ソルト&フォックス・2っ!?
「ごめんくださいな〜」
「ようこそ!ザチャーミン商会―――え?」
セン君の視線は、僕を見て、1度馬車の荷台を見てから、もう1度僕の顔を見た。
僕はその困惑の表情に、満面の営業スマイルで言う。
「こんにちは。塩を買ってもらいに来ました」
「再発行と言うことで、説明は以上です」
受付のお姉さんは、見事な営業スマイルで、説明を終えた。
商業組合に所属する、商人としての心得や、禁止事項。それ等を、つらつらと台本も見ずに1時間話し続けても、この笑顔を保っているのだから、最早脱帽である。
しかも、これでも大分短縮されているらしいのだから、恐れ入る。
「しかし、災難でしたね」
ここに来る途中、魔物に襲われて積み荷ごと馬車を1台無くした話しはしたので、お姉さんもその事については知っている。いや、嘘なんだけどね。
「ええ。でも、まぁ命が助かっただけ良かったですよ」
「それはそうですね。商業組合としても、身分証の再発行は臨時収入ですから、お互い良い事ですよね?」
「いや、それは違うんじゃ?」
僕のツッコミに、お姉さんは相変わらずの営業スマイルだ。
この、商業組合公認の身分証再発行。実は滅茶苦茶高い。銀貨10枚もかかるのだ。
最初の発行には、銀貨1枚しか要らないとの事で、そこは嘘を吐いて損をした部分だ。まぁ、商人でもないのに、身分証もなく、馬車1台分の塩を運んでいる方が不自然なので、不可抗力なのだが。
「ああそうだ、ついでに、この街の塩の相場について、教えてもらってもいいですか?」
「塩、ですか?」
お姉さんは、僕の質問に懇切丁寧に答えてくれた。懇切丁寧すぎて、さらに30分程、僕は受け付けに釘付けだった。
「やっと終わったか、キアス」
コーロンさんが、商業組合の建物から出てきた僕に、呆れたような声をかけてきた。
そりゃそうだ。
ちょっと受付で手続きだけしてくるつもりだったから、フルフルとウェパルの子守りをコーロンさんに任せ、いくらかお小遣いをあげて街を散策してもらっていたのだ。まさか、ここまで時間がかかるとは。
「お疲れさま、コーロンさん。2人は?」
「おう、2人は今、そこの広場で焼き菓子食ってるぞ。フルフルもウェパルも、飯食ってる時は静かなんだな」
いいなー。僕は生まれてこの方、まともな料理らしき料理を口にしたことがないし、甘いものなんて地球の知識としてしか知らない。
「じゃ、次はコーロンさんの冒険者組合だね」
「おう」
ニカッと笑うコーロンさんに、僕は初歩的な事を聞いておく。
「そういえば冒険者って、何なの?」
地球では、そんな職業に就いている人は居ない。筈だ。
冒険者が何をするのか。僕はそれを創作物の内容から想像する事しかできない。
「冒険者ってのは、軍や騎士団が扱うまでもないような、小さな魔獣被害を、金を貰って討伐したり、入手が難しい植物や鉱物なんかを、依頼を請けて取ってくるのが仕事だな」
僕の知っている内容と、あまり変わらない答えが返ってきた。
できれば、僕の街にも冒険者組合の支部を作ってもらいたいものだ。そして、冒険者達には、定期的にダンジョンに入ってもらいたい。
「あ、そうだ、パイモンとちょっと打合せしなくちゃ。ちょっと失礼―――」
「あいよー」
コーロンさんの軽い返事を、僕はイヤリングを取り出しながら聞いた。
そして、場面は冒頭へ戻る。
「成る程。つまり商業組合で塩の相場を聞き、我が商会がきちんと適正価格で塩を買い取った事を知ったキアスさんが、我が商会に残りの塩全てを売っていただけると」
セン少年は、疑わしげに僕を見ている。
そりゃそうだ。
まず、どこにこれだけの量の塩を持っていたのか、疑うのは当然だ。
僕らは旅の商人で、運悪く事故に遇い、所持金も無くした状態で、見知らぬこの街に着いたばかりだと説明してある。
実際、事故に遇った、という事以外は大体あっているが、それでも僕らはだいぶ疑わしい人物に見えているはずだ。
「そうですね。大体合ってますが、ちょっと違います。
今回僕の持ち込んだ塩。これを1壷、銀貨8枚で買ってもらいたいのです」
「?」
首を傾げるセン君。その仕草は、年相応で可愛らしい。
僕はそんなセン君に、飛びっきりの営業スマイルで笑いかける。0円のものなんて、利用できなきゃただのゴミ。いくらでもくれてやろう。
「僕が今回提供する商品は、塩と武具、そして情報です」
「…………………………………………………………………………………………成る程。つまり、情報の対価として、商品を高く買ってほしいと?」
「ええ、概ねそんな感じです」
情報の売買で、一番気を付けなければならないのは、どのタイミングで値段を決め、どのタイミングで受け渡しを行うか、である。
情報の値段を先に決めておく場合、買い手はその情報の内容を、知らないと知っていなければならない。とんちのような話だが、知っている話を、金を出して買うわけにはいかないのだ。値段を最初に決めている以上、クレームを言って下がるのは自分の信用である。
しかし、後で値段を決められては、買い手側が、圧倒的なイニシアチブを取ってしまう。
最悪、既知の情報だとイチャモンをつけられ、大幅に値切られるか、タダで情報だけ盗られる可能性もなくはない。
「情報は確かに気になります。
しかし、それは商会の不利益を覚悟してまで聞くべきではないでしょうね」
そう、今の状態では、僕のもつ情報には、セールスポイントというべきものがないのだ。得体の知れない情報に飛び付くほど、セン君はバカではない。
だが、そこもまた準備は万端である。
「気になりませんか?
僕たちが、どうやって売ってしまったはずの塩を、満載してもう1度ここに現れたのか。どこから、塩を持ってきたのか。武具はどこから持ってきたのか。
僕が、会頭の昔の知り合いに伝えるはずだった、大きな利益を生む情報。
君は本当に、気にならない?」
答えは、セン君の顔を見れば、聞くまでもなかった