食欲という大罪っ!?
潤いと、彩り。
それはまるで、化粧を施した女性のように艶かしく、蠱惑的だ。
水を弾く肌に、衣服を纏うかのごとく、白く、濃厚なドレッシングを絡めた様は、一種、背徳的な妖艶さを醸し出す。
そして、僕を魅了するこの香り。強いドレッシングの香りの中に、それの持つ本来の青臭さや、土の香りが混じる。それが堪らなく、そそる。
青々としたもの、逆に鮮やかなまでの赤くきらめくもの、黄色、紫、白、ピンク。色彩だけでこちらを楽しませてくれる。
だからと言って、いつまでも見ているわけにはいかない。美味しいものは、美味しい時に食べなければ、それはありとあらゆるものに失礼だ。それを育てた人、こんなにも美しく着飾った人、大地と神々。ありとあらゆるものに失礼である。
だから僕は―――
ひょい。ぱく。しゃりしゃり。
「なんだ食わねえのか、キアス。好き嫌いは良くねえぞ」
あーーーーーーーー!!!!
食べちゃったよっ!
ウェパルとフルフルは空気を読んで、僕が鑑賞してたサラダに手を付けてなかったのにっ!!(ただの好き嫌いという説もあるが。)
コーロンさんが食べたー!僕のサラダ食べたー!狼なんだから肉食ってろ、肉!
ショリショリショリ。
あぁ………。
何て甘美な響きだ。一流のソプラノ歌手のような明瞭さと、テノール歌手のような重厚感。これが聞けただけでも、コーロンさんは後でチョップするだけで許してあげたくなる。本当なら、帰りのフライト中、馬車から吊り下げて帰ろうかと思っていたのに。この音色は、そんな僕の心を癒すハーモニーだ。
ん?チョップ?するけど何か?
「ったく、野菜嫌いなんて子供舌だなキアスは」
コーロンさんが、さらにもう1度、僕から野菜を盗もうと、フォークを伸ばす。
僕は迷わず刑を執行した。
「ってぇぇぇ!!テメッ、今っ、本気でぶちやがったなっ!?」
「信には賞を、罪には罰を。
当然の事だ」
僕はガーガー騒ぐコーロンさんを無視して、サラダに向き直る。
ああっ、生まれて初めての、まともな野菜っ。
いや、葉野菜くらいなら、あのダンジョンでも食べてたけどね。それでも、やっぱ生は違うよ、生はっ!!
それにこのドレッシング!!僕の鼻がイカれてないなら、これはマヨネーズじゃないかっ!?
地球でもマヨネーズの起源は意外と古く、中世には既に存在していたらしい。だから、この世界にあっても何ら不思議ではない。卵と油と酢と根気さえあれば作れるのだから。根気、というのは、乳化させるための作業が大変だからだ。それ故、ミキサーができるまで、マヨネーズは高級品だったとか。そうだな、今度作ってみるか、ハンドミキサー。モーモの乳からできたホイップクリームはごめんだが、他にも色々と利用価値が高そうである。ダンジョンに落とすのもアリだろう。
って、ちがぁぁぁあう!!どーでもいいよ、マヨネーズの蘊蓄とかっ!マヨネーズは大事だけど、マヨネーズの蘊蓄はどうでもいい!
語源はメノルカ島かマヨルカ島かとかどうでもいい!!日本の商品規格では、外国産のマヨネーズの多くが、マヨネーズに該当しないから、分類が『半固形状ドレッシング』だとかどうでもいい!!
っていうか、僕の知識はやっぱりおかしいっ!!
何でマヨネーズに関してだけ、こんなコアな知識まであるんだ!?僕はマヨラーだったのか!?
あーーー!!もぅ!!
僕の無駄な知識のせいで、全然サラダにありつけん!!
無心だ。
無心で食せ。雑念に囚われるな。解脱の境地で、食欲だけを味方とせよ。
今の僕なら、禅の極意にもたどり着ける。
よし。
僕はおもむろにフォークを取ると、サラダへ向けてそれを伸ばす。
フォークが野菜を貫く感触、音、体全てを使ってそれを感じろ。
僕の持ち上げたフォーク。それに持ち上げられた、地球の野菜で例えるなら、レタス、キュウリ、ニンジン、タマネギは、
今、まさに僕の口に到達しようとしている。
あぁ、今僕は、野菜を食べる。
僕はどうやら、野菜嫌いだったらしい………………。