ソルト&フォックス・1っ!?
モーモを厩舎に預け、代わりの馬を借りて、いざゴーロト・カローナへ!!
因みに、預けたモーモの代金は後払いだ。滞在中の餌代や、返す馬の状態によって、値段が変わる。
馬の餌代もこちら持ちなのが、どこか釈然としないが。
まぁいい。今の僕にはやらなきゃならないことが沢山ある。こんな小さな事に、一々抗泥してはいられない。
まずは商品の売却だ。身分証の無い現状で、まともな商売ができるか、甚だ疑問ではあるが、とりあえず当たって砕けろ。
「ごめんくださいな〜」
僕はとりあえず、近くの商会を訪ねることにした。
「こんにちは。ザチャーミン商会へようこそ。お売りですか?」
小間使いのような、小さな子供が、ニコニコとこちらに笑いかける。
うん。やはり商人は笑顔が命だよな。
「はい、そうです。
ただ、我々は身分証や紹介状を、事故で紛失してしまい、当初寄る予定でなかった、この街に訪れました。
お恥ずかしながら、路銀まで無くしてしまったもので」
「それはそれは。
しかし、今ここで商品を卸してしまっても良いのですか?
卸し先は決まっていなかったので?」
おっと、なんだか探りを入れられてるな。なかなかどうして、侮れない子供だ。
「ええ、決まってませんよ。ただ、知り合いの居ない地へ訪れる予定でしたので、所属していた商会に紹介状をしたためて貰っていただけです」
「その商会の名を聞いても?」
「構いませんよ。アムハムラ王国のパイモン商会と言う所です」
「パイモン商会ですか………、聞いた事がありませんが………」
「こことアムハムラでは遠いですからね。それに、大して老舗の商会と言うこともない、今の会頭が2代目の商会ですから」
「そうでしたか。その商品はアムハムラから?」
「まさか。途中いくつかの国を経由して来ていますよ。この商品は、この国の沿岸の街で手に入れたものです。これでよろしいですか?」
「いや、失礼。やはり身分証の無い者との取引には、慎重に慎重を重ねませんと。
無礼は平にご容赦を」
「いえいえ、理解しています。こちらこそ無理を言って申し訳ない」
「いえいえいえ。
では商品を見せていただけますか?」
ようやく、この子との問答も済み、僕は気付かれないように息を吐く。
緊張したぁー。
「ほぅ、塩ですか」
「ええ。地理不案内な土地なので、沿岸から内陸へ運ぶだけで、確実に利益になる品を」
「成る程。
塩は最近高騰傾向にありますね。なんでも、魔大陸侵攻の噂があるんだとか。
国軍が挙って塩を買い集めているようですね。
お客様は運が良い」
「そうですね、運が、よかったです」
『運が』を強調して伝えると、その意図を正確に察して、少年は再び笑う。
「あはははは。嫌ですよぅ。ほんの冗談ですから。
『魔王の血涙』に現れた新しい第13魔王の話を知っていれば、塩と鉄、武具の高騰は予想がつきます。
食糧の高騰は、国も我々商人も望んでいないので、なんとか抑えていますが。
30年前のアムハムラ王国のようには―――っと、すみません。本当に失言でしたね」
僕らをアムハムラ出身だと思っている少年が、真面目な顔で謝る。
ふぅーむ。話せば話すほど、この少年は得体が知れないな。
僕が言えた義理ではないが、本当に子供か?
「ほぅ。なかなか良質な塩ですね。量も多い。
これならば、良い値段になるでしょう。
1度、きちんと量を計っても?」
「ええ、勿論」
僕が了承するや否や、少年は、たたたと駆けていってしまった。
そこへ、コーロンさんが感心したような声で、話しかけてきた。
「いやぁ、キアス、お前スゲーな。
本当の商人みてぇだったぜ?」
「まぁ、あれくらいはね。それより、どこで誰が聞いてるかわかんないんだ、迂闊な発言は控えてね?」
「おっと、こりゃ失敬」
コーロンさんが口をつぐむと同時に、少年が再びこちらに駆けてくる。後ろには2人ほど、大人の男も一緒である。
「大変お待たせいたしました。では、少々商品を失礼しますね」
言うが早いか、今度は男の人達が持ってきた容器に、塩を移し始めた。
「重さも量も間違いなし。念のため、全部お願いします」
「へい」
どうやら、あの容器は、計量のための物のようだ。見た目はただの箱なのに。
少年と男達のやり取りを聞く限り、少年はこの商会ではそこそこの立場にいるようだ。少なくとも小間使いではあるまい。
「これは、何を調べているんですか?」
「え?
塩の壷を底上げしていないか調べているんですよ?
見たことはありませんか?」
「ええ。
しかし、商人は信用が命でしょう。そんな詐欺紛いのような事をすれば………。
ああ、そうか。今僕らは身分証がありませんからね」
「いえいえ。例え身分証があったとしても、調べますよ。
万が一があっては大損害ですから」
「へぇ、初めて知りました。
アムハムラでは、塩はそこまでの貴重品ではありませんから。
なにせ、井戸水からして塩辛いですからね」
「ははは。成る程、沿岸に街のある、アムハムラ王国ならそうかもしれませんね?
しかし、ならば何故、慣れないズヴェーリ帝国へ?」
「はい。少々大きな利益を生みそうな情報がありまして。会頭が昔お世話になった商会へ、それを伝えに」
「成る程。普段はアムハムラ国内だけで行商を?」
「殆どはそうですね。
たまに隣国へ出ることはあっても、ここまでの遠出は初めてです」
「その情報と言うのは………?」
「申し訳ありません」
「ふふふふ。いえいえ、商売をする上で、情報は武器ですからね。
ここで軽々にそれを漏らすようなら、今回の商談から、もう1度見直さなければならない所でしたよ」
「それは怖い」
化かし合いだなぁ。
まぁ、彼もこれでご飯を食べてるんだ。手練れているのは、当然か。
その手練れ相手に、嘘だけでしのいでる僕を、誰か誉めてくれても良いんだよ?
「確認が終わったようですね。どうやら間違いないようです。
では、商談に移りましょう。塩20壷、計200kg。当商会としましては、1壷、適正価格の銀貨6枚での取引願いたいと考えております。
断言しても良いですが、身分証の無い貴方達が、他の商会に行っても、これより高くは買い取られないでしょう。もし確認がしたければ、1度全ての商会を回って来ても良いですよ?」
「いえ、そのお値段で構いません」
「確認は要らないと?」
「そうですね。
要らないわけではありませんが、後でも良いかな、と」
「後、ですか?」
こちらの言葉に、首を傾げる少年。だが、突っ込んで聞いてきたりはせず、男の人達に指示を出しつつ、腰に下げた袋から金貨を取り出した。男の1人が残りの銀貨を持ってくる。金貨1枚と、銀貨20枚。
ふむ、計算もちゃんとできるということは、この歳でも立派に商人ということか。
「やぁ、良い取引ができました。
私はセン。セン・ザチャーミンと申します。一応これでも、この商会の跡取りなどをしております」
「私はキアスです。しがない行商人ですが、何卒これからもご贔屓に」
「………驚かないんですね?」
「貴方が普通の子供でない事くらい、すぐに気付きますよ。それに、僕もこんなナリですからね。
いやはや、商人とは何が武器になるかわからないものです」
「確かに。
侮ってくれれば、そこを突いて利益をブン取ってしまえば良い。それは損をした方が悪いのですからね」
「いやぁ、それにしても驚きましたよ」
「ははは、またまたぁ〜」
とりあえず商談は、一応一段落だ。
もう、冷や汗でワイシャツの背中がびしょびしょだ。後で着替えよう。
「では僕達はこれで」
「はい。またご縁があれば、当商会をご利用ください、キアスさん」
「ええ、すぐにでも」
ザチャーミン商会を後にした僕達は、大きく息を吐く。
フルフルや、ウェパルには、あらかじめ何も言わないように注意していた。何が切っ掛けで嘘が露見するかわからないからだ。
コーロンさんは、僕が常識に合わない行動をした時にだけ、注意をしてくれるように頼んだ。
しかし、塩の計量の時は危なかったな。なんとか、かわしたけど、超焦った。
「とりあえず、資金は調達したね」
「キアス、もう喋っていいの?」
「うん、いいよ」
「ドキドキしましたね〜。なんだか、悪い事をしているような気分です」
「まぁ、嘘を吐いたんだから、良いことじゃないだろうね」
「別に詐欺って訳じゃねぇ。商品は本物だし、相手方が損する話でもねえだろ?」
「まぁね」
今まで喋れなかった反動か、皆口が軽い。この雑踏なので、問題はないのだが、できれば少し控えてほしい。僕は逆に口が重いよ。嘘吐くのって、結構疲れるね。
えっと、この後は商業組合で僕の身分証の、初めての再発行と、冒険者組合でコーロンさんの身分証を作らないとな。
多分、ここにももう1度来ることになるだろうし、色々忙しくなってきた。