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 とある副長の困惑

 おかしい………。


 昨日から、感じる違和感。


 それは間違いなく隊長から感じるものだ。


 昨日。つまり我々が魔王のダンジョンなるものに到着してから。正確には、1度魔王との謁見を経てからである。




 普段は冷徹なまでの、隊長の表情が、あれから妙に明るいのだ。

 魔王コションの首を披露したときも、どこか悪戯が成功した幼子のような表情だった。

 勿論、洗脳やその類いの術の虜となった可能性もある。なんとか説き伏せ、救護班の術師に調べてもらったが、異常は発見されなかった。


 しかし、やはりおかしい。

 魔王の湯あみの申し出も、なんの躊躇もなく了承しようとしたり、なぜか興奮して鼻血まで出して、その申し出を了承する正当性をつらつらと説明したり、渋々俺が了承すれば、上機嫌に鼻唄まで歌って見せる始末だ。俺は急いで、救護班総出での診察を打診したが、隊長が呼び出されるまでに集まる事はできなかった。


 仕方なく、俺たちは魔王よりもたらされた魚を食べた。当然、念入りに毒物などの検査もしたが、1匹からも毒は検出されなかった。この検査のせいで、救護班を集める事ができなかったかと思うと、虚しくなる。魔王は一体何を考え、我々に食料などを提供したのだろうか?


 水は、不気味なほど透き通り、綺麗すぎてとても身を清めるためになど使えなかった。輜重班は、毒が入っていないとわかると、すぐさまそれまで飲料として使っていた水を、湯あみ用に供出し、代わりにその水を飲み水として積み込んだ。俺も一口飲んでみたが、あそこまで雑味のない水を飲んだのは初めてだった。こんな荒野で、魔王はどうやって、あんな綺麗な水を調達したのだろか?


 真夜中も近くなり、ようやく帰ってきた隊長は、見たこともないような、上等な服を身に付けていた。行軍の際は、確かに女性と言えどズボンを着用するので、その姿も不自然ではない。だが、正体不明の生地といい、細かすぎる程の縫製といい、魔族ではとても作れないほど、上等な衣服だ。いや、人間だろうと、これほどの逸品を作る職人は、どれ程いることか。こんなものをホイホイ着るなんて、やはり今日の隊長はどこかおかしい。確かに、王族に贈る品として、及第点以上の一品だが、いかんせん正体が不明すぎる。俺は、予定通り救護班総出で隊長の診察を行わせた。だがやはり、不自然な精神操作の痕跡は見られなかったそうだ。今日の救護班は無駄骨が多い。原因は俺なので、帰ったら酒の一杯でも奢ってやることにする。


 翌朝、ようやくこのダンジョンを後にすることができた。だが、その際にも、ここの魔王の非常識が顕著に見られた。


 まず我々は、ここを引き払うための準備を始めたのだが、隊長はいきなり、様々な物を手当たり次第に袋に詰め始めた。隊長の片手に持つ袋の中に、巨大な天幕や道具類が次々投げ入れられる様は、なにかの手品のようで、俺や他の兵士は、しばし呆然とそれを眺めていた。

 ようやく我に返り、その袋の出所を聞けば、案の定魔王から貰い受けたそうだ。他にも、昨日は気付かなかったが、隊長の差す剣が、国すら買えそうな名剣になっていたり、装飾品のあまり好きでない隊長がイヤリングや指輪を付けていたり。全てが魔王からの貰い物らしい。頭の天辺から爪先まで、魔王にコーディネートされている隊長に、俺はここの魔王の恐ろしさを再認識する。

 袋も、剣も、イヤリングも、服も、どれも一級品の品々だ。それを惜しげもなく譲り渡すということは、恐らく魔王にとってこれ等は、俺が認識している程、貴重品だと思われていないのだろう。この袋1つ、イヤリング1つが、軍事利用に無限の可能性があるというのに。

 そして、それを貰った隊長が、ここまで骨抜きになっている事実。


 この場所に巣くう魔王は、確かに人間との友好を願っているのだろう。コションのように、好戦的でもないのだろう。




 しかし、とんでもない人たらしだ。




 確かに、ある意味隣国と言えるアムハムラ王国と誼を持つのは、魔王にとって重要なことだろう。だが、それはコションだって同じ立場だったはずだ。しかし、コションは殺され、我々は歓待を受けた。この事実を、好意的に受け止めているのは、隊長だけではあるまい。いや、国に戻れば、コションの死亡と、我々の無事は瞬く間に広まる。そうなった時、ここの魔王に好感を抱く人間が、少なくとも確実に現れるはずだ。


 もしこれが、魔王の演技なら………。


 俺は、恐ろしい未来を頭を振って掻き消す。


 最悪の未来だ。

 我が国が、魔王の味方として、真大陸中を敵に回す未来など。




 身支度を終え、ついに出立となった時、隊長が突拍子もない事を言い出した。


 「アムドゥスキアス殿の言では、1度ダンジョンを見ておいてほしいとの事だ。なんでも、絶景を約束する、とのことだ」


 俺は、もう一度隊長に危険を伝える。なぜわざわざこのタイミングで、ピクニックのようなことを言い出すのか。本当におかしい。

 当然のように、俺の諫言は一蹴された。なんでも、この城壁内部から、階段で上がった所に、ダンジョンの入り口があり、そこに『魔王の血涙』のアムハムラ王国近くの海岸へ行ける、簡易転移陣が用意されているらしい。確かに、行軍を数日短縮できる、とてもありがたい話なのだが、それが罠でない保証などないのだ。


 本当に、一体どんな魔王なのだ!

 これ程までに隊長をたらし込み、警戒を緩ませる魔王。


 これは、是非国王陛下に伝えねばなるまい。

 人たらしの魔王、恐るべし、と。







挿絵(By みてみん)




 「…………………………………………………………………………………………」


 城壁上部に出た我々は、皆一様に絶句していた。


 当然だ。




 こんなに美しい物は、今まで1度も、想像したことすらなかったのだから。




 天空に浮かぶ、透き通った城。

 それが、『魔王の血涙』特有の、分厚い雲間から差し込む陽光にキラキラと輝き、悠然と聳えていた。


 尖塔、宮殿、城壁、全てが透明であり、差し込んだ日の光は、その中で乱反射を繰り返し、虹色の輝きを持つ。本来透明である城が、空に、雲に、風に、光に彩られているのである。


 絶景。


 最早そんな言葉では陳腐である。

 これを見るためになら、例え真大陸最南端に住んでいたとて、生涯をかけてでもここに来る意味がある。逆に言えば、この光景を見ずして死ぬなんて、人生の八割を損じたと言っても過言ではないと、俺は思う。




 なんたる。


 なんたる所業………っ!!


 最早認めざるを得まい。人たらしの魔王!!




 よくも俺までたらし込んだなっ!!





 このページに掲載しているイラストはわらわ様からいただきました。

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