異世界の鬼は豆が好きっ!?
『手負いの獣』。
体力が半分を下回った時、全てのステータスが30%上昇する。
『地走り』。
魔力を消費して素早く移動する。消費:15。
オーガの見慣れぬスキルを確認してみた。『手負いの獣』が、僕の『魔力の泉』や『神の加護』のようなパッシブスキルで、『地走り』はアクティブスキルなのだろう。
勿論、字は僕が勝手にあてた。
なぜこんな確認をしているかというと、大浴場から最初にいたあの部屋へと移動しているからだ。
流石に、召喚した時、水の入っていない風呂に呼び出したのでは格好がつかない。
他の魔王も、こんな気遣いをしながら生活しているのだろうか?
昼飯食べてる最中に勇者とか来たら、大変だ。
しかし時間がかかる。ちょっと大浴場から移動するだけで、数分もかかるとは。調子に乗ってデカく作りすぎた………。
ようやく辿り着いた部屋で、僕はすぐさま『召喚』を行う。ちょちょいとスマホを操作しただけだけど。
突然、強い光が視界を覆う。咄嗟に腕で目を庇う。
「誰だ!?」
突然響いた声に、僕は召喚が成功したことを理解した。
しかし、これは酷い。
せっかく、見栄のためにここまで移動してきたというのに、僕は腕で顔を隠したへっぴり腰。
威厳もへったくれもない。
「やぁ、突然呼び立ててしまってすまない。僕は魔王。名をアムドゥスキアスと言う」
さっきの失態は華麗にスルーして、僕はオーガに笑いかける。
「魔王だとっ!?」
「うん。と言ってもついさっき生まれたばかりだけどね」
オーガは、最初僕が魔王と名乗った時には目を見開き驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。
濃い灰色の巨躯に、漆黒の1本角。筋骨隆々な肉体かと思っていたが、意外と細身だ。ただ、胸筋だけはかなり厚そうだ。アッシュグレーの短髪から、金色の瞳が覗いている。顔は意外とイケメンそう。全身から覇気とも言うべきオーラを漂わせ、見事な黒鬼ぶりだ。
足元には『召喚陣』だと思われる、円が光っていた。複雑な魔方陣とか、幾何学模様もなく、ただの光る円だ。イメージ台無しである。
「………なぜ私を呼び出した?」
意外と高めな声で、オーガは問いただすように言う。
「1つは、僕は君を害するつもりはない、ということを伝えるため。
この一帯をダンジョンに組み込んだせいで、大分警戒させてしまったようだからね。
そして、もう1つが勧誘のため。
さっきも言ったように、僕はさっき生まれたばかりなんだ。だからまだ仲間もいないし、この世界についても疎い。色々教えてくれると嬉しいな」
そしてもう一度笑いかける。笑顔は、円滑なコミュニケーションには必要不可欠だ。
人間は第一印象だ、とも言うしね。
「………………」
こちらを警戒しているのか、無言を貫くオーガ。油断なく、腰に携えたこん棒に手をかけている。
「警戒しなくていい。とは言え、急に呼び出されたんだ。そうもいかないのはわかる。だが、こちらは本当に、君に危害を与えるつもりはないんだよ」
「………………」
やっぱり沈黙。やや苦笑いになりつつも、笑顔だけは崩さない。
「………なぜ、私なんだ?」
ようやく口を開いたオーガが、警戒は解かずに問うてくる。
「なぜとは?」
「私はオーガの中でも、別に強い方ではない。この角を見れば分かるだろう?」
いや『分かるだろう?』って………。分からないよ。でっかい1本角は、むしろこちらが不安になるぐらい強そうなんだけど?
「いや、さっきも言ったように、僕はまだ世間に疎い。その角がどうしたんだ?」
「………そうか、先程生まれたばかりと言っていたな。オーガにとって、角は力の象徴だ。普通は2本の角が生えるのだが、私はなぜか1本しか角が生えなくてな。
一族との折り合いも悪く、旅から旅への根無し草をしている」
つまり1本しか角のないオーガは弱い、という偏見があるのだろうか。そして2本角があるオーガはコイツより強いってことか?
「………」
「………やはり、私などを魔王の配下に入れようなどとは思うまい?」
つい考え込んでしまった僕に、自嘲するようにオーガが言う。
どうやら『弱いオーガなどお呼びでないわっ!!』と言われるとでも思っているらしい。
「いや、早速この世界の情報を手に入れられた。旅をしていたと言うなら尚更、僕は君を仲間に入れたい」
ここは真剣な表情で。僕は偏見で差別したりしないよ、というアピールだ。
「勿論、自由気ままな旅を続けたいと言うなら、無理には誘わない。僕の配下につきたくないという場合でも、僕は君を咎めたり、害したりしない。
残念だが、そうなれば次の奴を召喚するだけだ。だが、仲間になってくれると言うなら、僕は君を最大限歓迎しよう。君を差別したり、冷遇したりなど絶対にしない。
僕は君がほしい」
ここぞとばかりに畳み掛ける。お金や物資が無い以上、僕に切れる札など無いのだから。
「………本当に………、………私でいいのか?」
おずおずと、いや、恐る恐るといった雰囲気で、オーガは聞き返してくる。
僕は満面の笑みで頷いた。
僕の、生まれて初めてできた仲間は、泣いた黒鬼だった。
鬼は内、てね。