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 アムハムラ王国っ!?

 随分と小さな村だった。


 あまり上等とは言えない家、いや、小屋が並び、小さな畑が点々とあり、人気は疎らだ。ボートのような船が海岸に並び、沖にはいくつかの船で漁をしている村人がポツポツと見える。


 寒村、っていうか過疎化が進んだ村って感じだな。


 僕がそんな感想を抱きながら、馬車を走らせていると、30代ほどの女性がこちらに駆けてくることに気づいた。


 「やぁ、どうもこんにちは」


 「あ、はい。こんにちは。あ、あの、あなたは商人さんですよねっ!?」


 なんだろう、かなり切羽詰まった語気で問いただされる。


 「ええ。何かご入り用な物でも?」


 「あ、あの!お薬はありませんかっ!?」

 女性の雰囲気から、どうやらかなりの緊急事態だと察しがついた。


 「怪我用の薬しか持ち合わせはありません」


 「そ、そうですか………」


 あからさまに女性は落胆する。どうやら怪我人がいたわけではないようだ。となると病人か。マズイな………、病気用の薬は作っていない。地球の知識でも病気に関する知識は曖昧だ。風邪くらいならなんとかなるんだけど………。


 「どういう症状で?」


 「え、あ、え?」


 女性は僕が病人がいることに気付いている事に慌ててるようだ。いや、わからいでか。


 事情を聴くと、彼女の子供が病の床に伏しているらしい。発熱はないが、衰弱し食事を摂ることもできないのだとか。

 何はともあれ、とりあえずは患者を診ることからだ。もちろん、僕なんかにまともな診察ができるとも思わないが、できることはしてあげよう。




 案内された小屋では、痩せ細った少年が藁束の上に横たえられていた。囲炉裏は火が焚かれていて外よりは幾分暖かいが、すきま風が入り込みとても病人が養生できる環境ではない。


 「………」


 虚ろな眼差しでこちらを見る少年。意識はあるようだ。


 「奥さん、とりあえずこの水を温めてください」


 僕はそう言うとガラス瓶を差し出し、少年の近くに座り込む。奥さんは水を囲炉裏の火にかけ始めた。まずは暖かくしなくてはいけない。毛皮を何枚か取り出して、少年の入っている布団と呼ぶのもおこがましい布の上からかける。


 頬のやつれた少年は、生気の無い表情で僕の動きを目で追っている。


 多分この状況で一番マズイのは、この環境だ。


 奥さんも少年も、割と厚手の服を着てはいるが、いかんせん気温が低すぎる。家もあまりに粗末な木造の小屋だ。これでは良くなるものも良くならない。


 「あの、温めました」


 「どうもありがとう」


 奥さんが持ってきた湯飲みのようなカップからは、ゆるく湯気が上り、甘い臭いが立ち込めていた。


 「ホラ、これをゆっくり飲んでごらん」


 いつかのトリシャのように、少年を抱き起こして少しずつ温かい水を飲ませていく。


 「あ………」


 口にした水に、少年は驚いたように目を丸くして、一気に飲もうと体を起こそうとした。


 「だめだ。ゆっくり飲まないと、あげないぞ?」


 弱った少年なら、いくらなんでも僕にも押さえつけられる。ゆっくり、ゆっくり飲ませていき、湯飲み一杯分は数分で空になった。


 「まだ飲みたいか?」


 「………」


 こくり、と小さく頷く少年を見て、僕は奥さんに目配せをする。奥さんは僕から湯飲みを受けとると、囲炉裏の鍋からまたその水を掬う。


 「あ、あの、この水は………?」


 少年が落ち着いてきた頃を見計らってか、奥さんがおずおずと聞いてきた。


 「経口補水液というものです。まずは水分を摂らなければどうにもなりませんから」


 「あ、は、はい。お水も飲めなくなってて………」


 発熱があり発汗もある。。脱水症状の典型だ。


 医学知識の無い僕では、この経口補水液を与えるくらいしかできることはない。素人が適当に病気の治療などするべきではないのだ。昔の人は言った。


 生兵法は大怪我の元。


 因みに経口補水液の作り方は詳しく覚えていたわけではない。だが、発展途上国では1摘まみの塩と、1握りの砂糖をコップ1杯分の沸騰した水に溶かして作る、という知識を元に自作した。ウェパルの時に、『これがあれば………っ!!』と思った1つなので、砂糖を手に入れてすぐ作った。


 いくらかの米と塩、果物や野菜を袋から取り出し、奥さんにお粥をつくってもらう。


 果物はそのまま食べさせたよ、勿論。




 「本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げる奥さん。経口補水液を瓶で5つあげたので、少年の水分補給だけはなんとかなるだろう。もし、なにか大きな病だったら、残念ながら僕にできることは無い。だからそんなにお礼を言われると恐縮してしまう。


 「いえいえ、それではお大事に」


 なんてお茶を濁して、そそくさとその場を立ち去ろうとしたのだが、そんな僕たちを奥さんが引き止めた。


 「あ、あのっ!お、お代は?」


 ああ、そうか。僕は一応商人という体で自己紹介してたっけな。まさかここで、『お代はあなた達の笑顔ですよ』なんてキザなことを言って立ち去ってもお寒いだけだ。だが正直、こんな寒村の民家から金を巻き上げなければならないほど貧乏ではないし、そもそもそんなつもりでもなかった。


 うーん………、どうするか。


 「僕は帰りにもう1度この村に立ち寄る予定です。お代はその時で構いませんよ」


 そう言って颯爽と立ち去る僕。まぁ、たぶん来ないけどね。


 うーん、お忍びで世直しをする元副将軍みたいだな。




 それから5日後、僕はアムハムラ王国の王都に着いた。


 旅の途中、同じような事が何回もあった。





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