発覚
「凄いね。今ので終わりかと思ったんだけど、存外、君は間抜けではなかったようだね」
遮る物がなくなったおかげで現れた満天の星空を見せられた俺は訳も分からずにいたが、まずはと立ち上がり体勢を整えたところで、挑発の台詞を掛けられる。
降って湧いた闘争に、俺は少し楽しくなってくる。
ほんの少し前に、俺は四階と三階の部屋を全て回り終えてから自分の部屋に戻って細工を施して仕上げに火を放った。それから程よく火勢が増したのを見届けて、いざこの場を後にしようとしたその時、盛大に燃え盛り真赤に照らされた廊下に人の姿を見つけて驚愕してしまったが、明らかに人類の生存圏でない場所を悠々歩く人間を見れば誰だってそうなるに違いない。咄嗟の判断では、それを無視してさっさと立ち去ろうと決めたのだが、どうにも見てからでは遅かったらしい。俺の目には、突如として炎が襲い掛かってきたかに見えた。思考ではなく反応で伏せて転がって回避しようとしたが、避けきれず爆風に飲み込まれ吹き飛ばされてしまったのだった。
記憶にないがその時ぶつけたのだろう。立ち上がった際に体が痛んだ。だがそれは無視するしかない。敵が傍にいるんだ。休む暇はないだろう。
それにしても、凄いねだと? こっちの台詞だ。建物を吹っ飛ばしておいて白々しさの極みだ。おかげで火勢はほとんど消えてしまった。しかも周りに人がいるんだぞ? そこのところ分かってんのかこいつ? まあ、俺とこいつ以外死人なんだが。それともそれに気がついてるのか? いや待て。それよりもさっきの声は女だったな? しかもこの人を食ったかの話し方。心当たりがある。名前は何だったか…… そうだ石田だ。結局他の生徒にはまだ教えてないから、魔法はあいつらしか使えないはずだ。ならばこいつも使徒か。しかもあいつらと違ってまともに使えてやがる。うざってえ。
こいつの魔力も奪ってやりたいが、残念ながら長居はできないな。早く離脱するべきだろう。火事どころか爆発まで起きたんだ、すぐにでも人が駆けつけてくるはずだろう。
俺は現状の把握と脱出手段を探すため、周囲を見回す。三階にいた筈だが先程の爆発で三階が吹き飛び、二階に落とされたようだ。目の前の床も吹き飛んで、一階が見えてしまっている。
「無視しないで欲しいな。それとも逃げるつもりなのかな? 君が何を目的にこんなことをしでかしたのか知らないけど、こんなにたくさん殺しておいて自分は逃げようだなんてちょっと虫が良いんじゃないかな?」
コツコツと音を立てながら宿舎を半壊させた女が、炎に照らされて顔を顕にする。
やはり石田だったか。ならば声を出すことは出来ないな。特に親しい訳ではなかったが、万が一もある。現に俺は気付いた。それにしても爆風で仮面が外れなかったのは幸運だったな。こいつ、涼しい顔をして過激な事をしてくれる。
「それにしても僕はついている。訓練にでもなるかと思って火事を消しに来れば、クラスメイトは死んでいて、仮面なんてした明らかに怪しい男がいるじゃないか。状況を鑑みるにクラスメイトを殺したのは君で、火をつけたのも君だ。であるなら、ここで君を取り押さえても構わない訳だ。多少強引でも。まあ、あくまでも君が抵抗すればの話だがね」
言いながら石田は大仰に腕を広げて俺を挑発してくる。
「それで、君は抵抗してくれるかい?」
ヒュン、と石田が腕を振るう。
「がっ!?」
腕を振った意味を考える間もなく俺は吹き飛ばされ、建物の破片がバラバラと散らばった廊下を転がる。石田のせいで火事はほとんど収まってしまっている為、幸いにも炎に突っ込んで燃え死ぬ事はなかった。
倒れたまま考える。今俺は何をされた? 残りの使徒は風だったな。なら今のは空気を叩き付けられたのか?
体中が痛む。だが無視出来る程度だ。まだ体も動く。しかし残念な事に今は石田に勝てない。だからさっさとこの場を後にしなければいけない。
それは分かってる。
なのに俺はこのまま逃げ出すことに酷く抵抗を感じてしまっている。そう逃げだ。ここに居続ければ俺は損をする。だからここを離れる。それは良い。だが一方的にやられて惨めに逃げる。それは負けに他ならない。俺はそれが嫌なのだろう。
「もう終わりかい? もっと抵抗してくれないとつまらないのだけど」
石田は自身の優位を確信している。起き上がろうとしない俺にさっきの攻撃を撃たないのがその証拠だ。舐めやがって。ああ、駄目だと分かってるがどうしても頭が熱くなってしまう。
あちらこちらで炎がくすぶって赤く照らされた中を、石田は火傷することなど微塵も考えていないか、堂々と廊下の真中を歩いてくる。うつ伏せに倒れたままに俺はそれを横目で伺いつつ、ポケットの魔法陣を握り締めた。
いいだろう。やってやる。さっさと止めを刺さなかった事を後悔させてやる。
「これはどうすれば良いのかな? 君を騎士さんにでも引きずっていけば良いのかな? このままにしてたら君、逃げちゃいそうだしね。でも僕にできるかな? とりあえずやってみようか。ダメならまた別の案を考えよう。君、体重はどれくらいだい?」
傍まできた石田が余裕の態度で俺の襟へと手を伸ばす。ギリギリまで引きつけてから身を翻し、それを避け間合いを離す。けれど立ち上がりはせずに腰を下ろしたまま石田に向けて両手を翳した。
石田は俺の反撃を予想していたのか俺が動いたとのを認めると、すぐさま後ろに下がりそれから腕を振るおうとした。だが俺は手振りで静止の意を、待ってくれとの意思を伝える。伝わらかった、または無視された場合はすぐさま回避に移るため足に力を溜めておく。
しかし俺の動作をみて反撃の意思がないことを悟ったのか、距離は取ったままだが怪訝そうな表情をしてはいるが動作を途中で止める。
「ん? もう抵抗はしないのかな? だったらおとなしく引きずられてくれないかな?」
上から俺を見下している石田は、そう言って警戒を続けながらも距離を詰めようとしてくる。俺は必死さを装って待てと示し、それを押しとめる。
俺が動いた事で、反射的にだろうが石田は足を止めた。
「何を考えているんだい? 何か言いたい事でもあるのかい?」
無言で頷いて肯定のする。これは好機だ。声を聞かせたくないが、この流れを断つ訳にはいかない。
「良いよ、言ってみなよ。ただし、おかしな事をすればすぐにでも吹き飛ばすよ?」
声を聴かれる事になるがやむを得まい。何でもいいから時間を稼がねば。最悪、もし勘づかれても間に合いさえすれば問題ない。気付かれないに越したことはないが。何と言って誤魔化そうか。出来心で魔が差しただけとでも言うか? 仮面なんて物を準備しといてそれはないな。いや、会話を引き延ばす事が目的だから素性はどうでも良いか。それとも放火癖の快楽殺人者か? そんなこと言ったら速攻で止め刺されるか。そうだな、昼間の連中の仲間ということにしておこうか。反王権派の差し金、てな線でいこう。
考えを素早くまとめたが、それは徒労になってしまった。会話をする必要がなくなったのだ。幸か不幸か定かではないが。
「義人ー! どこにいる! 返事しろ!」
「待てと言っているだろう! 戻るんだ幸平!」
足音と大声がこちらへと近づいてくるのに気がついた。音は石田の背後から迫ってくるようだった。石田が半身になり顔をそちらへと向けたのを確認してから、俺も同じ方向へ目線を向ける。しかし石田はこちらへの警戒は怠らずに、俺を視界に収めたまま背後にも目を向けた。その状態で数秒待つと薄暗い廊下の奥から、残り火と星明りに照らされて乱入者の顔が見えてきた。
まあ、見なくても誰なのかは分かっているんだが。
乱入者の二人は俺と石田の姿を確認すると驚きと疑問の声を上げる。
「石田さん!? 何をしてるんだ!?」
「石田? ここで何を」
二人とも制服姿だ。まさか火事に気が付いてから着替えた訳でもあるまい。という事はずっと起きていたのか。いったい何をしていたんだ?
幸平は石田へ近づくために足を踏み出そうとするが、葉月に指がめり込むほど強く肩を掴まれて静止させれる。
「待て! 頼むから! 本当に!」
その表情は若干どころではなくかなり苛立っているように見える。どうせ幸平が、危険だと止める葉月を無視して無理やりここまで来たのだろう。ご愁傷様だな。
葉月は走ったからなのか苛立ちのせいなのかで乱れている呼吸を整えた。それで落ち着いたのか苛立ちの浮かんだ顔を消し去り、俺に対して厳しい目を向けながら、静かに、けれど強い口調で石田に問う。
「石田、そいつは誰だ」
問われた石田は先と変わりない半身で俺と幸平達の両方を視界に入れた体勢で、肩をすくめて返答する。
これは僥倖。いいぞ葉月。この流れは良い。もっと会話して時間を稼いでくれ。
自然と顔に笑みが浮かぶ。本来こんな表情を見られたら非常に宜しくないのだが、仮面のおかげでそれを抑える必要もない。俺はかなり仮面が気に入ってきた。
しかしさっきまで時間に追われていた俺が今は時間を稼ぐ側とは。何の皮肉だろうか。長居できないことに変わりはないがな。
「それは僕にも分らないな。僕はただ怪しい人間が居たんで取り押さえようとしただけさ」
まだだろうか。そろそろ発現して欲しいのだが。
「そうか分かった。それでそいつは何をしていたんだ?」
やはりまずは魔法の習熟を急ぐべきだな。これではまともに実戦で使用することは出来ない。今日決行というのは焦り過ぎただろうか?
「この辺りの部屋を覗いてみる良い。みんな死んでるよ。状況証拠しかないけれどおそらくこの人がやったんだろうね。放火したのも多分そう」
しかし時間を置いて魔法を覚えられた後だと面倒だろうしな。実際こうしてこの女のおかげで冷や汗を搔かされた。やはり今しかなかったはず。幾度も同じ結論に至った筈だ。ところでいい加減まだか?
いつの間にか座ったまま無意識に足を踏み鳴らしていた。いかんな俺は詰めの甘いところがある。怪しまれる――今の俺は存在そのものが怪しさの塊ではあるが――行動は控えておかねば。
「そんな!」
「なんだと!」
「それで彼を取り押さえたんだけど、運ぶのを君たち手伝ってくれないかな?」
石田は幸平達に協力を申し込んだ。それを言い終わるのとほぼ同時に俺の魔法が発現した。
ボッ
俺の頭上に半径五メートルほどの赤い円が、軽い音を伴って現れ、数瞬後に消える。円の範囲内に居たのは石田だけだ。その石田が間の抜けた声を出す。
「え?」
何も理解できていないのだろう。そんな顔だ。さっさと止めを刺さないからそうなるんだよ。言うだろ? 弱者は強者に弱いが、強者の天敵もまた弱者ってな。俺はその言葉を戯言だとしか思わんが、とにかく油断する奴が悪いって事だ。
俺が使ったのは炎で範囲内の物体を焼く魔法だ。立体的な形に発現できればもっと強力なのだが、俺には薄く膜を張るようにしか発現させられなかったので、まるで切り裂くかのような結果が起きる。完全に範囲内にいてくれれば胴を両断できたのだが、残念ながら左手を切り落とし、脇腹を裂く程度に止まっている。傷口は焼けているので出血はないが、支給されたのであろう寝巻きのような簡素な服は脇腹の位置が発火している。石田は蹲って悲鳴を上げながらも火を消そうともがく。傷の周りを残った右手で叩いている。痛いだろうになかなか肝の座った奴だ。
魔法が消えると同時に走り出していた俺は石田の様子を確認しつつも、辺りに散らばる破片の中から前もって目星を付けておいた使いやすそうな木材を手に取って、理解が追い付かず呆けている葉月の後頭部へ力いっぱい薙ぎ払う。
反ってきたきた衝撃に手が痺れるが、それには構わずに振り切った木材を、幸平の顔面を狙って振り上げる。
だが幸平はすぐ動き出し、木材を躱した。
昼間の事や火事などで非常事態の耐性が上がったのか? 葉月ですら冷静さを欠いたのだがな。葉月の方が厄介なので先に沈めたのだが、幸平が避けるとは予想外だったな。ああ、そうだ一応念を押しておこう。
右手に握った木材を振り上げ、倒れた葉月の先と同じ個所へもう一度木材を叩き付ける。さらにもう一度木材を振り上げる。だが葉月に振り下ろすつもりではない。邪魔をしてこないのならそうしても良いのだが、これは誘いだ。
「やめろ!」
こうして阻止しようと止めに来るのを見越した釣りだ。




