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 ソルト&フォックス・4っ!?

 案内されたのは、応接室ではなく、会頭の私室だった。


 とりわけ高額そうな調度があるわけでもなく、執務机には書類がうず高く積み上がり、判を待っている。判を押すべき会頭は、その机の奥で書類と向き合っていた。


 「会頭、客人をお連れしました」


 「ん?センか。接客の予定はなかったと思うが?」


 「はい。飛び入りです。私が決めました」


 「そうか。ならば会おう」


 セン君とその会頭は、一目で親子だとわかるほど、よく似ていた。

 細い目も、頭の上の耳も。


 「よくぞ来たお客人。私はザチャーミン商会の会頭、リン・ザチャーミンと申す。そこのセンの父だ。本来なら歓待の1つもすべきなのだが、今は見ての通り多忙でな。粗茶で我慢してくれ」


 ザチャーミン商会の会頭、リンさんは、そう言うと人懐っこい笑みを浮かべた。

 でも、粗茶って………。立ったまま飲めと?


 応接室ではないので、会頭が座っているもの以外に、この部屋に腰かけるものはない。壁一面の本棚と、観葉植物なのか、小さなヤシの木のような鉢植えの他には、執務机があるだけである。


 「いいえ。こちらこそ、お時間をとらせてしまって申し訳ない。僕はしがない行商人の、キアスと申します。あ、それと、お構い無く」


 「そうか、では早速本題に移ってくれ。セン」


 どうやら、最初から茶など出す気はなかったようだ。

 リンさんはかなりせっかちな性分のようだ。時は金なり。それくらいでなきゃ、商会の会頭など務まらないと言うことか。


 「はい、会頭。

 こちらのキアスさんから、たった今、私が情報を買いました。

 その情報を秘匿するため、会頭の私室にお邪魔しました」


 「フム。いくらで買ったのかは、あとできちんと報告するように」


 「はい」


 流れるように、セン君とリンさんは情報交換を終える。セン君も、父とはいえ、商会内ではきちんと目上の者に対するように、会話している。


 「ではキアス殿、その情報とやらを聞かせてくれ」


 リンさんは機嫌良さそうに、鼻の横のヒゲをぴん、と触る。


 「ええ。ではまずこちらを見ていただきましょう」


 僕は鎖で出来た袋をを取り出すと、中から塩の壷を取り出した。

 さっきセン君に売った塩と同じ壷だ。勿論、僕が手に持つ袋は、こんな大きな壷が入るほど大きくはない。腰に下げて邪魔にならない程度の、小さな物だ。


 そう、僕の造った魔法の袋である。


 「ホゥ。時空間魔法の付与された袋か。珍しいものをお持ちだ」


 驚きの表情を浮かべるセン君とは裏腹に、リンさんは冷静な眼差しだ。


 「確かに珍しい品だ。

 実物は私も初めて見る。しかし、白金貨1枚もあれば、腐らせている貴族から買い上げることは造作もないぞ?

 まさか、これが情報ではあるまい?もしそうなら、センは大損こいた事になるな」


 リンさんの言葉に、セン君はビクリと肩を震わせると、すがるようにこちらを見てきた。おっかないってのは、どうやら本当らしい。


 「勿論これだけではありません。次は、コレ」


 そう言って、次に袋から取り出したのは、もう1つの鎖製の袋。


 「そして、さらにもう1つ」


 袋の中から取り出した袋から、さらにもう1つ袋を取り出す。


 「なんと………っ!!」


 これには、さすがのリンさんも驚いたようだ。

 椅子から立ち上がり、思わず手にしていた書類を破ってしまったほどだ。


 「先ほど、この袋を珍しい物、と申されておりましたが、近い未来、この袋は珍しい物ではなくなるでしょう。

 それが僕の情報です」


 僕が、最後に出した袋の中から、今度は長い槍を取り出す。品質は、さっきセン君に売った物と同じ。


 それをリンさんに手渡すと、リンさんはためつすがめつ眺めたあと、僕に返してくれた。


 「いい槍だ。騎士や軍に高く売れるだろう」


 「ありがとうございます。同じ物をセン君に買ってもらいました」


 「成る程。いい買い物をしたようだ。

 して、この鎖袋をどこで?」


 リンさんの鋭い視線が、こちらを値踏みするように捕える。人懐っこい外見は、この人の営業用の顔なのだと、この時遅まきながら気づいた。


 「この袋、そして今回売った武具、さらに他にもいくつかの品を、僕らは『魔王の血涙』で手に入れました」


 うん。嘘は言ってない。『魔王の血涙』で僕が造った物を、僕が手に入れたのだから。

 いや、その前に詐欺師のように嘘八百を並べ立てているんだけどね。


 僕の言葉に、セン君も、リンさんも、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


 「ご存じの通り、今彼の地には新しい魔王が住んでいます。

 しかしこの魔王、どうやら人間に対する敵意は薄いらしく、大きな城壁と、広いダンジョンを建てて、真大陸と魔大陸を分断してしまったようなのです。

 しかも、その魔王の造ったダンジョンの中には、僕の持ってきたような品が、数多く放置されたままなのです」


 僕はここぞとばかりに、ダンジョンや魔王の宣伝をする。

 できるだけいい印象を持ってもらえるよう、セールスポイントは、ここで一気に並べ立てるつもりだ。だったのだが、


 「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」


 リンさんが僕の営業トークを慌てたように遮った。


 「つまり、それらの品は、魔王から盗んできた品なのか?

 いや、それ以前に、第13魔王の誕生が布告されたのは、つい2週間前の事だ。つまりお前さんは、既に『魔王の血涙』に赴き、さらにはそこから帰還して、おまけにこんな離れたズヴェーリ帝国まで来たってのか!?」


 おっと、やっぱりそこに突っ込んで来るか。まぁ、当然と言えば当然か。


 「その通りです、リン会頭。

 もっと言えば、我々が『魔王の血涙』を訪れたのは、つい一昨日のこと。アムハムラを発ったのは今朝になります。ああ、セン君、君にはあの塩、この国の物だって言ったけど、ごめん、あれ嘘。ごめんね、本当の事言うわけにもいかなかったから」


 まぁ、今言ってる事も嘘だらけなのだが。


 「成る程。つまり、『魔王の血涙』は、今やお宝の山だと。そんで、魔王からかっぱらってきたマジックアイテムで、こっちまで来たと」


 僕が今まで嘘をついてたことをバラしたからか、リンさんの言葉にも棘がある。

 まぁ、嘘吐く商人なんて、詐欺師と同じだし。


 「ああ、さっきから誤解されてるようですが、これ等の品は、別に盗んで来たわけではありませんよ。

 僕らが、その魔王のダンジョンに入る際、魔王の声で中の物は自由にしてよいと、言質をもらいましたから」


 「魔王と話したのかっ!?」


 再び、ガバッと身を乗り出すリンさん。さっきから驚いたり、疑ったり、唖然としたり、忙しい人だ。


 「ええ。声だけで、姿は見てませんが。

 どうやら魔王は、ダンジョン内に、定期的に人を取り込みたいようですね。ただ、命を奪いたいのかと思えば、そうでもないようです。

 これを見てください」


 僕はそう言って、1つの腕輪を取り出す。


 鉄で出来ている、魔石が嵌まっている以外は、なんのへんてつもない、ただの腕輪だ。


 「これは………?」


 「魔王のダンジョンに入る前に、魔王よりもたらされた腕輪です。

 なんでも、時空間魔法の転移が施されている他、回復魔法と、『非殺傷結界』まで付与されているらしいです」


 らしいです、っていうかされてます。だって僕が造ったんだし。


 「つ、つまり、それがあれば、死なないってことかっ!?

 そんなもんをホイホイ人間に渡したのか、その魔王はっ!?」


 「それが、この腕輪は、1度発動すれば壊れてしまいます。それに、発動するには、装着者が瀕死の重症を負うか、『脱出(ランアウェイ)』と発言しなくてはなりません。

 転移先は、その魔王のダンジョンの入り口に固定されているようですね。それに、ダンジョンの外では使えない、とも言っていました。


 ですから、どうやら魔王は、そのダンジョンを探索してもらいたがっているようなんですよね。あ、この腕輪が無いと、ダンジョン内から脱出できないらしいです」


 現実問題、ダンジョンの外でも使えるようにしたら、戦争に利用されそうなのだ。兵が死なない軍隊。そんなものを手に入れて、増長しない支配者が皆無だとはとても思えない。


 まぁ、全員『魔王の血涙』に転移してくるんだけどね。アムハムラ王国の軍隊だって、そんな場所に飛ばされたら、戻るのに何日かかることやら。それが他国なら、言うまでもない。


 「成る程わかった。

 確かにデケェ情報だ。利益も大きい。

 だがな、安全っつー保証がねぇ。俺は、自分のトコの商人に、そんな危ねえ橋を渡らせるつもりはねぇ」

 リンさんはさっきから、言葉遣いが荒くなっている。多分こっちが地だろう。


 「えっと、何か勘違いされていませんか?」


 「何?」


 リンさんは、一瞬訝しげな表情を浮かべると、答えに行き着いたようで、ぴんとヒゲを触ってから、大きな声をあげた。


 「そうか!冒険者かっ!?」


 「はい」


 冒険者は本来、密林の奥地にある薬草や、険しい山から鉱石等を採ってきたりする、とても危険な職業である。しかも魔獣の討伐等もやるので、ダンジョン内の武器や防具は垂涎の品だ。しかし、彼らには魔法の袋なんて1つあれば事足りるし、予備だってもう1つあれば、それを使っている内に別の袋くらい手に入れられる。武具だって、今現在使っている物より劣れば売りに出されるし、いい物を手に入れれば、それまで使っていた物は売るだろう。他にも様々な品が流通に乗れば、その間を取り持つだけで、莫大な利益をあげることができる。

 なにより、曲がりなりにも命の保証がある場所への探索だ。冒険者がこの事を知れば、ダンジョンは冒険者が蟻のごとく群がるだろう。




 それは、まだどの商人も手をつけていない市場であり、黄金の成る木だ。




 「我々は商人、物を買って、売るのが仕事。お宝を集めてくるのは、専門家にお任せしましょう」


 「放っておいたって、冒険者は勝手に中に入っていくだろうからな。

 成る程。………………成る程成る程。

 いい情報だ。

 とんでもねぇ、いい情報だ。だがな、いかんせんここと、『魔王の血涙』じゃ距離がありすぎんぜ。

 まともに情報のやり取りもできねぇんじゃ、支店を出しても上手く行くわきゃねえ。生憎と、俺の商圏はそこまで広くねぇんだよ」


 こんな風に文句を言っているが、リンさんの目は、期待に満ち満ちている。


 何か他にもあんだろ?ホラ、全部出しちまえよ。


 という、恫喝紛いのリンさんの声が聞こえてきそうだ。


 「では、これを」


 そう言って僕は、イヤリングを取り出すと、それを右の耳につける。


 「パイモンさん、聞こえますか?」


 『はい、聞こえていますよ、キアスさん』


 僕の声に、イヤリングから返答が帰ってくる。ダンジョンにいるはずのパイモンの声だ。


 「こちらは予定通りです。ザチャーミン商会という所に、例の情報を売却しました」


 『はい、わかりました。ちゃんと見極めはしたのですね?』


 「はい」


 『あなたがそう言うのなら、構いません。以上ですか?』


 「はい、では失礼します」


 『はい、ご苦労様です』


 この会話、実はパイモンと打ち合わせをしていた、ただの茶番である。

 徹頭徹尾、一言一句全てがただの茶番。


 「今のがウチの会頭です。勿論、今はアムハムラにいます」


 「証拠がねぇなぁ〜」


 うわっ!

 なんかイラつく喋り方っ!!愛らしい外見も小憎らしいっ!!


 「予備のイヤリングをお譲りしましょう。後でご自分で試してみてください」


 「そう来なくっちゃっ!!おいセン、金貨1枚くれてやれ!」


 どうやら、このイヤリングは金貨1枚の値打ちらしい。っていうか、くれてやれってヒドくない?この人、マジで商人かよ。さっきから地を出しすぎだろ?


 「2つで一組になっています。片方がどこにあっても、もう片方が無事であれば通信は可能ですが、壊れる可能性もあるので注意してくださいね。


 それと、消耗品ですので、内包された魔力がなくなったら自然と壊れるようです」


 僕の説明を聞いているのか、いないのか、リンさんはセン君からイヤリングを受け取ると、片方の耳につけ、もう1つをセン君の耳につけた。


 「『セン、聞こえるか?』」


 「会頭、普通に言葉が届く距離です。でも、確かにちゃんとイヤリングからも聞こえました」


 まじまじと、リンさんの耳にあるイヤリングを見るセン君。

 キラキラした瞳は、年相応の好奇心に溢れている。どうやら、僕のマジックアイテムは、少年の心を揺さぶるには充分な品だったようだ。


 「成る程な。アンタがウチにこの情報を売った意味がわかったぜ。

 まずは資金力。ウチは曲がりなりにも、帝都に商会を構える大棚だ。ある程度まとまった金をアムハムラへ流せるくらいには、儲かってる。


 次に、販路。アムハムラにしか拠点の無いお前等と違い、広大なズヴェーリのみならず、隣国にも販路のあるウチを巻き込めば、真大陸全土に、丁度いいタイミングで、情報を拡散できる。


 最後にセンだ。センなら、未知のマジックアイテムに興味を示す」


 いや、アンタもだろ、とは言わない。


 「まぁ、路銀を失っている時に、身分証の無い我々と、対等に商売してくれた恩、という意味合いも強いですがね」


 「まぁ、情けは人の為ならずってな。センから見たら、お前さんはいい商売相手になると思われたんだろ。実際、こんな情報を持ってきてくれたんだ。大当たりってこったな」


 リンさんはそう言うと、セン君の頭を撫でる。ちょっと恥ずかしそうにしながらも、セン君は嬉しそうにはにかんだ。


 「よしっ!セン、アムハムラへ支店を出す準備をしろ。わかってると思うが、情報はまだ誰にも漏らすなよ。ウチの人間にもだ」


 「はいっ!」


 リンさんと、セン君は、実に楽しそうに仕事をする。きっと商人という職が、好きで仕方がないのだろう。


 「つーわけで、これからは俺たちの商会も、アムハムラ王国に居座ることになる。お前さんらの商会を潰しちまうかもしれないぜ?」


 いたずら小僧のような笑みを浮かべるリンさんに、僕も笑みで答える。


 「ええ、構いませんよ。ただ、我々は魔王のダンジョンに支店を出しますので、儲けは我々の方が多くなるでしょうが」




 「「は?」」




 リンさんとセン君は、見事にハモった。





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