お父さんは心配ですっ!?
思っていた以上に、この国は貧しい。
厳しい気候、物資の不足、生産力の低さ。それらのせいで常に生活水準ギリギリの暮らしを迫られているのだ。
これを解決する手段は、この国の産業を増やすしかない。だが、人口も多くなく、気温が低い事も鑑みれば農業や畜産に手を出すのは悪手だろう。畜産は、その育成よりもむしろ、その餌が問題だからな。気温が低ければ植物が育たない。人間の食べ物まで動物に与えることになれば本末転倒だろう。
だからこそ、この国は魔大陸侵攻に否定的なのだとはいえ、このまま見過ごすのはあまりにも寝覚めが悪い。
産業………、産業か。
僕はトリシャに連絡をとり、迎えに来てもらい王城にお邪魔した。
アムハムラ王国の王都、アイールはさすがに他の村より活気はあった。しかし、ゴーロト・カローナよりは明らかに人も少なく、商家もこぢんまりとしていた。
王城も割と質素な造りで、西洋の城というより戦国時代初期の武将の館に近い。勿論木造ではないが、二階建ての広い屋敷とでもいうべき建物だ。調度品も質素な物が多く、しかし品位を保つには充分な品が所々に散見していた。
二階の一際広い部屋に案内され、僕はその床に正座している。いや、なんとなくね。日本人だしね。
「うー、床冷たいな………」
せめて座布団がほしい。
僕がそんな愚痴をこぼした時、木製の横開きの扉が開き、アムハムラ王が入室してきた。
「待たせてすまぬな、アムドゥスキアス殿」
「いえ、お久しぶり、と言う程でもありませんね。こんにちは、アムハムラ王」
よそよそしいというより、うそ寒いやり取りだった。なにせ、アムハムラ王の表情には隠しようもない敵愾心と怒りが浮かんでいたからだ。
「早速で悪いのだが、トリシャの事で聞きたいことがあるのだ」
でしょうねー。つーかこのおっさんマジこえー。
腹にズシッと響く声、こめかみと顎にうっすらと残る傷、180に届くかという長身に、贅肉の欠片もなさそうな筋肉質な体。歴戦の超絶傭兵だと自己紹介されても、『でしょうねー』以外の返しがない。
ボキャブラリーの貧困さを嘆くべきか、こんな偉丈夫を王に据えているこの国におののくべきか………。
「トリシャが貴殿の配下に加わっている事は聞いた。その非がトリシャにある事も。
だが、軽々に仲間を増やす召喚術でトリシャを喚んだ貴殿にも、責任の一端はあると思われる。いかがか?」
いや、あんたの顔には、100%僕が悪いって書いてあるよ。
「確かに、あなたの仰る通りです。責任の一端は僕にあると思います。
ですが、種族的には敵対している人間との交渉に際して、お互いに不可侵の保証があるあの召喚術の有用性は、あなたもおわかりのはず。ましてや僕の初めて見た人間がトリシャだったのですから、そこは考慮していただきたい」
僕の台詞に、アムハムラ王は黙って俯いてしまう。
アレ?これで終わり?だとしたらちょっと拍子抜けだな。まだセン君の方が歯応えがあった。
だが、そんなわけはなかった。相手は権謀術数渦巻く真大陸各国で、一国の王を務める人物。口の先から生まれ、舌は2枚も3枚もなければ生きていけない世界で、僕の何百倍もの年月を生きてきた男なのだ。
この程度の筈がなかった。なにせ、この人は―――
「人の娘を勝手に呼び捨てにするなぁぁぁあああ!!」
―――王であると同時に、父でもあるのだから。
「ち、父上、私は―――」
「言わずともよい!!どうせこの魔王が、おまえのあまりの可愛さに妖しげな術でも使って虜としたのであろう!?
私にはわかっていたぞ魔王め!トリシャが遠征から帰ってきた時からわかっていたのだ!
普段はあまり自分を着飾ることをせぬトリシャが、上等な服に身を包み宝飾品を身に付けるなど、明らかにおかしかったのだ!
勿論、着飾ったトリシャはそれまでの素朴な魅力から見違えるような美しさに変わったが、それがどんな意味を持つか、わからぬ私ではないわ!!
きっと貴様から悪影響を受けたのだろう!?今すぐ滅殺してくれる!!そこになおれい!!」
「いい加減にしてください父上!!私は操られてなどおりませぬ!それは再三にわたり術師に調べさせたではありませんか!?
これ以上キアス様を侮辱するようであれば、父上とて許しませんよ!?」
「うぬぬぬ………。どこまでも卑劣な!魔王!貴様は純真無垢なトリシャにどれ程の洗脳を施したのだ!?」
「父上!!」
いつの間にか父娘喧嘩みたいになっているな。
まぁ、アムハムラ王にしてみたら、いつまでも子供だと思っていた娘が、突然ピアスを開けて茶髪にし、彼氏を連れてきたような時の心境なのかもしれないな。いや、僕には皆目見当もつかない境地だけど。
「ええい!そこをどけトリシャ。そいつを殺せないではないか!?」
「いい加減にしないと、本当に怒りますからねっ!?」
とりあえず、この父娘喧嘩が終わるまで静かに傍観者に徹しよう。
そういえばトリシャが言ってたっけ。
アムハムラ王はコションが攻めてきた時も先頭に立って戦った勇猛果敢な王であり、魔大陸侵攻軍の撤退の際も部下の忠告も聞かずに戦い続けた、
猪突猛進な武将である。
って。