正しいお金の使い方っ!?
そもそも、なぜ今食糧の高騰が起きかけているのか。
それは僕のせいである。
いや、別に僕が何かしたってわけじゃないよ?
僕が生まれたせいで、魔大陸侵攻の可能性が高まってしまったという意味だ。
これはトリシャから聞いた話だ。
30年ほど前、コションがアムハムラ王国を攻め、それを機に魔大陸侵攻が行われたそうだ。
アムハムラ王国は、この魔大陸侵攻の1番の被害者である。だが、アムハムラ王国が、唯一の被害者というわけでもない。
魔大陸侵攻は、真大陸の各国の総力を結集して行われたそうだ。そう言えば聞こえはいいが、出身地も、文化も違う者達が軍団を成し、1つに纏まるのは簡単なことではない。実際、30年前の魔大陸侵攻軍も、まさに烏合の衆と呼ぶべき集団だったそうだ。遅々と進まない隊列。日々起こる小競り合い。
アムハムラの、侵攻軍に対する印象は、こんなものだ。
まぁ、あの国の人達は、そもそも侵攻軍にいい印象を持っていなかったので、偏見も多分に混じっていそうだが。
とにかく、そんな侵攻軍が、結成され、進軍し、戦闘を行うためには、多くの物資が必要である。
武器防具は勿論、武器を作るための鉄、防具をつくための鉄、衣服、その布、食糧、水、塩、馬、馬の餌、工兵用の資材、輸送用の馬車、等々………。
それを揃えるための人手、それら全ての物の生産者、必要な人材を挙げ始めれば、枚挙にいとまが無い。
戦争特需とでも呼ぶべき現象が起きるのは、必然だった。
ただ、これには大きな落とし穴があった。
圧倒的に物資が不足するのである。しかも真大陸中で。
その中でも、とりわけ食糧の不足は絶望的だった。
馬や鉄と違い、全ての人々が必要とするものであり、毎日消費するものだ。塩と違い、無くなったからとて、すぐに補充するのも不可能なのである。
真大陸のほとんどの国では、必然的に食糧危機が発生した。勿論、アムハムラ王国程でないにしても、とてもアムハムラ王国を支援するだけの余力は、各国には残っていなかったのだ。
魔大陸侵攻で財を成せたのは、そういった危機を見越して食糧を買い占めた者か、それが苦にならない程、食糧生産の多かった農業国の者くらいだ。残念な事に、そういった者ほど、権力の中枢に近い。
他の人達は、特需で得た財産も食糧の高騰で吐き出さざるを得なく、それでも足りず、飢え、貧しくなったのが、30年前の魔大陸侵攻である。
こんな事があれば、第13魔王の誕生を知り、儲けるため、飢えないために食糧を買い占める人が出ないわけがない。
ズヴェーリ帝国の食糧高騰の原因は、つまりはそういうわけだ。
どうやら、僕が生まれたことで、再び魔大陸侵攻の可能性が出てきたものの、いまだに各国に目立った動きがないのは、こういった原因もあるようだ。
まぁ、特需で個人が潤うことはあっても、国としては確実に疲弊してしまうのだ。出足が鈍いのは当然だ。僕としても助かる。
実際、今回の魔大陸侵攻は、反対派、ならびに慎重派が主流を占めているらしい。アムハムラ王国が反対派、ズヴェーリ帝国は慎重派である。声高に賛成に回っているのは、アヴィ教の総本山、アドルヴェルド聖教国や、一部の農業国、恐らく特需に目が眩んだ小国くらいのものらしい。真大陸で絶大な影響力を持つ、天帝国リュシュカ・バルドラは慎重派だ。正直、本当に助かった。
アドルヴェルド聖教国は、農業が盛んな真大陸中央にあるためか、狂信のせいか、食糧危機に対する危機感が薄い。本当なら、準備だけで数年はかかる侵攻を、今すぐ行うべきだと言って憚らない。30年前は、コションの侵攻という理由があったにも関わらず、実際に魔大陸に乗り込めたのは8年が経過してからであり、追撃というにはあまりに遅すぎた攻撃だったようだ。実際、激しい抵抗にあい、寒さでろくに戦えなかった侵攻軍は、1年という、侵攻時の亀のような鈍さが嘘だったかのように、脱兎のごとき撤退を行ったそうだ。
というか、今僕は何もしていないのだ。不利益を被ってまで、そんな轍を踏みたい者が多いわけはない。全く、そんな事をいつまでもしてれば、いつか信用を無くしちゃうぞ?
とまあ、色々な理由があって、今は物価が高騰傾向にある。正直、今の状態で通貨を発行するのは、よろしくない。
だからまず、この高騰を落ち着かせなければいけない。それまでは、奴隷の解放は厳しいだろう。
高騰が落ち着けば、食糧を買い占めてた連中は慌ててそれを放出するだろう。そうなれば値段も落ち着き、食糧自給率の高いズヴェーリ帝国ならば、多くの奴隷を扶養することも可能だ。まぁ結局、国庫の出費は大きいだろうが。
本当に了承してもらえるのだろうか?
さて、ここで1つの問題が出てきてしまう。
僕がこの国の食糧を買い占めてしまうと、高騰に拍車がかかってしまうのだ。
僕は、ダンジョンの住人が飢えないだけの量を、今回の買い出しで揃えるつもりだ。曲がりなりにも、これだけの共同体が消費する食糧である。少ないわけがない。そんな量の食糧が市場から消えれば、高騰が加速することは目に見えている。
ではどうするか。
「とりあえず、何かあったときのため、金貨を1枚渡しておくよ」
「そんな大金要らねえよ」
翌朝、別行動をとるコーロンさんに、僕はお金を手渡そうとする。一般家庭が100週間飢えないだけのお金だ。確かに大金だろう。
やや受け取りを渋るコーロンさんに、押し付けるように金貨を渡す。
ため息を吐いて、それを学ランの胸ポケットに仕舞うコーロンさん。そこにお金入れると、取り出しづらいんだけど、まぁ、今さら遅いし、いいか。いざ使う時になって、アタフタすればいいよ。
「じゃ、よろしくね」
「ああ。絶対に渡りをつけてみせんぜ」
コーロンさんは、そう力強く言うと、朝の雑踏の中に向かっていく。
「じゃあねー、コーロンさん!」
「バイバイなのー」
ウェパルとフルフルも揃って手を振る。
後ろ向きにそれに手を振り返すと、コーロンさんは人波に飲まれていった。
さてと。
「じゃあ、僕たちも行くか」
「はい!」
「おー!なの!」
元気いいね、君たち。
昨日は何だかんだと難しい話ばかりだったからね。お子さま2人はつまらなかったんだろう。
「ご主人様、まずはどこへ向かうのですか?やっぱり食べ物ですか?」
ウェパルが表情を弾ませながら、ウキウキと聞いてくる。何がそんなに楽しいのやら。
「うーん、まずは城壁だね。1度この町を出るから」
「え?」
「っていうか、この国を出る」
「ええっ!?」
「で、聖教国まで行く」
「えええええぇぇぇっ!?」
聖教国の方々には、食糧危機を意識してもらおう。




