とある王様の驚愕
嬉しい知らせ。
そう言って差し支えないだろう。
『魔王の血涙』の調査へ向かった娘、トリシャと偵察隊が、全員無事に帰ってきたという報告が入った。
誰1人として欠けることなく、魔王との交渉を終え、暫定的な不可侵まで約束してきたのだ。上々の成果だと、諸手を挙げて誉めるべき事だ。
そう、これは本来いい知らせなのだ。
今トリシャは、謁見の間に膝を着き、調査報告を行っていた。
見た事もない、上等な漆黒の服を纏い、頭を垂れるトリシャは、淡々と報告を述べていく。
その内容もさることながら、隣に座す、
魔王コションの首に、
広間に集まる貴族たちは、圧倒されてしまっていた。
魔王コションの死亡は、まだこのアムハムラ王国には届いていない。
それもそのはず、魔王コションは、どうやらトリシャの目の前で、つい3日前に討たれたらしい。星球院からの知らせが届くのは、早くてあと2週間はかかるだろう。
例の第13魔王、トリシャに聞いた名をアムドゥスキアスという魔王の、その部下が、コションを討ったそうだ。
魔王を討つだけの部下をもつ魔王。
冗談のような話だ。
早々簡単に討てないからこそ、魔王は魔王なのだ。それを、1人の魔族が討ったという事実は、私のみならず、この場に集まった多くの者から言葉を奪った。
報告はそれだけではない。
アムドゥスキアスは、巨大な城壁と迷宮を建造し、魔大陸と真大陸を、完全に分断してしまったらしい。
コションはどうやら、この事を不服に思い、アムドゥスキアスと対立し、敗れたようだ。コションに従っていた魔族も、800人ほどその迷宮で命を落としたとか。これは、魔王の言葉なので、トリシャに確証はないらしい。
この城壁と迷宮は、我が国にとって決して困る情報ではない。つまりはまた、魔大陸侵攻が困難になった事を示唆しているのだから。
であるからこれも、いい話、なのだろう。
次に、魔王アムドゥスキアスは、どうやら真大陸との友好を願っているらしい。
これは、どこまで信じられる話なのかは不明だが、ダンジョンに侵入しようとしたトリシャ達を引き止め、食糧の提供をしてくれたのは事実のようだ。これが、何か巧妙な策の布石、という可能性もあるが、今はとりあえず感謝をしておこう。
短気な魔王が生み出されなかった、運命に。
断じて魔王にではない。
「―――以上です」
「大義であった。お前や隊の者は、充分な休息の後、再び任務に励め」
「はっ」
親子とはいえ、この場はあくまで公式な場である。私は王で、トリシャは騎士団の団長だ。軽々な発言などできない。
だが、
私にはわかっている!
トリシャの様子は明らかにおかしい!
私とて、曲がりなりにも親なのだ。幼少期のほとんどを、一緒に過ごせなかったとしても、かわいい愛娘である事に変わりはない。
別段トリシャだけを可愛がっているわけでは無いぞ?
ウチの4人の娘達は皆、超可愛いのだ!
全員嫁に出したくないと言ったら、宰相に本気でぶん殴られた。
『国を潰す気かっ!?』と。
いくら幼馴染みだからとて、些か不敬が過ぎると思わんか?
王子?男なんてどうでもよいだろう。せいぜい今の内から苦労して、王座に着いたときの苦労に慣れておけ。
そんな愛娘、トリシャの様子がおかしい。
普段は着飾ることに興味を示さないトリシャが、指輪や耳飾りを身に付けていることも、長旅を終えてきたはずなのに、陽光にサラサラと煌めく金髪も、妙だ。それは思わず息を飲むほど美しいのだが、なぜ急にそうなったのか。
魔王からなにか、良からぬ影響を受けたに相違ない。
トリシャの退出後、謁見の間は、蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。
魔王コションの死亡報告の有効利用。周囲の国家にこれを流し、魔大陸侵攻に反対させる事や、慎重派に引き込む算段について。迷宮について、アムドゥスキアスについて、これからの王国について、様々な事が話し合われた。
いくら娘の様子が変だからといって、これをおざなりにするわけにはいかない。夜にでも、1度話し合わなければならないだろうが、今は会議に集中だ。
ああ、早く引退して、娘達と楽しく過ごしたい。
その暁には、嫁に行った第1王女と、第2王女も、月に1度は帰ってきてもらおう。
「陛下、失礼いたします。是非お耳に入れてもらわなければならぬ事がございます」
ようやく会議が終わった頃、調査隊の副長を勤めた男が、私の執務室を訪ねてきた。本来は、この執務室に入れるのは、宰相か、軍務大臣、内務大臣、外務大臣の4人だけなのだが、私も聞きたい話があるので、特別に許可した。
えーと、こやつの名前は………。
「うむ。聞かせてくれ」
「はっ。なに分軍務一筋に生きてきました故、無作法を働く可能性をご了承ください。
魔王の事ですが、トリシャ騎士団長の報告を否定するわけではありませんが、彼の魔王は決して人畜無害とばかりは言えません」
「ほぅ。それは王として、捨て置けぬ話だ。続けよ」
「はっ」
この男は、逞しい外見とは裏腹に、なかなか気配りができ、細かな事にも気付く逸材だ。生まれが貴族であれば、騎士団長にもなれたであろう器の持ち主だ。名は思い出せんが。
「彼の魔王、アムドゥスキアスですが、まず、我々人間よりも製造技術が高いのです。トリシャ隊長が貰った、様々なマジックアイテムや剣を見ていただければ、おのずとお分かりになるかと。 次に、人間を取り込む術に長けています。現にトリシャ隊長は、アムドゥスキアスにかなり好感を抱かれているようです。精神操作を疑いましたが、その痕跡は見つかりませんでした。
最後に、彼の魔王の造った天空の城です。
あれは危険です。
一目見れば、その美しさに魅了され、二目見れば目を離す時を名残惜しく思い、三度目にはその美しさの虜となりましょう。
現に私も、あれを見た時から、その雄大な姿を思い出さぬ日はありません。
透明な城を透過する日の光。虹色に反射するその光が、魔王のダンジョンに降り注ぐ様は、天使でも降臨してくるのかと錯覚するほどで、一言で表現するなら―――」
「待て待て待て。あいわかった。お前が見た目によらず粋人なのはわかった。して、それらの何が問題なのだ?」
自分の言動を振り返ってか、副長は慌てて頭を下げた。
「はっ、失礼いたしました。私が危惧しているのは、我が国の国民が、魔王に必要以上に肩入れしてしまう事です。
ご存知の通り、我が国の国民は、アヴィ教を蛇蝎のごとく嫌っています。下手をすれば、魔族や魔王より、アヴィ教のクソ教主―――失礼しました。教皇を嫌っている者もいるかと。
もし、魔王に好感を抱く国民が増え、その後に魔大陸侵攻が決すれば………」
副長の報告に、私は気の滅入る思いだった。
本当にこれは、いい知らせだったのだろうか?