相談
「それで俺達を集めてなんの話があるんだ?」
皆が揃ってすぐに、背もたれのない椅子に腰掛けている大介が僕に話を早く進めろと急かしてくる。夕食を終えてから僕は仲間達を、端の方にある使われていない部屋へ呼び出していた。しかし僕は仲間たちに話そうと決めて呼び出したくせに、どうにも言い辛さを感じてうまく話を切り出せないでいた。
たぶん僕が一人だけ呼ばなかったせいで、大介の機嫌が少しだけ悪くなっている。ほんの少し大介の言葉には険が感じられた。
「コウ。どうして義人を呼ばなかったんだ? 昼間のことか?」
核心を突かれてぎくりとした。その反応だけで何かあったと確信したのか、大介は真剣な顔をして諭すように話し出す。
「お前の態度を見てたら何かあったことくらい分かるさ。義人はそれほどでもなかったけど、それでもどこか様子が変だったし。俺だけじゃなくて二人共勘づいてると思うぜ?」
二人揃ってベッドに座っている優姫と葉月を見ると、目のあった僕に頷きで返してくる。
隠していたこと明かしてしまったら、この仲間たちの態度が変わってしまうかもしれない、なんて思っていた自分が恥ずかしくなる。やっぱり皆には話しておかなきゃ。それでどうするのかなんて何も分からないけど、それだけは確信がもてた。
それから皆に昼間にあったことを全て話した。突然囲まれたこと、逃げようとしたこと、やっぱり戻ったこと、そしてそのせいで義人が殺人を犯してしまったこと。
語り終えたところで葉月がポツリと呟いた。
「そうか。やはり義人が」
それはあの時からその可能性思い至っていたという意味か? 僕は葉月に問いかける。
「葉月。お前、あの時からそこまで気づいてたのか?」
「ああ。何故かと言われても勘の様なのものとしか言えんがな」
なんだかんだで義人と一番付き合いの長いのは葉月だ。そんなこともあるんだろう。もしくは女の勘というやつだろうか。
「しかし幸平。お前は自分のせいであいつが人を殺めてしまったと思って、それを悩んでいるのだろう? だが義人は気にするなと言わなかったか?」
「確かに、似たような事は言ってたけど……」
でも気にするなと言われたって普通気にするだろ。しかし葉月の言葉はその普通とは反対のものだった。
「じゃあ気にする必要はない」
「そんな訳にはいかないだろ…… だって人を殺したんだぞ?」
「そうだな。確かに普通ならただ事ではない」
「ならなんで!」
葉月の言葉に納得のいかない僕はつい声を荒げてしまう。しかし幸いなことに大介によって静止の声がかかる。ただそれは僕をたしなめるものではなかった。
「ちょっと待て。静かにしろ。どこかで声がしてないか? それになんか焦げ臭い」
理由は違うにせよ熱くなった頭を冷まされて幾分冷静になれた。言われてみれば確かに焦げ臭い気がする。大介に小声で礼を言ってから、僕も皆と同じように耳を澄ませる。
その時突如としてカンカンと鐘の様な音と怒鳴り声が、宿舎の外から響き渡る。
「火事だー!! 外に逃げろー!! 火事だー!!」
火事!? はっとして皆の顔を見る。早く逃げなきゃ!
落ち着きをなくした僕に葉月が注意を促す。
「待て。慌てるな。最悪窓から飛び降りればいい。多少危ないが所詮二階だ。死にはしないだろう。まずは状況の確認だ。幸平、窓から出火場所が見えるか確かめてくれ。大介は廊下の様子を頼む」
冷静に支持を出していく。僕は言われたとおりに木でできた窓を開いて身を乗り出し、外の様子を伺う。この宿舎は三階建ての建物が二棟並んで一階の廊下で繋がっている。この窓は別棟とは反対側についていた。見た限りこちらの棟から火の手は見えないが、それなりの広さがある前庭に数人の人影が見えた。すぐに避難した人たちだろう。今も、避難したクラスメイト達が集まっていく。
部屋の中に向き直り葉月に伝える。
「こっちから火の手は見えなかったよ」
そこで廊下側を見に行った大介が戻ってきた。
「とりあえず慌てて逃げる必要はないみたいだぜ。燃えてんのは向かいの方だ。ただ、あっちには義人の部屋がある。どうする?」
そうだった! くそ! こんな事になるなら義人も呼んでおけば!
今この場は葉月の仕切る空気になっている。だから僕は葉月に確認をとる
「葉月! 助けに行こう!」
僕の提案に優姫も賛成してくれる。
「そうだよ葉月! よっちゃんが死んじゃうかもしれないんだよ! お昼にあんな事があったばかりなのに!」
優姫は自分で言ったことなのに昼間、義人が怪我をしたことを思い出したみたいで、泣きそうな顔になっていく。でも今はそんな状況じゃないと分かっているはずなので、実際に泣き出しはしないと思う。
しかし葉月はそんな優姫の言葉を聞いても、助けに行こうとは言ってくれなかった。
「お前たち、落ち着けと言っただろう? どうして義人が逃げ遅れたことが前提になっているんだ。二人とも冷静になれ」
確かにその通りだ。まだ僕は落ち着きを取り戻せていなかったようだ。なにも義人がまだ逃げていないと決まった訳じゃない。いやむしろ義人なら真っ先に避難していてもちっともおかしくない。
優姫も事を思ったのか、葉月の言葉に納得した様子をしている。大介も最初からそう思っていたようで、ニヤニヤとした笑いを僕に向けてくる。
「そうだ。あいつならさっさと逃げ出している可能性の方が高いだろう。それにもしまだ部屋にいたとしても、向こうに行くのは危険すぎる。行かせる事はできない」
そうだ。義人ならきっと今頃避難を終えているだろう。でも、小さな可能性に過ぎないとしても、もしかしたら、義人がまだ部屋にいるかもしれない。あれだけの治ったとはいえ怪我をしたんだ。もしかしたら疲れて熟睡してしまってまだ眠っているかもしれない。それに義人が無事でも他に逃げ遅れた人もいるかもしれない。
「せめて義人が部屋にいないか確認だけでもダメか? 途中で他の避難できてない人が見つかるかもしれない」
だが葉月は冷静だった。
「ダメだ。それにもしそうだとしら既に間に合わないだろう。だからリスクに見合っていない。行くだけ損だ」
葉月の言い方が冷たいと感じたのか、それに対して優姫が抗議の声を上げる。
「葉月! そんな言い方はひどいよ!
それが正論なのは分かる。でも!
「これでこの話は終わりだ。お前も立て。ここで悠長に議論している暇はない。私たちも早く避難しよう。ここには消防車なんてありはしないだろうしな。」
まだ納得していない僕が何かを言う前に、葉月は話を終わらせてしまった。時間に余裕がないのは僕にも分かっているので、そう言われてしまったら何も言えなくなってしまった。
納得はしてないけど僕だけ部屋に残る訳にもいかないので、皆と一緒に廊下へ出る。
蛍光灯なんてここには無い筈なのに、廊下はそれなりに明るかった。壁側に取り付けられた窓の隙間から赤い明かりが差し込んでいるせいだ。その赤に染まった廊下を僕たちは早歩きで、外を目指して進むんでいく。
避難していく皆の後ろを僕は早歩きで、しかしとぼとぼと付いていく。
落ち着きなくそわそわととしていると、葉月が念押ししてきた。
「とにかく今は避難する事だけ考えていろ。外に行けばあいつもきっといるだろう」
そう言ってニヤリとする。
いつもは仲が悪そうに見えるけど、少なくとも義人を信頼しているのだろうな。
早く義人の無事を確認したくなって足を速めると、前にいた皆を抜いて振り返る。
「早く行こう! ほら、お前ら遅いぞ」
それを聞いた三人は呆れたような顔をする。
「そうだな早く行こうぜ」
「よっちゃんきっと外にいるよね!」
「あいつは小賢しいからな。一番に逃げ出しているさ」
葉月だけ言葉が厳しいのはきっと気のせいだろう。
「コーヘイ様! ご無事でしたか! ほかの使徒の方々も! ああ、本当に良かった!」
前庭に避難しているクラスメイトやメイドさん達に合流すると、僕たちの姿を認めた、宿舎を統括しているメイド長のセイラさんが駆け寄ってきた。普段は冷静に見えたが、今は落ち着きをなくしているように見えた。声もなんだか上ずっている。
「セイラさんもご無事で」
「はい、私は大丈夫です。コーヘイ様方も怪我も無いようで。私は出来る限り避難を呼びかけてから外に出たのですが、その際に使徒様方の部屋も回りましたがいらっしゃらなかったので既に避難されたのかと思ったのですが、今まで姿が見えず心配しておりました。ご無事で本当に、良かった」
僕がうだうだ言って、避難が遅れたせいで余計な心配をかけてしまったみたいだ。
「すいません。別の部屋にいたもので」
セイラさんは謝る僕を真剣な目で見返してくると、突然、頭を下げる。
「えっ? 何ですか!? いきなり!?」
慌てる僕に、頭を下げているせいで顔は見えないけど、落ち着きを取り戻したと分かる冷静な声で返してきた。
「コーヘイ様が謝られる必要はございません。むしろ見つけられなかった私の方こそ謝罪させてください」
「いや、僕が勝手にいなくなってたんだから仕方ないですよ。セイラさんが謝ることなんてないです。頭を上げてください」
ただでさえ僕が部屋にいなかったせいなのに、年上の人に頭を下げられるととても居心地が悪い。
そうしていると葉月が助け舟を出してくれる。
「セイラさん。貴方は勤めを果たしました。見つからなかった原因は私たちにありますし、私たちだけに構っている訳にもいかなかったのでしょう? ですので頭を上げてください。それに今は他にすべきこともありますし」
それを聞いてセイラさんは頭を上げてくれた。こんな時はいつも冷静な葉月は本当に頼りになる。
「ありがとうございます。そうですね、今はすべき事を致しましょう。消火については知らせを出しましたのでまもなく騎士様が来て下さる筈ですので大丈夫です。それより、今も皆様避難されて来ておりますが、その避難されて来た方々の人数を確認したいと思います。申し訳ありませんがお手伝いいただけないでしょうか」
勿論手伝うに決まってる。メイドさん達は僕たちの為に急に集められたせいで、人手が足りないらしいし、僕たちがクラスメイトに指示を出したほうが効率も良いと思うし。
僕達は二手に分かれてクラスメイトを整列させ点呼をとっていく。
「おい、これまずいんじゃねえか。ここ以外に避難してる、って事もありえねえだろうし」
避難してくる人の流れはもう止まってる。なのに数えるまでもなく人数が足りない。大介の言う通り明らかにおかしい。まさかここにいない人間はもう……
浮かんだ想像を、頭を振って振り払う。
決めつけるにはまだ早い。一度仲間で集まって話し合おう。義人だって見つかっただろうし。それとももしかして義人もまだあそこにいるのか?
そう考えた途端、ジリジリと焦りが募ってくる。
こんなんじゃダメだ。こんなんでも僕は皆の代表を任されてるんだ。早く義人の無事を確認しよう。そうすればこの不安もなくなるはずだ。
「大介、ちょっと葉月の方に行ってくる」
「分かった。俺はここであいつらを見てるぜ」
僕は葉月達の元へ足を運ぶ。点呼を終えて考え込んでいる葉月に、若干の不安を残したまま葉月に問いかける。
「葉月、義人は見つかったか?」
そう聞かれた葉月は少し顔色を翳らせる。
悪い予感がした。
「あいつは……」
葉月はそこで言いにくそうに一拍の間を置いた。
どうしてそんな顔でそんな言い方をする。それじゃまるで、まるで義人が見つかっていない見たいじゃないか。
「ここには来ていないようだ」
僕はそれを聞いてすぐに宿舎に向かって駆け出そうとした。でも葉月に手を掴まれて引き止められる。
力が強い! 振り切れない!
「放してくれ! 早く戻らないと!」
「待て! 待つんだ! そうだとは決まっていない!」
「じゃあ! 一体どこに、」
ドンと、突然建物から爆発音が響き渡る。そのせいで最後まで言い切る事ができなかった。
「なんだ! あ! 待て!」
でもそのおかげで葉月の手を振りほどくことが出来た。
火がまわっていない方の建物を迂回して、爆発音の原因を確かめようと出火した方の宿舎棟に目を向ける。
「なんだよ、これ……」
「幸平! いい加減落ち…… これは一体……」
目の前では宿舎の上半分がなくなっていた。




