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 憤り

 なぜだ!


 なぜここに来てなお、魔大陸侵攻が見送られるのだ!?


 第13魔王は、世界の脅威となる。


 その事がはっきりしたにも関わらず、会議ではむしろ慎重派の勢力が増している。




 天帝国よりもたらされた第13魔王の奴隷強奪計画は、様々な国の使者に衝撃を与えた。我が国もそうだ。


 奴隷は国家経営に必要な労働力であり、代わりはいるとしても無限にあるものではない。その奴隷を、根こそぎに無条件で解放するなど狂気の沙汰だ。

 奴隷の減少はそのまま、生産力の低下に繋がる。生産力が落ち込めば、魔大陸侵攻はまた遠退く。つまりこれは、魔王の攻撃なのだ!

 我々の身動きを封じるための策なのだ。


 だというのに、各国は奴隷狩りの取り締まりの強化や、奴隷どもの待遇改善なんぞに動き始めおった。

 そんな事よりとっとと魔王を殺してしまった方が早いというのにである!!


 さらには今まで強硬派であった、我が国の者達までが今回の会議では穏健派に回る始末。最早この国にすら、神のご意志をその身に宿す信徒は消え始めているということか。なんたることだ。嘆かわしい。


 なんでも、予想よりも食糧の高騰が激しく、他国では収まりつつある高騰も、我が国では一向に収まる気配がないのだとか。買い占めて、高騰の際に売り払い利ざやを得ようとしていた者は、魔大陸侵攻が見送られた話が港間に流れると同時に、暴落を恐れて手放したというのにである。


 普通なら、それだけ大量の食糧が市場に流れれば、相場が値崩れしてもおかしくはない。だが、地方都市や隣国が、行商人にこの国の食糧を買い漁らせているようなのだ。商人も大量に入荷してしまった食糧を、この国の今の適正価格で買い入れる行商人に大量に売ってしまったらしい。




 しかし、黒い服の行商人か。一体どこの国の回し者やら。




 まさか、1人で買い付けたわけもあるまい。大人数で動けば、儂の耳にも入るはずなのだが、そんな商隊の話はとんと聞かん。まるで煙のように、ここアラトからの消息は掴めない。


 高騰が収まらないのは、我ら強硬派がいつまでも魔大陸侵攻を唱え続けているせいだと言う輩もいる。全く、頭の足りない凡俗が。これはそんな簡単な話ではないのだ。我々教会を貶めようとする国が、隣国にあるやも知れんという、高度に政治的な話なのだ。




 まぁよい。


 カリス達がそろそろアムハムラへ入る。

 アムハムラ王は、直接第13魔王の宣言を聞いた1人だという話だし、こちらの提案に乗る可能性は高くなったはずだ。もし愚かにも断れば、彼の国には大きな悲劇が訪れよう。


 魔王による襲撃事件。


 そういう名目でカリス達に暴れてもらうのだ。


 カリスの率いる聖騎士はたったの2人しかいないが、その代わり行きずりの傭兵や山賊などを雇い、アムハムラ王国を蹂躙した後は口を封じる算段のようだ。

 昨日送られてきた手紙にはそうしたためられ、末尾に『必ずや神の悲願を』と綴られていた。


 間違ってはいけないのだが、これはあくまでも緊急の措置だから許される行為である。我々もやむを得ず、涙を呑んでの事だ。犠牲となる命たちも、神の御元で祝福を受けることだろう。




 「ユヒタリット枢機卿、お手紙が届いております」


 「ああ。入れ」


 儂の声に、信徒の1人が入室し恭しく手紙を手渡してそそくさと去っていった。


 カリスからだろうか。計画も大詰めな時分だ、確認も多かろう。だが、あまり連絡を取りすぎれば、事が露見しかねない。その程度、カリスであれば言わずともわかると思っておったが。とにかく、返事にはその旨をしたためねばなるまい。


 儂は、封を開けるとその手紙に目を落とした。




 『アヴィ教のお偉いさんの誰かへ、


 ちょっと北に行ってきます。それと、一々俺の居場所を報告すんの、メンドくせぇからなんとかしろ。


 シュタール・ゲレティヒカイト』




 …………………………………………………………………………………………。



 「誰か!?誰かある!?」


 「は、はいぃ!」


 先程出ていった信徒が飛び込んでくる。


 「すぐに勇者を呼び戻せ!今すぐだ!!」


 「え、えっと………、どのような名目で?」


 「なんでも構わん!!とにかくすぐに連れ戻せ!!」


 「は、はっ!」


 転がり出るように部屋から飛び出していく信徒に目もくれず、儂は背筋を流れる冷たい汗に身震いしていた。


 北。


 嫌な予感しかしない。あの勇者は妙な所で勘が良く、大きな事件の渦中には呼ばれなくてもなぜか現れる男なのだ。


 アムハムラへ行くと明言したわけではない。何か気付いているわけでも無さそうだ。


 しかし!


 なぜよりによって今なのだ!?


 まずいな………。




 とりあえず儂は、カリスとの繋がりを証明してしまう証拠を消しておこう。


 儂がいなくなれば、神の悲願を果たせる者はいなくなる。故に、今ここで余計な雑事に煩わされるわけにはいかないのだ。




 そう、例え事態がどう動こうとも。





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