水たんぽっ!?
「いらっしゃーい!『泉の精霊亭』へようこそ!お泊まりですかぁ?」
リンさんに紹介してもらった宿は、結構立派な造りで、年季の入った木製の建物だ。所々に石材も使われていて、アムハムラ王国や『魔王の血涙』程ではないとは言え、北方にあるズヴェーリ帝国でも、暖かい冬を過ごせそうだ。
声をかけてきたのは、狸のような耳と尻尾を持つおばちゃんだった。服装が凄くおばちゃんっぽい。ふっくらとした体に、白エプロン。野暮ったいワンピースからは、僕より遥かに力の強そうな太い腕が覗いていて、頭には三角巾だ。仕草まで、どことなくおばちゃんっぽい。
耳や尻尾は、どちらかと言うと、リアル狸より、デフォルメされた狸っぽくて愛嬌抜群だ。丸い耳と、丸い尻尾をふわふわ揺らし、人好きのする笑顔でこちらを見てる。
「こんばんは。ザチャーミン商会で紹介されて来ました。泊まり、4人で、2部屋お願いします」
「あいよぉ。お食事は今からです?」
「ええ。部屋に荷物を置いたら、すぐにでも」
「では、準備しときまぁす。ウチは、食事は朝晩出ますけど、あまり遅い時間になると、ダメですよ。竈の火、落としちゃいますからね。
一泊なら、1人銅貨30枚だから、えーと………」
「銀貨1枚と銅貨20枚ですね。とりあえず5泊分お願いします。ああ、丁度銀貨6枚ですよ」
丁度と言うなら、塩10kgと同じ値段だ。まぁ、あの商会から街に卸されるときには、少し高くなっているだろうが。
僕は懐から銀貨6枚を出すと、おばちゃんに手渡した。
「あんらー、アンタ、そんなナリで商人さんかい?」
おばちゃんは驚いたように目を丸くしているが、商売をしているなら、これくらいの計算ができなくてどうするのだろう?
いや、それは日常生活でもだが。
「ではお部屋に案内しますね〜」
「あ、外に馬車が止めてあるんですけど………」
「あらー。馬車はウチで預かれますけど、馬の餌は別料金になりますよ〜」
「さっき一緒に払ってしまえばよかったですね。おいくらですか?」
「ああ、いえいえ〜。宿を発つ時で構いませんよー。餌代は1日銅貨2枚ですけどぉ、いっぱい食べるお馬さんもいますからねぇ」
「成る程………」
ここでも餌代は別払いか………。なんだか、動物の餌代だけで結構な出費だな。
しかも、馬に関しては僕の馬でもないのに、である。やっぱり釈然としない。
部屋に案内されると、僕らはとりあえず荷物を下ろす。この荷物の中には、着替えや水、携帯食料などが入っている。
まぁ、魔法の袋の中にも、同じ物がいくつも入っているので、こちらはダミーみたいなものだ。
手ぶらで旅をしてるのは不自然だからね。
「部屋割りは僕とフルフル、ウェパルとコーロンさんでいい?」
僕がなんの気無しにそう言うと、
「いぎありっ!」
まさかのウェパルからの反対票が入った。
片手を挙げて、元気よく喋るのは良いけど、ここは宿なんだから少し静かにしよう。
「フルフルは冷たいので、ご主人様が寝冷えしてしまいます。ここは私が一緒に寝ますっ!」
「おっとっと、そいつを聞いちゃあ、アタシもフルフルよりキアスの方がいいな。冷てぇ布団とか勘弁だぜ」
「キアス………、フルフルは要らない子なの?」
三者三様の主張は、主にウェパルとコーロンさんの言い合いに発展した。だから、静かにしなさいっての。
涙目のフルフルの頭を撫でてから、1度ベッドを見て、もう1度2人を見る。
「この部屋、ツインなんだけど?」
さて、皆さんお待ちかね。
食事の時間であるっ!!!!
いや、別に皆さんはお待ちしてない。僕だ!僕がお待ちかねだったのだ!!待ちわびていたのだ!!待ち遠しかったのだ!!待ち焦がれていたのだ!!
生まれて初めての料理!!
あ、いや、パイモンもオークも料理はするよ?味は塩味オンリーだし、具材も肉か魚ばっかりだけど。ちゃんと美味しいよ?
しかしやっぱり、香辛料の効いた食事がしたいではないかっ!人間ならばっ!魔王とてっ!
野菜、ハーブ、コショウ、砂糖、魅惑のエッセンスがふんだんに取り入れられ、長年の経験と、確かな腕で調理された至極の料理!!
あぁ………。
楽しみだ。
僕の口内は、今やノアの方舟が必要な程の大洪水である。今の僕なら野菜スティックだけで、ご飯3合はかたい。
僕の楽しみのため、ウェパルの体重のため、フルフルの心のケアのため、コーロンさんの故郷の味のため、
さあ、いざ食堂へ!!
あ、因みに、部屋割りは当初の予定通り僕とフルフル、ウェパルとコーロンさんになった。
ツインだから、僕は寝冷えしないし。コーロンさんには自分で布団を暖めろ。
全ての条件を満たしたのに、何故かフルフル以外の2人からはブーイングが出た。
何故だ?