閑話・1
魔王コションがダンジョンに入って2週間が経った。
僕はせっせと畑を耕し、水田を作りと、忙しい日々を過ごしていた。
時折アンドレからコション達の状況も聞いているので、今彼らが大体信頼の迷宮の後半辺りに居るのは知っていた。こんなペースじゃ、今はかなりお腹が減って苦労していることだろう。なにせ、大軍で入ったしな。
あの迷宮は、仲間が多ければ多いほど、その凶悪さを増すのだ。
5人程度であれば、なんとか宝箱から出る食料で食い繋ぐことも可能だが、それが10人を越えれば、かなり厳しい。
しかし人数が居なければクリアできないトラップもあるので、単独での踏破は不可能だ。
というわけで、コション君は今、とってもお腹が空いて、とっても喉が乾いているはずである。
どうでもいいけどね。
だってアイツ、僕を殺しに来たんだし。
僕は、お弁当の魔物の肉を魔物の葉っぱでくるんだ物をパクつき、水筒から水を煽る。
ああ゛ーーーっ!一仕事した後の肉、最高!!
オークやゴブリン達も、弁当に舌鼓を打ちながら、楽しそうに談笑している。以前の『魔王の血涙』じゃ、どうしたって外で食事とはいかなかったもんな。
牧歌的でまったりとした、いつもの昼下がりであった。
『マスター、大変です!』
そんな和気藹々とした空気を引き裂くように、アンドレの声が、僕の胸ポケットから響いた。
いつもは平坦なアンドレの声に、やや焦りの色が見受けられ、オーク達も、表情を引き締め、こちらを注視している。
「どうした、アンドレ?」
僕の問いに、アンドレは被せるようにすぐさま返答した。
『カーバンクルが大量発生しました!』
辺り一面は、歓声に包まれた。僕も声をあげた1人である。
「アンドレ!どこだ!?」
焦って主語も曖昧な問いを繰り出すも、そこはさすがアンドレ。阿吽の呼吸で答えを返してくれる。
『地下迷宮です。一ヶ所からではなく、ほぼ全ての沸き場からカーバンクルが溢れています』
「地下迷宮のトラップを全て切る!」
『無効化と、再稼働に手間がかかりますけど、よろしいんですね?』
「それが今重要か!?」
『いえ、全く』
「ならば無視だ!皆!道具を片付けろ!カーバンクルを狩るぞ!!」
うぉぉぉおおお!!!!
怒号のような叫び声をあげ、オークとゴブリン達が各々家へと戻っていく。
しかし、大量発生か。
1匹2匹が現れる事はあっても、大量に出てくるなんて初めてだな。
「キアス様、何事ですか?」
オークやゴブリン達の騒ぎを聞き付けたのか、パイモンが駆け寄ってくる。
「パイモンか、丁度いい。フルフルを呼んできてくれ。カーバンクルの大量発生らしい」
「っ!!了解しました!ですが、キアス様はこちらでお待ちください。何があるかわかりませんので」
「え?いや、僕も行くよ」
「なりません。今までに出現した、他の魔物もいるのです。キアス様はここで待っていてください」
強い口調で言われ、僕は渋々頷いた。
「大丈夫です!カーバンクルは全て、このパイモンが狩り尽くして見せますので!」
自信満々に自らの胸を叩き、フルフルを呼ぶために神殿へと向かうパイモンを見送り、僕はスマホで転移陣を用意する。
あーあ、僕も戦ってみたかったんだけどな。
っていうか、剣と魔法の世界に来たのに、今まで一回も戦ってないよ。どうなの、コレ?
「諸君!すでに知っているだろうが、獲物はカーバンクルだ!!今宵は宴だ!!」
僕が高らかに宣言すると、地響きのような雄叫びが上がる。
オークもゴブリンも、僕が渡した武器と防具に身を包み、完全武装だ。パイモンは棍、フルフルは手ぶらである。
「地図を用意した。各自無くさないように。それと、転移の指輪はちゃんとここにマーキングするように!迷ったら出てこれないぞ!」
僕の注告に、何人かが慌てたように指輪を作動させた。まったく。念のために持たせたのに、マーキングしなかったら意味無いじゃないか。
「それでは諸君!いざ出陣!!」
○●○
キアス様の用意した転移陣に入ると、私たちは薄明かりの差す地下の迷宮にいた。
広大なこの迷宮を、今日だけで全て回れるわけはない。なので転移陣をいくつかに分けて、バラバラに迷宮に入れるようにしてもらった。
今日は絶対、キアス様に喜んでもらおう。
私は決意も新たに、いただいた地図に示された場所へ、ゴブリン達と一緒に向かった。
いたっ!
「いました!逃がしませんよ!」
私が、そのカーバンクルに躍りかかる。
額に宝石を嵌めた猫のようなそれに、私は棍を叩き込む。
呆気なくカーバンクルは倒れ、動かなくなった。
「まだまだいるはずです!各自探してください!」
「「「おお!!」」」
やはり獲物がカーバンクルということで、皆やる気に満ちています。
私は素早くナイフを取り出すと、カーバンクルの額から魔石を剥ぎ取り、血抜きのために首を切り落とす。
猫か、ちょっとハズレ。
○●○
「いたの!毛皮なの!アタリなの!」
フルフルが騒いでいる間に、ポルンがそのカーバンクルを討ち取った。
羨ましい。僕もキアスからもらったこの槍で、カーバンクルをいっぱい獲ろう。
「いた。カーバンクル」
真ん中に宝石のある真っ赤な果実が、ぴょんぴょんと跳ねながら、こっちに向かってきた。
僕は、それを一刀両断し、魔石を取り出すと、袋の中に放り込む。動物じゃないと、血抜きがなくて楽だ。
次のカーバンクルを見つけ、僕はまた、槍を構える。
ていうか、フルフル、はしゃぐだけでなにもしてない。
○●○
「暇だよぉ〜、僕も行きたいよぉ〜」
皆を送り出してから、僕はやることもなく、スマホに写る、活躍する皆の点を見ていた。たまに、はぐれそうになっている奴を見つけては、イヤリング越しに注意する。
このイヤリングは、トランシーバーのように、僕の声が皆に伝わるので、はぐれた奴のあだ名は、明日から『迷子』になるかもな。
因みに、このイヤリングは、今回のためだけに造った特注品だ。いや、特注って言っても、僕が自分で造ったんだけどね。
お、オークのココが、リンゴのカーバンクルを倒したな。今日はフルーツが食べれるぞ。ポルンが倒した毛皮は、彼のものだ。
食材以外は、倒した人が自分の物にしていいことになっている。良かった。魔獣の毛皮も、まだ全員分はないからな。今日は暖かくして眠ってくれ。
僕は、ダンジョンマスターの能力で、皆の様子を確認しながら、獲物の量に思わず笑みをこぼす。
ていうか、フルフルも獲れ。
○●○
「あのランプもカーバンクルです。壊さないよう注意してください!」
ゴブリンのアリタが、ランプのカーバンクルに飛びかかると、火を吹き消す。それだけでカーバンクルは動かなくなった。
アリタは喜びながらそれを魔法の袋に入れた。
いいなぁ、あのランプ。ちょっとかわいい形だったから、ほしかったな。
キアス様は、まだまだ皆に物資が行き渡っていないことを憂慮されてるみたいだから、沢山獲ってキアス様に喜んでもらいたい。
のに!
次に現れたカーバンクルは、豹のような姿だった。
なんか、私の時だけ動物が多くないですかっ!?
○●○
「えい、なの!」
フルフルは、リスのようなカーバンクルを倒したの!
おでこから魔石を取って、袋に入れて。うん!大丈夫なの!忘れてることはないの!
「フルフル!そっち行ったぞ!」
うー、ポルンの声はうるさいの。そんな大声を出さなくても聞こえてるの。
フルフルは、お皿みたいなカーバンクルにパンチしたの。
………………壊しちゃったの。
○●○
「大量だなぁ」
僕は並べられたカーバンクルの山に、感嘆の息を吐く。
既に地下迷宮のカーバンクルのほとんどは狩り尽くし、残ったカーバンクルは迷宮の奥へ行ってしまったので放置している。あれだけ弱いのだ、そのうち勝手に死んでしまうだろう。
地下迷宮のトラップも再稼働させたし。
僕は、積み上がったカーバンクルの中から、植物のものをより分け、調理法を教えてからオーク達に渡す。
後々、僕も厨房に立つつもりだが、今は他にやらなくてはならない事がある。
調理をしている者以外は、住人総出で解体作業だ。きちんと保管庫に入れないと、すぐ痛むからね。
「ココ、成果はどうだった?」
「ん、キアス。コレ、見て、コレ」
僕は隣で作業している、オークのココに話しかける。
ココは、袋から麻でできた洋服を取り出した。
「おお!服か!アタリじゃないか!」
「ん。アタリ」
嬉しそうに、そのワンピースをもう1度見てから、ココは作業に戻った。実に楽しそうだ。
服はみんな学ランだからな。女の子ならおしゃれもしたいだろう。
微笑ましいココから視線を外し、僕は解体作業に戻った。
っていうか、フルフル、血抜きくらいしとけ!
カーバンクルとは、その真の姿を見た者はいないとされる、魔物である。
個々で姿が違い、また、その姿は動物に限らない。人間だったり、物だったり、植物だったりと、多種多様な姿で現れるのだ。
ああ、因みに、人型のカーバンクルは、倒しても魔石だけ取って放置させた。人型のカーバンクルの解体とか………。
カーバンクルの見分け方として、動物なら額に宝石のような純度の高い魔石が露出していることだ。 これはカーバンクルの弱点であり、ちょっと触っただけで、カーバンクルの儚い命は尽きる。
物の姿をとっているカーバンクルは、じっとされていると、見極めがとても難しい。魔石も、装飾品の一部のように見えてしまうのだ。ただ、近付くと襲いかかってくるので、すぐわかる。攻撃力も低く、不意をつかれても大したダメージにはならない。
むしろ、物の姿をとっているカーバンクルは、壊さずに倒す事に気を使うのだ。
さて、動物や植物の姿のカーバンクルについてなのだが、
「いただきます!」
「「「いただきます!!」」」
神殿の前に集まった皆は、僕の声に唱和してから、テーブルのカーバンクルの肉に群がった。
途端に、所々から歓声が上がる。
ほっぺたが落ちると言うのは、こういう時に使う表現だろう。
まるでゼリーのような弾力と柔らかさのある肉。1噛みすれば、溢れ出す肉汁は臭みなどが一切無く、ただただ旨味に満ちている。
1つ食べ終われば、むしろ食べる前よりお腹が減っているような、そんな錯覚を覚えるほどだ。
僕は次の品へ、箸を向ける。
野菜炒めのような料理。このダンジョンで野菜は貴重なのだが、今日に限ってはカーバンクルのお陰でお腹いっぱい野菜も食べられる。ただ、サラダは無い。やっぱり、魔獣だと思うと、生はね………。いつかちゃんとしたサラダが食べたいな。
しかし今は野菜炒めである。
火を通したことで、甘味を増した野菜が、しかし今だ生かのようなしゃきしゃきの歯応えを奏でる。元は固かった野菜も、こちらはなぜか蕩ける寸前のように柔らかい。そこに例の肉が合わされば、それは天上の甘露にも劣らない美味である。
つらつらと述べたが、要約すれば、
「ぅんめぇぇぇえええ!!!!」
である。
カーバンクルはなぜか、調理をすると、極上の美味となる。果物やお菓子などの場合、そのままで既に超うまい。
なぜこんな、狩られるためのような魔物がいるのかは不明だが、今はそんなことはどうでもいい。おいしいは正義!!勝てば官軍!!意味不明!!
最高の料理に、最高の仲間。これに最高の酒があれば、最早完璧と言えるな。
って、そういえば、確かゴブリンのアリタが酒を手に入れたって言ってたな。きっと旨いんだろーなー。なにせ、カーバンクルのお酒だし。
まぁ、僕は未成年だから飲まないけどね!
お酒を飲むと身長が伸びない!だからお酒は20歳になってから!
20年後か………。
その時のために、お酒の開発でもしようかな。地球のブドウは、悪い土でこそ美味しくなるらしいから、ここにぴったりなんだけど、こっちにブドウがあるかどうかが問題だよな。まぁ、米からも造れるけどね。
さてカーバンクルのジュースでも飲もう。
ジュースを取りに行くと、なにやら落ち込むパイモンの姿があった。
どうしたのだろう?
今日の成果は、パイモンが圧倒的に多かったし、大型動物のカーバンクルも狩っていたから、毛皮的にも上々なのに。
「………何で私ばっかり………に、………喜んで………肉………」
なにやらひどく落ち込んでいるようだ。
そっとしておこう。
次はあの、チャウダーみたいなスープだ!
あ、コションのこと忘れてた。ま、どーでもいっか。
今日はカーバンクルのおかげで、食料も雑貨も増えたし、純度の高い魔石も手に入れ、少なくない死体を迷宮内に残してきた。アンドレもウハウハだ。おまけに、うまいもん食って、みんなと楽しくどんちゃん騒ぎして。
本当にいい日だなあ。
あ、次はあの、香草焼きを、と。