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幕間 告別

 王都シルクラの大聖堂にて三十五人の死者との告別式が、しめやかに執り行われている。参列者たちの顔は暗く、怯えている者や嗚咽を漏らしている者もいた。

 祭壇には三十五の棺が並べられ、ロバート大神官が死者を慰める鎮魂節を厳かに読み上げている。その棺が一つだけ空であるのを知っているのは、参列者の中では幸平たち四人だけであった。


慰霊の儀が終わると棺は衛士によって静かに墓地へと運ばれていき、参列者たちもあとに続く。


「なあ、やっぱり神岡があの仮面だったのかな」


 列に参加している、黒い喪服を着た幸平が独り言のように、隣を歩く大介に問いかける。大介の格好も同じく喪服だ。黒のスラックスに黒のシャツを着て黒い上着を羽織っている。

 神岡とは唯一、死体の発見されなかった部屋を貸し与えられていた生徒だ。


「あんな事する奴には見えなかったけどな」


 答えた大介の声音もポツリと漏らすものだ。


「だが、もしかすれば黒の神に使徒として選ばれたのかもしれない」


 後ろを歩いていた葉月が独白のような会話に参加する。着ている喪服は二人と同じくスラックスタイプだ。違うのは二人よりも身体のラインを浮き上がらせるように、シュッとした意匠であることくらいか。


「でもどうしてあんな事するの?」


 その隣の優姫が言った。葉月とは違い、スカートタイプの喪服を着ている。


「それは私にはわからんさ。しかしあの時、昼のこともあって外には警備も配置されていたんだ、外部犯とは思えない。魔法を使って侵入したと言われたら、それに詳しくない私たちに反論できないがな」


 四人はザックから死体が一つ足りなかったことを聞かされていた。その際に、仮面の男は幸平を襲撃した男たちの仲間である可能性が高い――使徒である幸平たちを利用するための都合の良いでたらめだ――と伝えられていた。しかし、その話がどこか腑に落ちない幸平たちは推理を重ねて、犯人は死体のない神岡ではないかという仮説に至っていた。もちろん、彼らは本気で同級生がそんな事をしでかしたとは思ってない。あくまでも、仮定の推理だ。

 そうすることで無意識に、親しかった人間の死という現実に耐えようとしていた。

 そんな中、大介が新たな説を思いつく。


「そういやよ、別に神岡が仮面とは限らないんじゃないか?」

「でも攫われた可能性はほぼないってザックさんは言ってたぞ?」

「いや幸平、そうじゃなくて、神岡の部屋に誰かが死体を運んだってな事もあるんじゃないか?」


 三人はその言葉にハッとする。中でも葉月は、さらなる何かに思い至ったような愕然とした表情を浮かべた。


「そうか。そういう可能性もあるのか。だったら神岡じゃなくても――――ん? どうした葉月なにか思いついたのか?」


 葉月は肘を握り締めながらもう一方の手を顎に当てて、深刻な顔で何かを考え込んでいる。その様子に気がついた幸平が声をかけた。

 その言葉で我に返った葉月は誤魔化すように、なんでもない気にするな、とだけ返す。なんとなくそれ以上聞き出す気になれなかった幸平は、葉月の様子を心配しながらも何も言わなかった。

 会話が途切れたことで口を開き難い雰囲気になり、一行は黙々と墓地まで向かっていく。

 誰しもが頭の片隅にすら、義人が死体を運んだという考えを浮かべることはなかった。葉月ただ一人を除いて。

 





 衛士たちとは違い、生徒たちと僅かながらも親交があったザックは喪服で参列していた。参列者の前で棺が埋葬されていく中、一人遠巻きそれを見つめていた幸平を目にして、そこへと歩いていく。近づいて来るザックに気がついた幸平は顔をそちらに向けた。


「ザックさん……」

「邪魔したか?」


 一人にしておいた方が良いか、と言外に尋ねたザックに幸平は首を横に振って答えた。


「ちょっと聞いて貰ってもいいですか?」


 ザックは取り出した煙草にを咥えると、ライター――金属の小さな筒にオイルが入っており、キャップを外して、オイルが染み込んだ綿芯の傍に付けられた火打石に、振り子状の衝撃子をぶつけることで発火させる――で火を点けて、無言で先を促す。


 その動作を肯定と受け取った幸平は、ポツポツと語りだした。


「何人も殺されて正直、凄く悲しくて、怖いです。でもやっぱり、義人が死んだことが一番悲しいです。なんていうか、言葉では上手く言えない変わった奴なんですけど、良い奴だったんですよ。人に優しくできる奴だったんです」


 淡々と言いながらも、目元は微かに潤んでいる。


「なんでこんなことに、って思います。みんなも同じだと思います。中にはアンジェリナさんやザックさんとか、この国の人たちは得体の知れない僕たちに良くしてくれてるのに、逆恨みみたいなこと言う人もいます。でもたぶん、それは怖いからだと思います。みんな怯えてて、何かを攻撃しなきゃ落ち着かないんだと思います。本当なら、僕がみんなを安心させなきゃいけないのに」


 幸平は拳を握りしめて俯く。横目でそれを見ながら紫煙を吐き出すと、ザックは言った。


「それは背負いすぎじゃないのか」

「かもしれません。でもこのままだと駄目だって思うんです。なのにどうしたら良いのか分からないんです」


 幸平になんと言うべきかザックは、チリチリと煙草が焼ける音を聞きながら思案する。


「なら、お前が守ってやればいいじゃないか? お前は使徒だ。その力を使えばすぐに上の地位にいけるはずだ。だから、国に仕えないか?」

「え?」


 ザックは自分に対して吐き気をおぼえそうだった。性根の真っ直ぐな若者に自分は、助言を与えるフリをしながら実際には陛下の意向を叶える好機だとして、適当な言葉で国に取り込もうとしている。国に仕える自分が、国の利益に貢献することは間違いではない、というお題目では到底ぬぐいきれない嫌悪感を己に感じた。

 だが、国王への忠義で感情をねじ伏せて、真剣な顔で心にもない言葉を続ける。


「おそらく今回のことを仕組んだのは、この国に使徒という戦力が増えることを危惧した隣接の国だ。気の毒だがこれからもお前たちは狙われることになるはずだ。俺たちも出来る限りは手助けするがそれにも限界がある。だからお前が守れ。戦う力と権力を手にすればできるはずだ」


 俯いていた顔を上げて、幸平はザックの目を見ながら真剣に話を聞いていた。後ろめたい気持ちを抱えているザックは、その視線に居心地の悪さを感じる。


「まあすぐに決めなくてもいい。その気になったら言ってくれ」


 耐え切れなくなって幸平に背を向けると、煙草を持った手を振りながら歩き出す。ザックは走り出したくなる気持ちを抑えて、真っ直ぐな眼差しから逃げ出した。

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