇者は莫大な魔力を得る。なら異世界に召喚された者は、逆に莫大な魔力を失うのでは?凡夫が勇者となったように、世界最上の魔力を持つ、余が、無力な凡人に…」
そして震えながらつぶやく。
「この世界には魔法が存在しない……」
「ああ……」
「なら、余は、もう帰れんのか? 二度ともとの世界に帰れぬのか? 余は!!」
そう言って魔王は叫び声を上げる。
ボロボロと涙をこぼしながら。
その姿はまるで年相応の、12歳の少女のようにしか見えなかった。
魔王はそのまま不意にその場に倒れた。