私
気が付くとそこには、みんなが居た。
ちょっと怒ったような顔のウェパルが、敵意も露なパイモンが、いつも通りのフルフルが、
こちらに笑いかけているキアスが居た。
アタシは、私は、今どっちだろう?
よくわかんないけど、たぶんコーロンだ。コーロンにしか感情はない。だから、今ちょっと嬉しく思っているアタシは、コーロンだ。
「おはよう」
キアスがそう穏やかに言うと、ウェパルもそれに続いた。嬉しい。
また会えた事が。また笑ってくれる事に。
アタシは涙が出そうになるほど、嬉しくなる。
だが、続くキアスの言葉に、心臓を鷲掴みにされたような、緊張が走った。
「君は今、どっちの人だい?」
なぜわかったのか。アタシの中に、もう1人の私がいることを。
しかし、そうならば、あのタイミングでフルフルがキアスの影武者をしていた事にも納得できる。キアスは、最初からわかっていたのだ。アタシが、道具だという事を。アタシが、人殺しだという事を。私が、どうしようもなく壊れているという事を。
「………………そうか」
アタシは、そう返すのが精一杯だった。
「んー、たぶんコーロンさんかな?まぁいいや。コーロンさん、実は君は一週間ほど寝込んでたんだよ。その間、色々あったから説明しなきゃ」
何事も無かったかのように、そう言って微笑むキアス。
真新しいベッドから、背を起こすと、アタシはキアスから目を逸らした。
そんな笑顔を向けてもらう資格なんかない。アタシはただの―――
こつん。
頭を軽く叩かれ、顔を上げると、その生っ白い手を拳に握って、苦笑するキアスがいた。
「コーロンさん、また自己卑下してたでしょ。
言ったはずだよ?この世界の誰であろうと、例え皇帝だろうと、魔王だろうと、自分自身だろうと、僕の仲間を貶すヤツは許さないって。もう忘れちゃったのかい?」
だめだよ………。
私には、そんな事を言ってもらう資格なんて―――
「君は、とってもカッコよくて、とっても可愛い、僕の大切な仲間だよ」
優しい魔王は、そう言うと私の頭を、その薄い胸板に抱く。
だめだ。私には。私は。幸せになんか。なっては。だって。私は。あなたを。あなたの事を。
「なにがあっても、君を仲間にした事を後悔なんてしない。何があっても。絶対」
「―――ッ!」
私は、魔王を突き飛ばすと、奥歯に仕込んだ毒薬を飲もうとする―――が、
「毒なら寝ている間に取っちゃったよ。迷宮に捨ててきたから、もう吸収されちゃってるだろうね。
鉱物から抽出したヒ素とかでない限り」
突き飛ばされたというのに、相変わらず優しく微笑む魔王は、パンパンとお尻を払って立ち上がる。
パイモンが、こちらを警戒しているような眼差しで見ているが、動こうとはしない。
「私は、許されてはいけないのです。私は………」
「おっと、今度は違う人かな?
初めまして、僕はアムドゥスキアス。知ってたかな?」
「………………」
なぜこんな風に、自然に私と話すのだろう。私達のような、歪で、壊れた存在を、なんの違和感もなく許容できるのだろう。
「実は君の名前も考えたんだ。じゃあまずは、それから報告しようか」
まるで。まるで、私そのものを許容するように。
「グレモリーっていうのはどうかな?
わからないかもしれないけど、ウェパルとお揃いなんだよ」
私には、名前なんて―――
「名前など要りません!私は道具。ただの人殺しの道具です!」
私は許されてはいけない。赦されてはいけない。許容されてはいけない。慈悲を乞うてはいけない。罪を免れてはいけない。罰を受けなければいけない。心を持ってはいけない。嬉しいなどと思ってはいけない。
幸せに、なってはいけない。
コーロンならともかく!私が!私なんて!!
「グレモリー。君にも同じことを言わなければならないのかい?
頼むから、僕の仲間を、家族を、そんな風に貶さないでくれ」
なんで。
なんであなたが泣きそうな顔をしているのですか。
「私は―――むぐっ」
また抱き締められた。
なぜこんなに暖かいのだろう。心まで暖められるようで、なぜか涙が出てくる。
「辛かったね。よく頑張ったね。もう大丈夫だよ。
君には今、ちゃんと名前がある。仲間がいる。居場所がある。
もう大丈夫だから、だから、もう、泣いてもいいよ」
私は、心など―――持っていません。だから、今泣いているのは、コーロンです。
子供のように、キアスにすがり付いて、泣きじゃくって、ごめんなさいって、ありがとうって、辛かったって、
言っているのは、
コーロンなんです。
グレモリーではありません。