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成果

 俺を切ってくれやがった男は駆け付けた、幸平の出した光を受けて倒れた。雷だろうか? これが幸平の加護か?

 倒れ伏した男を足元に見下ろしながら、俺はこの面倒をどう片すかと思案する。 

 このままにしておいたらまるで、義人がこいつを殺したみたいじゃないか。

 だったら止めを刺しておくか。見せかけの止めを。心臓にしておくべきだな。司法解剖なんざありはしないだろうが、辻褄は合わせておくべきだろう。

 痛みと失血のせいか短剣を握る手に力が入らない。立ってるのもきつい。それでも気力で握り締めて倒れ込みながら死体の、心臓が有った位置へ短剣を突き立てる。

 これで義人が殺したと勘違いする奴もいないだろう。これで三人目の殺人になる訳か。手に残る感触を確かめながらその時の光景を思い浮かべる。一人目、二人目、三人目、それからたった今やった事。

 

 しかし、死体を殺しても面白くないな。まぁ当たり前か。生きてないのだから。


 とぼとぼと幸平がこちらにやって来る。


「義人、なんで…… いや、それよりザックさん! 早く手当を!」


 何かを言いかけたが、後ろを振り返って騎士に呼びかける。何を言おうとしたのか知らんがそうしてくれ。死にそうだ。

 騎士が寄ってきて傷の具合を確かめる。


「致命傷ではないな。しかし動かさない方がいい。幸平はここにいてくれ。俺が治癒術師を連れてくる」


 そう言い残して騎士は駆けていった。幸平はそれをおざなりに見送ると慌てた様子で声をかけてくる。


「義人! 大丈夫か! きっとすぐ治せるからもう少し耐えろ!」


「そんなに慌てなくていい。命には関わりないって言ってたろ。意識もはっきりしてる」


 怪我人もの俺がなんで、と思いながらも幸平を宥める。そんな雑な対応でも効果は出たのか、言葉をかけて少し待つと落ち着いてきた。


「本当に大丈夫なんだな?」


「そんな嘘ついてどうすんだよ」


「ふぅ、そっかぁ~、良かった~」


 幸平は気が抜けたのか俺と向かい合う形で座り込んでしまい、その状態で顔を見つめてきた。


「なんだよ。惚れたか」


 気持ち悪い奴だな。吊り橋効果でも起きたのか。


「こんな時にお前何を言ってんだよ…… さっきからなんかおかしいぞ? いつもと感じが違うし」


 脱童貞したせいか? 別に自分では分からんがなんか変わったのだろうか?


「そうか? どこがおかしい?」


「喋り方もそうだし、雰囲気もいつもと違う」


 それに、と続けたところで言い淀む。

 雰囲気が違うとか言われてもどうしようもないんだが。というか雰囲気ってなんだよ。具体例を出せよ。

 続きは言わないことに決めたのか、さっきまでと表情を変えて喋りだした。


「いや、当たり前だな。こんな事していつも通りって訳にはいかないよな」


 そう言って俺に対して頭を下げてきた。


「すまない。俺の我侭に付き合わせて。しかも全部お前に任せてしまった。本当にすまない。そしてありがとう。俺の我侭に付き合ってくれて」


 俺としては合理的に判断したにすぎないし、個人的にも楽しめて満足している。なのでそんな事言われても正直お門違いというか、そんな筋合いもないのだが。

 とはいえそのまま伝える訳にもいかんよな。面倒くせぇけども。


「やると決めたからやっただけだ。お前の為じゃない」


 俺の誤魔化しの言葉をどう受け取ったのかは知らないが、幸平は少し笑って応える。


「そういうとこいつも通りだな」


 呆れたような調子で返してくる。なにやら勘違いしてる様だが、わざわざ訂正する必要もない。好意的に勘違いしてくれたなら儲けものだ。


「そっちはどうなったんだ?」


 加勢に向かってからの事を尋ねると、苦笑いを浮かべつつポリポリと頬を掻いて言いづらそうにしている。


「あっという間にザックさんが倒してしまって、僕が行く必要なかった気がするよ。あっ、ごめん、こんな言い方したら義人に悪いよな。ごめん。そういう意味で言ったんじゃないんだ」


 話が戻ったよ。面倒くさい。


「あー、もういいから。疲れたんで休ませてくれ」


「おい、大丈夫か? そのまま寝てしまうなよ。死ぬぞ?」


「お前本気で心配してんのか? とにかく静かにしてろ。あぁ、でも場所だけは変えるか。死体の傍は気分が良いものじゃない」


「そうだな……」


 まだなにか言いたそうな顔で返事をしてくる。それを気にしないことにして、騎士が向かった道を死体が見えないところまで進む。

 痛みこそ気にしなければ気にならないが、命賭けの争いなんて当然初めてで、特に鍛えてもいない体は過度の緊張もあいまり酷く疲弊している。騎士も言っていた通り今すぐ死ぬ、とは感じないが口をきくのも億劫だ。益体のない話など御免こうむる。だから幸平が、最後は止めを刺す必要はなかったんじゃないか、と呟いたのも無視した。






 幸平を黙らせてから十分も経った頃だろうか、騎士を先頭に数人の人間がやって来るのが見えた。


「よっちゃん!! 死んじゃダメだよ!」


 集団が近くまで来ると、後方から人を押しのけて優姫が息を切らせながらも駆けつけてきた。それに追従した大介と葉月も見える。


「すぐ治すから!」


 優姫が胸の傷に手をかざすと瞬く間にふさがっていく。これが治癒の魔法か。便利なものだな。


「ありがとう。こっちも頼んでいいかな?」


「うん」


 足の傷を見せてそちらも治してもらう。その光景を周囲の人間が食い入るように見つめていた。当然その中に騎士もいるし、連れてきた治癒術師もいるはずだ。なのに治療の様子に目を奪われている? それに専門家が優姫と交代しないという事は、通常の治癒術よりも加護の治癒術が優れているという事か? 素人の優姫が専門家に取って代われるほどに。

 こちらは問題ないと判断したのか騎士は、連れてきた部下たちを現場の片付けに向かわせる。葉月は俺ではなく、そいつらが向かった先を見ていた。

 傷が塞がり動けると判断した俺は再度優姫に礼を告げて立ち上がろうとするが、優姫にお仕留められ座らされる。


「ダメだってば! 怪我人なんだから! コウちゃん! よっちゃんを支えてあげて!」


 そんなに叫ぶ必要もないだろうに。お前こそ怪我人に怒鳴るなよ。


「わっ、分かった」

「俺も手伝うぜ」


 幸平と大介が座ったままの俺を立ち上がらせるため手を差し出してくるが、俺はそれを断ってから立つ。指示を出して人を使うのは構わない。けれど出来る限り誰かの助けは借りたくない。つまらない意地なのは分かっている。いつもならこの程度流せているのだが、なぜだか今は意地を通したい。


「いや、大丈夫。一人で立てるよ。歩くのも問題なさそう。制服はこんなだけど傷は深くないみたいで

さ、それも完全に塞がったし優姫が大げさすぎなんだよ」


 そう言って赤く染まった制服と、その下の傷が塞がった皮膚を見せると、二人共訝しげではあったが何かを言ってくることはなかった。

 優姫は完全にへそを曲げってしまったが。


「もう知らない! 次は私治さないからね!」


 プリプリと擬音を付けられる程の怒りっぷりで片付けの様子をまだ眺めている葉月のもとへと向かう後ろ姿を、俺達三人は苦笑いで見送った。

 葉月が見ているのは先では、気絶している者が縛られ、兵士達によって運ばれていく。


「なぁ、あれ、死体、だよな」


 目線の先に担架で運ばれていく布がかけられたものを捉えて大介が問う。その表情は固まってこそいるが、動揺は少ないように見える。むしろ幸平の方が動揺している気がする。


「そうだね、三体分あったかな」


 面倒なので深くは答えない。この様子だと騎士から詳しく事情を聞いてはいないのだろう。聞かれたら教えるがわざわざ俺が殺したと知らせる必要もない。後で幸平が言うかもしれんが、今ごちゃごちゃ言われるのは勘弁だ。

 優姫も死体に気がついたのか顔を青くして」葉月に身を寄せているが、しがみつかれている葉月の様子は優姫とは違っているように見えた。






 あれから部屋に戻って休んでいる。だが深夜になっても眠ることはできず、寝台に腰掛けて月明かりの差し込む中、今日の出来事を思い出していた。

 楽しかった。命の懸った戦いが、相手を上回った証明である勝利が、そして殺す事が。

 いままであれ程楽しい事はなかった。ゲームで対戦している時も、葉月との勝負も、街での不良もどきとの喧嘩や幸平たちと起こした様々な騒動すらあそこまでではなかった。そしてまだ足りない。まったく足りない。もっとあれを味わいたい。今すぐにでもだ。

 その為にはこんなところに留まっている訳にはいかない。だがここから出て生きていけるだけの力を持っていない。ならば手に入れれば良いだけだ。強くなれば良い。強くなることは勝つこと同じくらい好きだ。強いほどに、より勝利に近づける。強いほどに我を通すことが出来る。


 向こうの世界では我を通すのに必要なのは権力や財力だった。それは、個の力はあまりにも限界値が低いせいだろう。無力ではない。場合によっては局地的に有効ではあった。しかし全体で見れば数の力、文明の力の前ではそんなもの塵芥に等しい。

 だがこの世界では個の力に希望がある。それは俺にとってとても好ましい。俺が知ったのははこの世界の極々一部に過ぎないだろう。この世界を俺はほとんど知らない。でも個の力で我を通せる可能性を、見つけてしまった。結局、俺には届かないかもしれない。そもそもそんなものは幻想で、数や道具に敵わないかもしれない。それでも俺はその可能性に賭けたい。


 それと、幸平が言っていた事も気になる。あの騎士は三人の男をほとんど一瞬で制圧したらしい。騎士になるには魔力を持っている必要らしいので、その時に魔法を使ったのかは分からないが、当然あの騎士も何らかの魔法を使えるはずだ。魔法が戦闘においてどの程度有効であるか、実際に使用して多少なりとも理解した。俺の付け焼刃ですら有効であったのだ。人によって魔法の種類に向き不向きはあるだろうが、俺の使ったものが特別あの状況に有効だったという事もないだろう。現にあの騎士は三人の男に全く手間どらなかったらしいのだ。ならば俺達を逃がす必要はなかったのではないか? 最初からあの騎士にとってあの状況はいとも容易く切り抜けることが可能だったのではないか? しかし何故俺たちを逃がそうとしたのか。より確実な安全を求めたのだろうか? いや、俺達が逃げるには最低でも一度は男達と対峙しなければならなかった。やはり騎士が一人で制圧してしまった方が確実だと思える。


 他にも俺には想像がつかない何らかの理由があったのかもしれない。しかし考えたところで理由なんて分かりはしないだろう。ならばこの件は置いておこう。案外、サボり癖があるだけ、なんて理由だったりするのかもしれない。

 とにかく、まずはここから出よう。とりあえずの力を手に入れるあてもある。

 俺はそのあてに、思考を傾ける。すると顔がにやけてしまっていた。一人きりでニヤニヤするなんて気持ちの悪いことはやめようと、表情を抑え込むがうまくいかない。いつもなら顔の筋肉くらい簡単に操作できるはずなのだが。


 しかしそれもしょうがない事なのかもしれないと、それほどに楽しみなのだろうと、自分を納得させる。

 目的が定まり俺は寝台から立ち上がって準備を始めた。

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