会夢
「改めてご挨拶いたします。私は白の神ラトゥールと申します。貴方に頼みがあってここにお邪魔しております。お話、聞いていただけますね?」
え? だれ? 僕部屋で寝てたはずだよな? てかここどこ? 最近いきなり訳が分からない状況に放り込まれるの多くない? よし、まずは冷静に状況を把握しよう。嬉しくない事にこんな事態には慣れてきた気がするな。
えっとこの人は誰なんだろう。見たことはないよな。ていうかこの人とんでもない美人だな。こんなまじまじ見てると何か悪いことしてるみたいだな。銀髪なんて初めて見たけどとんでもなく綺麗だ。真っ白な肌や真っ白な背景と相まって、完成された絵画か最新技術を駆使した映画のワンシーンみたいだ。
「ありがとうございます。そう思っていただいて光栄ですわ」
うわーほんとに綺麗だ。なんて柔らかい微笑みをするんだろうか。
「それで、話を進めてもよろしいでしょうか?」
あ、はい。
「多少混乱されているようですので、説明からいたしましょう。ここは貴方の精神世界とでも言いましょうか、現実とは違う空間です。それと訂正致しますと初めまして、ではありません」
え?こんな綺麗な人に会ったら忘れるはずないと思うけど……
「ふふっ、いいえ日中にお会いしたばかりですよ?」
もしかして昼間に魔力測定した時? あのあとは宿舎に帰ってそれからは外出してないしな。でもあの場所で見かけた覚えはないし、後からきた集団にも…… いや、もしかしてあの時のフードを被った四人組?
「ええ、そうですその中に私もおりました」
なるほど。ん? そういえば僕さっきから考えが口に出てたか? ていうか精神世界って? それに
「あ、あの~それで貴女はなんで僕の精神世界とやらにいるんですか?」
「そうですか。事情は分かりました」
僕は使徒とやらに選ばれてしまったらしい。使徒っていうのは神様に力を与えられた者の事で、とても凄いことだと神様に直接言われた。信じがたい事だが目の前の女性は神様だ。いや、この世界には神様が実在するという事はアンジェリナさんに聞いて知っていた。でもまさか実際に会うことになるとは。どころか既に会うのは二度目だし、さらに場所が夢の中。もう僕の常識は跡形もなく消え去ってしまいそうだ。もう何が来ても受け入れられそうだ。
「それで僕に頼みっていうのはどんなことなんですか?」
「あら、頼まれていただけのですか?」
なんて、首を傾げて微笑みかけてくる。これわざとやっているんじゃないのか? あざとい……
「まぁ! それは心外ですわ。自らの使徒にそんなように思われるなんて……」
芝居がかった仕草で崩れ落ちてヨヨヨ、なんて言っている。本当にこの人神様か? なんか貫禄とかオーラみたいのがないんだけど。
「ていうか、ナチュラルに心を読むのはやめてくれませんか。それより話を進めません?」
「そうですね。そう致しましょう。では、我が使徒コーヘイ。使命を与えます」
やっぱり小芝居じみていて、敬意みたいのは湧いてこない。
「んっん、ゴホン! なにか?」
「いえ! 何も言ってません!」
本当になにも言ってないんだけど。だからそんなに睨まないんで欲しい。
「ともかく! 使徒としての力はすでに授けました! なので頼みを聞いてください!」
なのでと言われても勝手に授けられただけなんだけど。
じろりと睨みつけられる。
「分かった。分かりました。とりあえず聞くだけ聞いてみます」
見た目は凄く綺麗な女性なのに行動はなんだか子供っぽくてどうも調子が狂う。今だって、私は神なのにうんたらかんたらと、ぶつくさ言っている。なんとも親しみやすい神様だ。そのせいか僕の態度も自然と砕けたものになってきている。
「貴方に無関係な話でもありません。我々と敵対している者が貴方々に接触してくる可能性があります」
敵? 神様の敵だって。なんだろう邪神とか?
「そうですね、そう言っても間違いではありません。その者は黒の神と呼ばれています。かつては同志であったのですが、魔族に味方した裏切り者です」
そう言った瞬間、親しみやすかった神様は消え去って、そした裁きを下す冷徹な、罪人に一切の慈悲を許さない神が姿を現した。そう思ってしまうほどに雰囲気が変わっていた。
「あのような穢れたイキモノに手を貸した者の事など口に出したくもないのですが、その者も我々と同じように使徒に力を与えることができます。その使徒が貴方々の中から出る恐れがあるのです。それだけは阻止せねばなりません」
先ほどまでとは打って変わって感情の乗っていない声音で、いや、違う。これは感情を押さえつけて、感情が漏れ出ない様に無感情を装っているだけだ。その豹変ぶりに返す言葉が震えてしまう。
「どっ、どうしてっ、そんな事を?」
「黒には封印が施して縛り付けていますが、使徒を使ってその封印を破る事が目的だと思われます。使徒に力を授けるにはある程度近距離にいなくてはいけないのですが、縛り付けている場所がこのシルクラの地なのです。貴方々は魔族に対して無知であり、強力な魔力を持つ者も多い。黒からすればこれ以上ない好機に思えるはずです。頼みというのは、使徒になってしまった者を見つけ出して欲しいのです」
それは…… 見つけたら、一体どうするつもりで……
「やむを得ない時もあるかもしれません。しかしそうしなければ多くの犠牲が出てしまうのです」
「じゃあ! 皆に封印の話をして絶対に解かないよう言っておくとか」
拙い代案を出すも冷たく遮られる。
「いいえ、封印の件をイタズラに広める訳にはいきません。それは危険が大きいのです。魔族共に集団としての力はもはやないでしょう。しかし個での力は侮れません。それで封印が破られるとは思いませんがいらぬ危険は避けたいのです。黒の力は凄まじく強大なのです。もしも解き放たれたとしたらまたも魔族共を率いて争いを起こすでしょう。そうなればどれほどの血が流れる事か……」
「でも…… そのために誰かを、犠牲に、するなんて……」
「もしかしたら流れる血が貴方々のものかもしれないのですよ? それに必ずしも使徒となった者を傷つけるとも限りません。使徒にするのは誰でもとはいかないのです。相性が合わなくてはなりません。一人もいなければ幸いなのですが、通常は百人もいれば一人か二人は適合者がいます。なのでその方を説得して頂ければそれでも構いません。ですので協力願えませんでしょうか、見知らぬ人々の為に、とは言いません」
そう言って彼女がひと呼吸置くと、いつの間にか纏う雰囲気も最初のものに戻っていた。それでも瞳に真摯な光を宿している。
「貴方の大切な方を守る為に」
そんな言い方をされてしまったら断るなんてできないとおもう。
「うーん、分かった。僕でよければ出来る限りのことをするよ。だから加護とか魔族の事とか教えてくれないかな? そういうの全然知らないんだよ。魔法の練習も途中までだし」
貴女たちのせいで。とは言わないでおく。思ってしまっては意味がないけれど思ってしまうのは仕方ない。仕方ない事なのに、ご機嫌が傾いていってる。
「なっ! なっ! なんて、言い草でしょうか! はっ初めて、適合者が見つかった私の気持ちを分かっていません! 知りません! 自分で調べてください! それも使徒の仕事です!」
ぷいと、顔を背けたかと思うと、突然彼女が消えてしまった。僕は慌てて彼女がいた場所に手を伸ばした声をかける。
「ちょっ、ちょっと待って!」
しかし目に映るのは朝日が入り込んだ淡く光る部屋、僕に割りふられた宿舎の一室だった。
夢? いや、僕の精神の中だとも言ってなかったか? 最近ほんと訳のわからないことばかりだ。でも確かなこともある。最後の怒った顔。
「可愛かったな」




