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発現

 僕はいつもの様に、先行した義人の後ろから隙を窺っていた。まだ僕はどこかで現状を楽観視していたのだと思う。義人が刺された時動揺してしまった。そうなる可能性だってあると分かっていたにも関わらず、情けないことに動揺してしまった。

 それでも体は動いてくれた。頭は真っ白になり、義人を助けなきゃいけない、その思いだけで体を動かす。

 義人を殴ろうとする左手を、蹴り飛ばし、跳ね上げて、体制を崩した男の後ろに回り込み、羽交い絞めにする。

 助けたのはいいけど、ここからどうしよう…… 何も考えてなかった。くっ、力が強い! 離されそうだ。早く何とかしないと!

 ジタバタともがく男を必死になって抑えていると、足に刺された短剣を抜きながら、義人が指示を出してくれる。


「そのまま……押さえてろ」


「早くっ、なんとかしてくれ!」


 考えなしに飛び出した自分を棚に上げて、義人をせかす。

 しかし僕はここに至ってまだ、現状を理解していなかった。自分の言葉が何を意味していたのかを。


「がっ! ごぶっ」


 義人は自分の足から抜いた短剣で、動けない男の喉を裂き、胸に沈める。裂かれた首から飛沫が上がり、口からは赤い塊がこぼれる。

 意識的に忘れていたことを目の当たりにさせられ、とっさにしがみついていた手を放して目を背ける。

 言いたいことはある。けれどそれを言うのは今ではない。今は一刻も早くザックさんを助けにいかなきゃいけない。

 その思いで義人のしたことをまた意識的に頭の隅っこに追いやって、義人の方に向き直る。

 そちらを見た瞬間背筋に冷たいものが走った感覚がした。


「義人! 大丈夫か!」


 義人は壁に背を預けて座り込んでしまった。

 そうだった! 義人は足を刺されたんだった! なんでこんなことを忘れてたんだ!

 衝撃的なことが立て続けに起こっているせいか、僕の頭はほんの少し前の事も既に忘れてしまっていた。

 義人の傍まで跳ねるように駆け寄る。

 ええっと!? こういう時どうしたら良いんだっけ!? 

 応急処置をしたいけれどどうして良いかわからず、あたふたとしている僕に義人が短剣を渡してきた。


「これを持って行け。俺は動けん」


 まだ混乱が抜けきっていない僕は、差し出された物を反射的に受け取った。


「使えるとは思えんが無いよりマシだろ」


 義人が渡してきた短剣は血が滴っていて、正直恐ろしい。でも確かに素手で戻っても完全に足手まといにしかならない。そう決心して短剣を強く握り絞める。


「お前は大丈夫なのか?」


 でも義人をここに残して行って大丈夫なのか? 怪我した今また襲われてしまったらヤバイんじゃないだろうか? せめて応急処置だけでもしたほうが良いんじゃな良いのでは?


「早く行け。時間をかけたらここまでした意味がないだろうが」


 それを聞いて僕は言葉に詰まってしまった。そうだ。僕の我が侭のせいで義人に怪我をさせてしまったんだ。なのに僕がそれを心配して時間を無駄にしたら意味がないじゃないか! 僕の我が侭で義人に人殺しまでさせてしまった意味が……


「うっ!」


 そこまで考えたところで、吐き気がこみあげてきた。

 僕は自分が言ったことの本当の意味を理解していなかった。覚悟ができていなかったんだ。


「うぐぅ……」


「ん? 幸平どうした? 血が気持ち悪いか?」


 義人が僕を心配している。こんな情けない僕を。

 ダメだ! 吐いてる場合じゃないんだ! 義人の頑張りを無駄にしちゃいけない!

 吐き出してしまいそうなのをその思いだけで飲み込んで、義人を心配する気持ちを抑え込んで、できるだけ平静な声で返事をする。


「いや、大丈夫だ。行ってくるよ。すぐ戻ってくる。お前も気をつけろよ」


「そうか」


 帰ってきた言葉は短いものだった。やっぱり辛いのだろう。でも今だけはそれを無視しなきゃいけない。

 短剣を再度強く握り絞めて、角を曲がる。その先にザックさんを三人で囲んだまま誰もが止まっている状況が見えた。囲んでいる輪の外から呼びかける。


「ザックさん! 助けに来ました!」


「コーヘイ! なんで戻ってきた!」


「大丈夫です! あっちは倒しました!」


 ザックさんは顔を驚きの色で染めて、僕が一人だけ戻ってきたことに気が付いたのか、深刻な顔で聞いてきた。


「そうか、それで義人はどうした?」


 姿が見えないせいで勘違いしたみたいだ。


「怪我してますけど大丈夫です」


 でも少しでも早く戻りたい。謝らなきゃいけない事がたくさん有るから。


「無事なのか?…… 分かった、まずはここを切り抜けよう。一人抑えてくれ。出来るか?」


 そのくらいやらなきゃここまで来た意味がない。義人にさせた事の、僕たちがしたあんな事の意味が!

 

「はい! やります!」


 僕が頷くと同時にザックさんの鎧が淡く光りだす。

 何をしているのか、僕には分からない。分かるのは僕が一人押さえればいいって事だけだ!

 ザックさんの鎧が光りだしたのを見て男たちが動揺する。その隙にザックさんを囲む三人の内一人に、割り込んで短剣を構える。


「ここは行かせない!」


 相対した男が一瞬、立ち止まり逡巡したように見えた。だけど次の瞬間には僕に襲いかかろうと力を溜め始める。

 その時、後で音が聞こえた。


「ぐっ」

「づっ」


 ドサリという音と人の呻き声に思わず振り返ってしまう。振り返った先ではザックさんが既に二人の男を制圧していた。

 嘘だろ? ザックさんから目を離したのはほんの一瞬だぞ? 

 神業をやってのけたザックさんが僕の背後を見据えて、僕の背後にいるであろう男へ鋭い視線と投降の言葉を投げかける。


「あとはお前一人だ。諦めて投稿しろ」


 僕も背後の男を振り返る。ザックさんに睨まれた男は、威圧されたのか不利を悟ったのか、じりじりと後退していく。

 ちょっと待てそっちはダメだ! そっちに逃がす訳にはいかない! 止めないと!

 しかし飛び出そうとする僕の肩を掴んでザックさんが止める。


「深追いするな。罠かもしれん」


 放して! ダメだ! 今あいつは怪我をしてるんだ!

 ザックさんに顔を向けて口早に説明する。


「違うんです! あっちには義人がいるんです! あいつ今足を怪我してんですよ! 早くいかないと!」


 男の方へ視線を戻すと、男は既にこっちに背を向けて走りだしていた。


「いやっ、しかし狙いは使徒だろうし……」


 いまだに煮え切らない態度でいる。でも説得してる時間はない。

 もう良い! それなら僕一人でも行く!


「放してください! 僕は行きます! 仲間なんです!」


 肩を掴んでいる手を乱暴に振りほどいて、僕も走り出す。

 狙いは僕だったのかもしれない。このまま逃げていくだけなのかもしれない。杞憂だったらそのほうがいい。そうであって欲しい。でもそうじゃないかもしれない。だから行かなきゃ。

 角を戻って見えたのは、胸を斜めに切り裂かれる、その瞬間だった。

 切られたのは


「ヨシトォォ!」


 視界が、狭くなる。頭が、熱くなる。そして目の前の男しか見えなくなる。さらに義人へ凶刃を振り下ろそうとしている、あの男しか。

 パチリという音と共に、胸の前に白い光が集まっていく。これがなんなのかは分からない。でもこれを使えばあいつを止められる事は分かる。それだけ分かれば十分だ。

 だからそれを解き放つ。


「やめろ!」


 空気を引き裂く轟音を伴って光の帯が男へ向かう。向かったと思った時にはもう光はたどり着いていた。男の顔はこっちを向いていたけれど避けれなかったのか避けようと思う事も出来なかったのか、全身を痙攣させ、崩れ落ちた。

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