僕のスマホが怖すぎるんだけどっ!?
赤茶けた大地。そこを舐める風は、砂ぼこりを立ち上げ、荒々しく疾駆する。緑は薄く、地面を這うように点々と大地に根付き、背の高い緑はどこにも見当たらない。空は厚い雲に覆われ、太陽のある辺りが薄ぼんやりと光っていた。風は冷たく、肌を刺すような冷気が、風に乗って僕に襲いかかる。
『魔王の血涙』。確かに赤茶けた大地は、その名に相応しかった。
「さっぶぅ〜。つか、何で部屋の中が適温だったのかはよく分からんが、助かったな」
こんな気温で日常生活を送るには、暖房設備が必須だ。
でも僕、冬の暖まりすぎた部屋って好きじゃないんだよな。
「しかし、海なんてどこにあるんだ?見渡す限りの地平線じゃないか」
歩いて海まで行けとか言われたら、軽く号泣できる。
びゅおぉぉぉ!!
「うおぉぉぉ!!寒いっ!!」
とてもやってられん!ここは一旦、室内に避難だ。
僕は急いで階段に転がり込む。
階段内に一歩入り込めば、そこは別世界。暑くもなく、寒くもない、まさに快適の一言だ。
目の前で勢い良く風が吹き抜けても、こちらにはそよとも吹きつけない。
「ホントどうなってんだ、コレ?」
僕が何気なく口にした疑問に、
『ダンジョン内は、外界と隔絶された空間です。外のいかなる現象も、ダンジョンには効果を及ぼしません』
唐突に答えが返ってきた。
電子音のような、人工特有の女性っぽい声の主は、僕の右手。スマホだった。
「お前、喋れたのか?」
『正確には発声しているわけではありません。この機械の機能です』
うん、よくわからん。
「えっと、お前は?」
『私はマスターをサポートするために造られたシステム、『ダンジョンツクール』です』
女性のような雰囲気の電子音は、どうやらあのアプリのシステムらしい。
「えっと………、今まで何で黙ってたの?」
『マスターからの質問に答えるためのシステムだからです。質問がなければ、回答を返せません』
ああ、なんだ。神様みたいに、意思を持って僕に話しかけてきたわけじゃないのか。アプリのプログラム通り、僕の質問に答えただけか。てっきり精霊か何かかと思った。
いや、居そうじゃん、そういうの。
「あ、じゃあ質問。ここから海までどのくらい?僕、神様に真大陸と魔大陸を分断するように言われてるんだ。でも地理も知らないし、どうしたら良いかわかんないんだ。教えてくれる?」
『はい。ここから一番近い海まで、約2500kmです』
おぅふ………っ!!
2500km?時速100kmで走ったとして、辿り着くのは25時間後。
勘弁してくれ………。ここには車すら無いんだぞ?
『分断するだけならば、この『ダンジョンツクール』があれば問題ありません。
画面をズームアウトすれば、周囲の地形も把握できます。
そのまま、大陸を分断するようにダンジョンを作製すれば、マスターの望みを叶えられると思われます』
「ズームアウト?」
声に従い、スマホの画面を操作する。あの指を、何か摘まんだような形にするアレだ。
すると、今まで見ていた四角い部屋が、四角いドットになった。その回りは真っ黒で、他には何も見えない。
『『カスタム』の『作製』から地上にダンジョンを製作してください。今のままでは地下空間しか検索できません』
おい、僕今質問してないよね?
なんか『当たり前だろ?バカか?』ってニュアンスがあったんだが?
言われた通り、階段の周りを『カスタム』で整える。どうせなら神殿風にしよう。
『早くしてください』
「もうお前、絶対自由意思で喋ってるよねっ!?」
声に急かされて、確認もそこそこにセーブする。
ギリシャ建築風の神殿が目の前に出来上がる。スマホの画面を見れば、新たに地上に出来た神殿が表示されていて、左下に『F1』の表示が出ていた。
アルファベット使えるんだ。
なぜかそんな小さな事にも、感心してしまった。
『地上にダンジョンを創造する際は、元の地形のままダンジョンに組み込むか、全く新しい空間にするかが選択できます。
今回は地下の空間を造った時のままの設定だったので、同じように空間を上書きしました』
最早当然のように、聞いてもいない事を話し出すスマホ。こっちは感心しない。
「とりあえず、元の地形を残しつつ、海までダンジョンを拡張しよう」
『どの場所からでも侵入可能ですが、よろしいのですか?』
「あとで変えるよ。まずは水の確保が優先。トイレも使えないしね」
地図をズームアウトさせ、この『魔王の血涙』の全体を表示する。
どうやらここは、魔大陸と地続きの細長い半島のようだ。ただ真大陸の海岸も、かなり近くにあり、確かにここは危険地帯みたいだ。
因みに、近い極点が南極なのか、北極なのか知らないので、方角はわからない。まぁ右側が魔大陸、左側が真大陸だ。
ここ『魔王の血涙』の地は、そのほとんどが平地だ。川もない。魔大陸側に少し高い山がある以外は、本当に何もない。さぞ戦争しやすかったことだろう。
そのまま半島の両岸を繋ぐように選択。
因みに、『カスタム』で『作製』の下にあった『選択』で操作している。選択した後に『作製』で色々操作も出来るようだ。
今回はこのままセーブする。
すると、見慣れた確認画面ではなく、警告画面が現れた。
『警告!』
選択した空間には生物が存在します。生かしたままダンジョンに取り込みますか?
『排除』 『保存』
何やら物騒な選択を迫られた。
「これってどういうこと?」
今度はちゃんと質問する。
『選択空間に生物が存在していた場合、ダンジョン作製と同時に、ダンジョン内に侵入されてしまいます。
『排除』を選択されると、生物をダンジョン外に強制転移させることが出来ます。『保存』を選択された場合、その者の侵入を許すことになります。あまりおすすめ出来ません』
「でも、今このダンジョンはどこからでも侵入可能だし、結局同じじゃないの?」
『はい。排除したところで、再び侵入されるでしょう。
空間を改編する際にも、同じ警告画面が表示されます。排除はその時でも構わないでしょう。
ただ、敵となる者が侵入している可能性に、十分ご注意ください』
おぉう。殊勝なことを言うじゃないか。これがアレか、ツンデレってヤツか。
『マスターが死ねば、私も機能停止しますので』
おぉっと、ただの自己保身だった。
『マスター、私のためにも死なないでください』
「いい台詞だなっ!?前の余計な台詞がなければっ!!」
『マスターは多分、簡単に死にますから』
「怖いよっ!」
背筋が冷える。寒冷地だけに、ツンデレじゃなくてツンドラだ。戦場〇原さんかよっ!?
『そんな下らない洒落を聞かせないでください』
「僕今口に出してないよねっ!?」
何コイツ、ちょっと怖いんだけど。
『マスター、早くしましょう。いい加減冗長です』
「誰のせいだよ………」
もういい。疲れたのでとっとと『保存』をタッチする。やっと見慣れた確認画面が現れ、セーブする。
はぁ。
このスマホめ。お前なんか、今日からスマ子と呼んでやる。
『マスター、怒りますよ?』
「ごめんなさい」
やっぱり怖いよ、この人。
『もしくは、起こりますよ?』
「何がっ!?」
もうヤダ、この子………。