表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/488

 裏切り

 アタシは裏切り者だ。




 あんなに良くしてもらったキアスを、アタシはこれから殺さなくてはならない。


 なぜか?


 アタシは………、


 ………私は、命令を遂行するだけの、ただの道具だからです。


 ズヴェーリ帝国騎士団、第0部隊。記録に残らぬ私達は、本来は騎士団が行うべきでない、非道な行いも命令さえあれば、なんの躊躇もなく行います。


 奴隷を嫌う私たちの国には、多くの敵対勢力があります。奴隷狩り組織、奴隷産業を主とする商会、その買い手。そういった者たちを秘密裏に暗殺、ないしは脅迫し、少しでも獣人が理不尽に奴隷にされる事を避けるのが私の主な任務でした。

 コーロンというのは、私が市井で暮らすための、仮面でした。


 豪放磊落、天衣無縫な冒険者コーロン。気っ風がよく、情に篤い性格のコーロン。蓮っ葉なしゃべり方で、快活に笑うコーロン。


 全部仮面。全部嘘。


 そうだったのは、一体いつまでの事だったでしょうか。


 きっと私は、己の手を汚しながら、それでも人々に笑いかけることができなかったのでしょう。壊れてしまうのを恐れたのでしょう。

 コーロンは、いつしかもう1人の私となり、勝手な行動をとり始めました。


 勝手に奴隷狩り組織を壊滅させたり、勝手に盗賊を討伐したり、勝手に奴隷を買い集め、勝手に育て始めたり。

 私の任務に支障を来す事ばかりを始めました。


 そんなコーロンが、最後はその奴隷たちを人質にとられ、奴隷に落ちる様は、笑えない喜劇のように滑稽でした。




 それから私達1人は、奴隷となりました。




 食うや食わずの毎日。酷使され、痛め付けられ、それでも働かされる毎日。


 これは罰なのだ。私もコーロンも、そう思いました。

 人の命を、自分達の利害で奪ってきた私達には、相応しい罰なのだと。


 それでもコーロンは、同じ奴隷を助けようとして、代わりに鞭に打たれ、少ない食料を分け、どんなに辛くても笑いました。


 私は知っていました。彼女が傷を押さえて泣いていたのを。空腹に耐えながら、連れ去られた奴隷達の事を思って泣いていたのを。

 それでも彼女は笑いました。少しでも、みんなが笑顔になれるように、と。


 コーロンがよく世話を焼いていた、42番と呼ばれる子供が怪我をした時、コーロンは何度も面会を申し出ました。しかし、主は面会を許さず、コーロンを叩きました。


 またコーロンは隠れて泣きました。


 2日経ち、42番は消えました。水も食事も与えられなかったのです。恐らく死んだのでしょう。


 私はそう判断しましたが、コーロンは逃亡の可能性を考えていました。あんな子供が、怪我をし衰弱した状態で、逃亡など図れるわけもないのに、コーロンはすがり付くように、そう考えて心配していました。


 無駄な事だと思いましたが、次の日、私が眠っていると、突然強い光に包まれました。

 慌てて飛び起き、臨戦態勢を取ると、光が止んだ先には、貧弱そうな子供と、透き通る水色の髪をした少女、それと42番が元気そうにこちらに駆け寄ってくるところでした。




 話を聞くと、どうやらこの貧弱そうな子供が魔王らしいのです。私はなんの冗談かと思いましたが、どうやら本当らしく、証拠に42番の奴隷紋が消えていることも確認しました。


 この時の私は、あるいはコーロンは、何を考えていたのでしょうか。


 魔王の配下に誘われ、それを二つ返事で了承してしまっていました。

 本当に、何を考えていたのでしょう。


 私と魔王が、相容れるわけなど無いのです。


 何故なら、私は道具だから。いくらコーロンになろうとも、私は私。命令されれば動く道具。もし、死ねと命令されれば、その通り息を止め、死んでゆくことを義務付けられた存在。




 だから辛い。




 私ではなく、コーロンが。

 コーロンは帰還の任務実行のためか、はたまた連れ去られた奴隷のためか、ズヴェーリ帝国へ赴く事を魔王に提案し、魔王はそれを快諾しました。


 なぜ、そんなにあっさりと、こちらに心を許すのでしょうか。なぜ、私が嘘を吐き、騙す事を考えないのでしょうか。なぜ、




 ここにいると辛いのでしょうか。




 42番は名前をもらい、嬉しそうにはしゃいでいました。

 一角のオーガ、パイモンは、魔王や仲間に囲まれて、とても嬉しそうでした。

 フルフルは、掴み所がなく、あまりコーロンに気を許してはくれませんでしたが、ウェパルや魔王と接しているときは、嬉しそうでした。

 オークやゴブリンも、皆楽しそうにしていました。


 コーロンは―――







 ズヴェーリ帝国へ赴き、魔王が商談を終えた次の日。

 私は直属の上司の元へ赴きました。


 辛い。胸の辺りがズキズキと痛みます。


 上司に、これまでの経緯と、今この国に魔王がいることを伝えました。上司は、数年音沙汰の無かった私が急に現れた事にも、魔王が密入国している事にも、表情1つ動かしませんでした。


 ただ一言。




 『殺せ』




 そう命じただけでした。


 私は道具。


 壊れることを前提に作られた道具。


 魔王に反旗を翻せば、死ぬことは伝えました。しかし、上司にしてみれば、道具1つで魔王を道連れに出来るなら安いものでしょう。


 ズキズキと胸が痛みます。


 これが裏切りの代償なのでしょう。こんな生半可な痛みでは足りない所業を、私はこれからするのです。

 コーロンが。私が。




 コーロンは、宿に戻ってしばらく泣いていました。

 私は………。私は今、何を思っているのでしょうか。際限無くこの身を苛む痛みからか、思考がまとまりません。


 私は彼を殺したくないのでしょうか?


 いいえ。私に心など、感情などは存在しません。殺したくないかなど、考える余地すらなく、殺すのです。

 私は道具。

 私は道具。

 私は道具。

 私は道具。

 私は道具。




 買い出しを終えた魔王達が帰ってきました。


 コーロンは、そんな彼らを笑顔で迎えます。


 「お帰り。ちゃんと伝手を使って頼んでおいたぜ。数日中には結果がわかる」


 魔王の嘘もかくやという嘘です。

 魔王たちは笑顔でそれを喜び、夕食を食べて床に着きました。


 胸がズキズキと痛みます。




 草木も寝静まった頃、私は寝台より起き上がります。


 これより、魔王を暗殺します。


 確認するように自分に言い聞かせると、コーロンは辛いと言いました。


 楽しかったのだと。


 ウェパルといて、パイモンとケンカをして、アンドレに仲裁されて、フルフルと街を回って、




 キアスと、一緒にいて。




 私には楽しいという感情はありません。だからコーロンの辛いという感情もわかりません。わからないはずなのに、私の体は、しばらく動きませんでした。


 ウェパルは泣くでしょうか。フルフルやアンドレは、よくわかりませんね。パイモンは恨むでしょう。仇である私が、すぐに死んでしまうのが申し訳ありません。せめてパイモンに仇を討たせてあげたいのですが、こればかりはどうしようもありません。


 キアスは。


 あのお人好しで、甘くて、ふてぶてしくて、やっぱり甘い魔王は、死の瞬間、何を思うのでしょうか。


 コーロンは、失望されたくないと嘆きます。


 何があっても、お前を仲間にした事を後悔しない。


 そう言った魔王。


 言って、くれた魔王。


 優しい魔王。




 私は。コーロンは。私は。コーロンは。私は。コーロンは。私は―――




 寝室の扉を開け、中に入れば、魔王は安らかな寝顔で就寝していました。

 どうかこのまま。

 私に気付かないで。

 苦しまないで。


 今私は、コーロンなのでしょうか。私なのでしょうか。


 もう、わかりません。


 これから死に行く私には、もうどちらがどちらでも構いません。


 私は、短剣を抜くと、彼の胸へと突き立てました。


 痛い。痛い。痛い。


 ズキズキと痛み、ジクジクと痛み、ジンジンと痛み、ギュウギュウと痛み、痛み、痛み、痛み。







 「なんでなのよ?」




 その声に、辛うじて顔だけ起こせば、胸に短剣を刺したままの魔王が、体を起こしていました。


 「コーロン、なんでなのよ?」


 魔王の口調に違和感を覚えます。これはまるで―――


 扉の開く音が聞こえ、そちらからウェパルが入ってきました。表情はなく、この状況にあって、彼女らしからぬ落ち着きぶりです。

 キアスが手を掲げると、ウェパルが崩れ、形を成さぬ水となり、キアスの手に吸い込まれて行きました。


 「………フル、フル………」


 「そうなのよ。私はフルフルなのよ。

 コーロン、あなたは誰なのよ?」


 その問いに答えるには、私は最早私ではなく、コーロンでもなく、誰でもありません―――





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ