聖なる国の天敵っ!?
男は、真っ赤な髪に、仕立てのいい白い服を着ていた。なぜか、左胸、左肩、左腕だけを鎧で覆い、上半身の右半分は、ただの服が露出している。右腕だけに、申し訳程度の手甲は着けているものの、あまりに傾きすぎたスタイルだった。腰からは、先程僕が売った武具よりも、いくらか上等な剣を提げており、どこからどう見ても、冒険者だ。
「待った待った!それ、魔法の袋だよなっ!?」
商会内に駆け込んできた彼は、僕が商人に渡そうとしている袋を指差して捲し立てた。
いや、あんまり大きい声とかやめてくんない?悪目立ちしちゃってるし。
「頼む!1つでいい!俺にも売ってくれ!!」
彼は、僕に両手を合わせて頼み込んできた。ここの宗教も、手を合わせて拝むのだろうか?
「すみません、すでにこの商会と取引してしまった後ですので」
「金なら出す!」
「いえ、お金の問題では………」
「そこをなんとかっ!なぁ、頼むよ?」
しつこい!
確かに、冒険者ならこの袋は喉から手が出るほどほしいだろう。だが、1度売ったものを、お金を積まれたからとホイホイ違う人に売れば、僕の信用はガタガタだ。この国の建築物の耐震構造並みだ。
彼には悪いが、ここは諦めてもらおう。
「申し訳ありませんが………」
「じゃあ、その腰に付けてるヤツをくれ!!白金貨10枚出す!!」
おいコラ。
なかなか引き下がらない男に、僕は商人にあるまじき暴言を吐きそうになった。
だが、
白金貨10枚か。いい額だ。別に袋が余っていないわけではない。何よりこの男、なんかバカっぽくて親近感があるんだよな。
精悍だけど愛嬌のある顔とか、ツンツンした髪も、どこか子供っぽい。
白金貨10枚という大金をポンと出すあたり、どこかの金持ちのボンボンかもしれないな。
仕方ない。これ以上注目を集めるのもゴメンだし、とっとと袋を売って退散していただこう。
「はぁ。特別ですよ?」
僕はそう言って、腰に下げた鎖袋から、違う袋を取り出した。
「これは今現在使っている物ですので、中身を移し替えるまでお渡しできません。ですが、そこまで仰られるならご都合しましょう」
「いよっしゃぁぁぁあああ!!」
だから騒ぐなっつの!!
「そちらも、ご都合がございましょう?我々は、こちらの商会で買い付けがあります。後程、どこか目立つ場所で落ち合いましょうか?」
意訳すると、『これ以上ここで騒ぎを起こすな!とっとと金を取ってこい!』である。
「おお!そうだな!じゃあ、すぐそこの広場にしよう!30分後には戻る!」
嵐のように現れた男は、そう言うと、嵐のように駆けていった。
………………疲れた………。
やたらとハイテンションで捲し立てられたので、得た利益より、疲れの方を実感する。
「申し訳ありません………」
1人置いてけぼりだった商人さんが謝る。
まぁ、元はと言えばこの人のせいと言えなくもないんだけど、それってこっちが誘導した結果だし、この人は悪くないんだよな。うん!10-0であの男が悪い。
僕?僕は悪くないよ?
商会である程度食料を買い込み、ついでに調合や錬金の素材も仕入れる。寝具やその他は、ズヴェーリ帝国で買い込む予定だ。北国の布団の方があったかそうだし。
これだけ仕入れても、まだ白金貨が4枚残った。お釣りの金貨もジャラジャラだ。
白金貨スゲー。
この後、他の商会を回って、白金貨を使いきるくらいに食料を買い込めば、この国も少しは食料が無くなることに危機感を覚えるだろう。
まぁ、あくまで民間レベルであって、金持ってるお偉方は関係ないだろうけど。
あんまり高騰させ過ぎれば、困るのは一般庶民だからね。
商会を出た僕らは、のんびりと広場を目指す。
町にはそこら中にアイボリーの像が立っており、どうやらこれが、アヴィ教とやらの偶像のようだ。
なんか、ただの彫刻って感じ。
仏像くらいインパクトがあるとか、十字架のような単純な物の方が、よっぽど神聖に感じるよ。
ただの男が、全裸で両手を広げている像を見ていてもつまらないので、僕はとっととその像から視線を外した。
「止まれぇ!!」
視線を外した先には、手に手に武器を持った、野蛮そうな服装の男達がいた。粗末な服に、汚い顔、皮の鎧と、これぞガラの悪い冒険者のテンプレートって感じのやつらだ。
勘弁してくれよ、もう今日はあの赤髪の男だけでお腹いっぱいだっての。
「へっへっへ。おめぇみてぇなガキが大金持ってるって聞いてなぁ。殺されたくなきゃ、身ぐるみ全部置いてきな!勿論、その上等なおべべもなぁ!」
まぁあの場にいた商人の誰かがチクったのだろう。
あの男のせいで大分注目集めちゃってたし、『白金貨10枚!!』とか叫んでたし。
しかし、こいつ等バカか?
白昼堂々、こんな大通りで剣抜いて、強盗?
もう1回言おう。こいつ等バカか?
案の定、辺りは大騒ぎだ。悲鳴をあげて逃げる者、怒号をあげて非難する者、怯えて隠れる者。
こんなの、強盗に成功したところですぐ捕まっっちまうだろ。
治安が悪そうには見えなかったし、きちんとした治安維持組織もあるだろう。ホント、何考えてんだ?
最早、ドッキリを疑うレベルだ。
「あー、僕今疲れてんだ、明日にしてくんない?」
「ふざけんなコラァ!!ナメてっと本当にぶっ殺すぞ!?」
おいおい、台詞がマジで死亡フラグだよ。
大きな声出せばビビるとでも思ってんのか?
あ、ウェパルがちょっと怯えちゃってる。
この野郎!!
モブキャラ以下の三流三下三枚目の癖に、僕の仲間を怯えさせるとは、どういう了見だ!!あぁん!?
もう僕が最弱とか、武闘派が1人もいない現状とかどうでもいい!!
こいつ等はベコベコにしなきゃ気がすまんっ!!
僕は、立ち上がり、袋の中から剣を取り出した。
僕の愛剣、ショテルだ。
「いい加減にしねーと、明日のお天道さんも拝めなく―――」
ドグシャァァァン!
僕がせっかく大見得を切ろうとしたところで、男の1人が吹き飛んで、近くの民家の窓に、頭から突っ込んだ。
それまでその男がいた場所には、赤い髪の傾き者、この騒動の最大の元凶が、拳を振り抜いた姿で立っていた。
「テメェ等!!寄ってたかって女子供襲うたぁ、どういう了見だ!」
いや、大見得切ってるとこ悪いけど、コレ、アンタのせいだからな?
そこからの展開もまたテンプレート。
並みいる男達をばったばったとなぎ倒し、快刀乱麻の勢いで赤髪の男は、男達を制圧した。
さすがに、男の強さを疑問に思い、鑑定を使ってみると―――
「よぉ、さっきの。危なかったなぁ」
にこやかに笑いかけてくる男に、僕は絶句していた。
「………ぁ、んたは………」
声が掠れる。
緊張のせいか、喉がカラカラだ。
「ん?あ、ビビらせちまったか?大丈夫だよ、なんもしねーから」
そんなことを言われても信用できるか。
僕は、握ったショテルを持つ手が震えていることを感じ、それでも男を睨み続けた。
「おいおい、そんな警戒すんなって。俺は―――っと、そういえばまだ自己紹介してなかったな」
男は困ったように肩を竦めると、ため息をついた。
「俺の名はシュタール。シュタール・ゲレティヒカイト。勇者だ」