序ノ序
寝静まった深夜の暗さが満たす中、隙間から差し込まれる月明かりを頼りに俺は、木の板を並べた床を鳴らさないようにひっそりと扉の前まで行くと、ポケットから火の魔法陣を刻んだ金属版を取り出す。これは昨日訓練に使って、そのまま与えられた物だ。
魔法を発動する為に意識を集中させる。木の扉だ、できないはずがない。必ずできるはずだ。そう自分に言い聞かせる。
五分程扉の前でそうしていると、やっと魔法が発現しドアノブの周りで一瞬だけ赤い半円が描かれ、うっすらと焦げた匂いが立ち上った。
錠に干渉するのではなく、その周りを切り取ることに成功したようだ。感覚的なものだが魔力残量もまだ余裕がある。この分なら随分と回れるだろう。問題は時間だな。気づかれる前にどれだけやれるか。
ドアノブだけが取り残された扉を静かに開いて中に入り、静かに閉める。寝台の上にできた膨らみを視界に捉えた俺はゆっくりとそちらを目指す。
この部屋は俺の隣だが一体誰がいるのだったろうか。記憶力はいい方なのだがどうにも思い出せない。もしかしたら最初から覚えていなかったような気もする。
俺の読んだ書物によると魔法師に対して、直接魔法を作用させる事は基本的にできないらしい。魔法師に向けて岩を操りぶつけることはできるが魔法師を操って岩にぶつけることはできず、炎を出して魔法師を燃やすことはできるが魔法師そのものを対象に炎を発現させることはできない。つまり魔法師を魔法発動の対象にはできないとのことだ。これの物理的な範囲は肉体限定ではなく、周囲の空間まで及ぶ。その範囲には個人差があるらしいが。
目の前の寝台で眠っているクラスメイトは、暗いせいで誰だか思い出せないが魔力を持っているのは間違いない。それは体内に直接作用させる魔法は効かないという事だ。使えたら効率的であったのだが。
今度は風の魔法陣を取り出すと魔法発動に意識を持っていく。今度は三分ほどで魔法が発現する。風と呼ばれているがおそらくこれは気体に対しての魔法陣なのだろう。現に魔法によって酸素とそれ以外の気体を分けることができた。
再度魔法を使い、集めた酸素以外の気体を眠っている人間の頭を取り囲むように移動させ、しばらく様子を伺う。
十分程度待つと唐突に己の魔力が大きく増えるのが感じられた。今までに体験したことはなかったがこれがそうなのだと理解できる。
この世界にきてさっきまで俺は胸の高鳴りを周りに悟られないよう押し殺していた。
俺達を王都まで連れていく時の騎士達の戦いを見て、気分が高揚していくた。
さらに、魔法が使えると知り、魔力を上げる方法があると知り、希望を見出した。
そして今
もはや俺には高鳴りを押さえる気などなかった。
俺は期待と嘆願を込めて確信する。
今より先は
最高だと




