飛行中は席をお立ちにならないでっ!?
翌朝。
曇りの多い『魔王の血涙』も、分厚い雲が散り散りにある程度に晴れた。
絶好の旅日和である。
モーモも気持ち良さそうに、魚を食べてる。って肉食だったんだ!?知らなかった………。
飛ぶ時に、モーモを宙ぶらりんにするわけにはいかないので、馬車には折り畳み式の足場もある。これは本来、とてもモーモの体重を支えるだけの強度はないのだが、そこは便利な重力魔法で解決。
「ふぁぁぁ〜。お、キアス、もう起きてたのか」
「やあ、コーロンさん。おはよう。なんだかワクワクしちゃってね」
「ははっ。初めて外に出るんだっけ?まぁ大丈夫さ、行ってみれば町はただの町だ。ここより大分不便には感じるだろうがな」
「うーん、確かに………。まともな風呂はあるんだろうか?」
「まず風呂かよ。いや、それよりトイレだな。ここのトイレに慣れてたら、普通のトイレ使ったら吐いちまうぜ?」
マジか。そんなに酷い状態なのか。うわー、なんか急に行きたくなくなってきた。
「あ、そんな事より、コーロンさん、はい、コレ」
僕は時空間魔法の付与された袋の中から、昨日造ったばかりの物を取り出す。
「これは………鎧、か?」
「うん。魔獣の革と、丈夫な鉄で出来た、防御力と機動性を重視した軽鎧だよ。護衛が服一枚じゃ不自然だからね」
「おおっ!随分と上等な鎧じゃねえか!?」
僕の渡した鎧を、ためつすがめつ検分し、コーロンさんは嬉しそうにそれを身に付けた。
身長170前後のコーロンさんの鎧姿は、とても様になっていて、もう立派な冒険者である。
第2ボタンまで開けたワイシャツの上に、鎧を着込み、その上から学ランを羽織るのは、ちょっとカッコいい。僕も真似しようかな?いや、僕じゃここまで様にはならないか。
「武器はここから選んでね。一応色々用意したけど、気に入る品があるかどうか………」
商品として、馬車に積み込んでいた武器を見せると、またまたコーロンさんはハイテンションで騒ぎ出した。
「おいおいおい!なんだこりゃ!?上等どころじゃねえ武器のオンパレードじゃねえか!?
つか、コレ売る気かよ!?買い手付かねえぞ!?」
え、マジで?
やっぱり鍛治技術レベル100はハンパないってことだろうか?
「………わざと質を落とした武器に、替えてきた方がいいと思う?」
「悪目立ちしたくねえなら、そうだろうな。これだけの量の、これだけの品を持ち込めば、まず間違いなく出所を探られんだろ」
「そっか。ダンジョンの宣伝も兼ねてるとはいえ、これ等は深部に落とす予定の武器だしなぁ………」
つか、全然侵入者がいないので、武器もアイテムも結構貯まってるんだよな。
早く町を作りたいが、今はまだそこまで行けるほど、物や食料が充実してないんだよ。
「よし、アタシはこの槍をもらうぜ。穂先が十字で、色んな使い方ができそうだ」
コーロンさんが十字槍を手に取ると、軽く素振りを始めた。
ヒュンヒュンと、耳に心地いい音を聞きながら、僕は他の武具を魔法の袋に回収する。まぁ、相場らしきものもわかったし、いいか。
「よし。準備はいいかい?忘れ物はない?」
フルフルとウェパルが集まり、見送りにパイモンとオークやゴブリン達も集まってくる。そんな仰々しい出立じゃないんだけどな。
「はーい、いない人は手をあげてー」
「誰もあげないの!みんないるの!」
場を和まそうと言ったギャグに、フルフルが大真面目に返したせいで、場には苦笑いというか、失笑というか、気まずい空気が流れた。
「んん。じゃあ、行ってくるね。皆、僕が居なくても、今までと何も変わらないだろうけど、何かあったら報告してね?」
「はいっ。お任せください!」
パイモンが、皆を代表するように、大きな声で返事を返す。どうやら、僕がいない間、ダンジョンを任せると言ったことを、かなり気負ってしまっているようだ。相変わらず生真面目なやつだ。
「よし、じゃあフルフル、ウェパル、乗り込んでくれ。コーロンさんは、2人が暴れないように、ちゃんと見ていてくれよ?」
「はーい、なの!」
「はい、ご主人様」
「あいよー」
三者三様の返事を返し、馬車の荷台に乗り込んでいく。僕も御者台に乗り込む。飛行の際は、簡単な操縦が必要なので、僕が御者台に居なくちゃならない。
決して、子守りが面倒だったからではない。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
「しゅっぱーつ、なの!」
「パイモンさん、オークさん、ゴブリンさん、行ってきます!」
「しっかし、本当に飛ぶんかね、この馬車?」
皆の声を後目に、僕は無重力のスイッチを入れる。
体から、重さが消える感覚、というのは、なんだか落ち着かないような、変な感じだ。
「わわわわわ」
「フルフル、何でベルトしてないのっ!?」
「こりゃあすげぇ。人が浮かんでんぜ」
「コーロンさん、フルフルを捕まえてっ!このままじゃ、フルフルが飛んでっちゃうよっ!?」
「お、おう。そうだな、ちょっとテンパっちまった」
後方から、騒がしい声が聞こえていたが、ここは気にしない。まだ、そんなに地上から離れていないし、落ちたら置いてくだけだ。ちゃんと話を聞かない、どっかのお風呂の精霊が悪い。
少し待つと、どうやらちゃんとベルトも付けれたようで、騒ぎは一段落した。僕は、そこでアクセルのように足元にあるペダルを踏み込み、同時に右手のレバーを引く。
車体から風が吹き出し、その反動で馬車が空へ飛び出した。風の抵抗はない。正直、そんなものが吹き込んできたら、商品も僕らもあっという間に空の藻屑だ。いや、空に藻はないけど。
高度は大体このくらいでいいか。
僕は、レバーを元の位置へ戻し、車体を水平に保つ。
ここからは快適な空の旅である。
ん?あれ?
気付けば、やけに後ろが静かだな。フルフル辺りは、興奮して暴れ回ると思ってたのに。
後ろを振り向けば、
フルフルが白目を剥いていた。
せっかくの美少女ルックが台無しである。
ウェパルは、どうやら興味津々で地上を見ているようだ。生まれて初めて、上空から地上を見るんだ。感動して言葉もないのかもしれない。
そして、
そしてコーロンさんなのだが、
ぺたりと倒れた耳を押さえ、股の間にはさんだ尻尾を震わせて縮こまっている。
小刻みに震えながら、「高い高い高い、やめて、ごめんなさい、おろして、いやぁ」と、小声で呟いていた。
どうやら、高所恐怖症だったようだ。