コーロンさんっ!?
「よし、準備は良いか?なにか忘れてる事は?」
水よし。食料よし。部屋よし。
僕、フルフル、ウェパルは、迷宮最奥の部屋、この度正式名称を『魔王の間』とした部屋にいる。ここなら瞬時に回復魔法を使えるからだ。
とはいえ、回復魔法では、飢えや病を治すことはできない。こんな準備は、ただの気休めであり、自己満足なのだ。
しかし、やらない善より、やる偽善。性悪説。
僕は、もう1度2人を見て、スマホを操作する。
大丈夫。きっと大丈夫。ウェパルだってなんとか助けられたのだから。
眩い円陣が現れた。
相変わらず、魔方陣でもないただの円だ。
自然とスマホを持つ手に力が入り、喉が鳴る。緊張に、嫌な汗が背中をじわりと濡らす。
昨日、ウェパルを呼び出した時とは大違いだ。それはつまり、どれだけ何も考えずに、彼女を呼び出したのかの証左である。
光の奔流が、唐突に止む。
召喚陣には、1人の女性が立っていた。
「コーロンさんっ!」
ウェパルが真っ先に駆け寄るが、召喚陣に阻まれて彼女に触れることができなかった。
「42番?42番か!?死んだものと思っていたぞ!?」
彼女もウェパルの元へ歩み寄ろうとしたが、やはり召喚陣に邪魔され、触れ合うことはできなかった。
「42番、元気そうだな。それに、血色も良い。お前が居なくなったと聞いた時は、処分されたか、脱走でもしたのかと肝を冷やしたが、どうやらまともな主人に出会えたようだな」
「はいっ!この方が私を助けてくれたんです!」
ウェパルが、僕の方に手を向けて紹介してくれた。しかし、僕はそれに言葉を返すことができなかった。フルフルは、例によって僕の陰だ。
「はじめまして。どこのどなたか存ぜぬが、42番が世話になっている。私はコーロン。12番とも呼ばれるがな。
この子は、気弱で力も強くないが、心根の真っ直ぐな、優しい子なんだ。どうか彼女を大切にしてやってほしい。
………ところで、ここはどこだ?私は今まで奴隷部屋で眠っていたはずだが?」
彼女の言葉は、僕の耳に入っても、反対側からさらさらとこぼれ落ちるように、頭には入ってこない。
なぜなら―――
「耳………」
―――彼女には、立派な獣の耳が生えていた。
獣人。
獣の特性を色濃く宿した人間。ただの人間より、身体能力が優れる傾向があり、その反面、魔法の素養を持つ者が極端に少ない種族である。
体の随所に獣の特徴を持ち、その部位の機能は、人間より遥かに優れた能力を持っている。
本来は、真大陸の北方にある島に、獣人の住まう国があり、ほとんどの獣人はそこに住んでいる。
だが、稀に何らかの事情でそこに住めなくなったり、好奇心から真大陸の本土に移る者も出るのだとか。そして、獣人は労働奴隷の目玉商品であり、奴隷商はあの手この手で獣人を奴隷にしようと画策する。最悪の場合は、奴隷狩りと呼ばれる、人を無理矢理拐って奴隷商に売り飛ばすような輩に襲われるらしい。
コーロンさんも奴隷狩りにあい、人質を取られやむ無く奴隷になったそうだ。
以上、コーロンさんからの説明でした。
「成る程。つまりあなたは魔王で、真大陸の奴隷を集めて、町を作ろうとしているのだな?」
コーロンさんは、銀色の狼の耳を持つ獣人だった。他にも犬歯が鋭く、顎の力が強いらしい。
銀髪からぴんっ、と飛び出した耳と、フサフサの尻尾が、凛々しい外見とのギャップで、猛烈に愛らしい。服装は例の布で、ボン、キュ、ボンが如実に表現されている。
実に艶かしい。
「うん。
あ、どうしても魔族と一緒に暮らしたくない、て人は近くのアムハムラ王国まで送って行くことになるね。
ただ、現状では無理だ。アムハムラ王国は、あまり豊かな国ではないようだし、負担が大きすぎるからね」
現在の状況と、僕の目的、ウェパルがここに呼び出された時の状態を説明すると、最初は魔王と聞いて警戒していたコーロンさんも、なんとか警戒を緩めてくれたようだ。まぁ、ウェパルがあまりにも必死に説得していたので、渋々かもしれないが。
「成る程。あいわかった。
しかし問題は、奴隷契約だな。キアス殿は知らないかもしれんが、奴隷は、その身分に堕ちるとき、魔法契約を結ばされる。そのせいで、脱走も離反も不可能なのだ。こうして主の元を離れようとも、その契約は健在だ。現にホラ、私にもまだ奴隷紋が残っている。これがある限り、どれだけ離れていても主の意思1つで、奴隷の命は思うがままだ。死なせないように、苦痛だけを与えるこ事もできる。死ぬのは言わずもがなだが、四六時中苦痛を味わっていれば、心が壊れてしまうぞ?」
コーロンさんが、布をぺろんと捲ると、お腹の辺りに魔方陣のような印が見える。
「ああ、それなら大丈夫」
僕は、ウェパルに目配せすると、ウェパルは学ランのボタンを外し、ワイシャツの下のお腹を見せる。
相変わらず、骨の浮いた痛々しい体だが、そこには奴隷紋は無い。
「僕の仲間になる時、その契約は上書きされるんだ。それに、呼び出している最中は、外部からの影響を受けないから、苦痛を与えられたり、死ぬこともない」
「そうか………」
思案顔で、ウェパルのお腹をじっと見つめる、コーロンさん。ウェパルがちょっと恥ずかしそうにしていた。
「よくわかった。
改めて、よ……、ウェパルを救ってくれて、ありがとう。
あなたが望むと言うのなら、私も配下に加えていただこう」
コーロンさんの足元から光る円陣が消え、そこにウェパルが駆け込んだ。
今度はちゃんとコーロンさんの胸へ飛び込めた。
「コーロンさん!これからもよろしくねっ!」
「ああ、こちらこそよろしく。ウェパル」
2人は、それからしばらく、嬉しそうに笑い合っていた。
「あ、そうそう」
僕は、ウェパルの時にはできなかった、1つの注意をコーロンさんにしておく。
「コーロンさん、僕を呼ぶ時、『ご主人様』はやめてね。堅苦しいのは苦手だし、あんまり恭しいのも好きじゃないんだ」
ウェパルはいまだに『ご主人様』をやめない。だから最初に注意しておいたのだ。コーロンさんは、始めきょとんとしていたが、ニカッと快活に笑うと、
「なんだ、話せるじゃないか。アタシも堅っ苦しいのは好きじゃねえ。これからよろしくな、キアス」
おおっ………!
今までのコーロンさんのキャラが、急激に崩壊した。
しかし、これはこれでいい。生まれて初めて、こんなに気軽に話しかけられた気がする。パイモンもアンドレもトリシャも、口調が丁寧すぎて、なんか落ち着かないんだよな。
あ、フルフルは例外。あいつ、なんか話し方そのものが変だし。
「よろしく、コーロンさん」
「ああ。
あ、そうだ。そこにある飯、食っていいか?腹へっちまってよ」
「ああ、そのために用意したんだ。存分に食べてくれ」
念のため、食べやすいようにと、つみれ状にした魚のスープと、薬膳のように、数種の野菜と麦で作った粥を用意した。麦はトリシャたちから少量分けてもらった貴重品だ。
「うんめー!こんなうめえ飯を食ったの、久しぶりだよ」
ガツガツとそれ等を平らげるコーロンさん。
丁度いいし、今の内に他の仲間を紹介しておこう。
「コーロンさん、こいつが、フルフル。おい、フルフル、いい加減放せ。歩きにくい」
「フルフル………なの」
ホント、うちのお風呂の精霊は人見知りだな。
「おう、よろしくな!」
コーロンさんは、口の回りに食べかすを付けたまま快活に笑う。
「んでこれがアンドレ。次が―――」
『私の説明があまりにぞんざいです。断固抗議します』
コーロンさんが「板が(以下略)」やってるのを後目に、僕はジト目でアンドレに語りかける。
「だって、お前の説明めんど臭いんだもん。実のところ、僕もよくわかってないし」
『だとしても、紹介が愛称だけとはどういうことですか?最近、ちょっと甘い顔をしすぎて、調子に乗っちゃいました?へし折りますよ?』
やめて。そんなんなったら、混浴も楽しくない。
『アンドレアルフスです。アンドレと呼んでください』
「は、はぁ………。コーロン、です………?」
やっぱりコーロンさんも困り顔だ。そりゃそうだ。
「それと、おーい、パイモン!入ってこいよ!」
パイモンが、部屋に入ってくると、コーロンさんは目を丸くしてそれを見た。
「すんげー。アタシ、魔族って初めて見たぜ」
「おい、僕も一応魔王なんだが?」
一応注意しておく。
いや、だって………。僕の貧弱さは、誰より僕自身が知ってるし。
「あ?ああ、うん。そうだった、そうだった」
コーロンさんの反応は、案の定である。
「はぁ。別にいいけどさ。んで、コーロンさん、こっちがパイモン」
「キアス様、そちらが?」
「そ。新しい仲間のコーロンさん。2人共仲良くな」
「よろしくな、魔族のにーちゃん」
「私は女です。それと、私の名はパイモンです。キアス様にいただいた大切な名なので、間違えないでください、コーロン」
ここで獣人と返さなかっただけ、パイモンも成長したといえる。なぜか、パイモンはトリシャやコーロンさんには喧嘩腰だ。人間が嫌いなのかと思えば、ウェパルとは普通に話す。
ホント、よくわからん。
「悪い悪い。アタシはコーロン。まぁ、よろしくな」
悪びれずに謝るコーロンさんに、パイモンはちょっと眉をしかめている。
「仲良くしろ、つっとろーが」
とりあえず、喧嘩腰のコーロンさんにチョップ。次にパイモンをじー、っと見つめる。『これ以上は怒るぞー』という意味で。
「悪い、やっぱちょっとな………」
「すみません、キアス様」
謝る2人に、僕はため息を吐いてそれを流す。
コーロンさんにしても、昨日まで恐ろしい者と言われていたのに、今日から仲間です、と言われても混乱するだろう。まずは、ゆっくりと親交を深めてもらいたい。
「さて、コーロンさんには、これから風呂に入ってもらって、服を着替えてもらおう。
早速仕事があるから」
僕は、そう言うと、コーロンさん用に学ランを用意する。こうして見ると、僕、パイモン、ウェパルが全員学ラン姿で、この先コーロンさんも学ランなのに、フルフルだけワンピースで仲間外れのようだ。
因みに、フルフルにだってちゃんと学ランは用意してある。だが、フルフルがそれを着るのを嫌がるのだ。服を着るのが嫌で、自分の体を服に変化させるほどである。
まぁ、たまに着ているので、やっぱり寂しいのだろう。
「ああ、それよりキアス、ちょっと頼みがあんだけど」
コーロンさんの口調に、眉をしかめるパイモンを、視線で牽制しつつ、僕はコーロンさんに答える。
「アタシの他にも、奴隷狩りにあった連中はいる。もし、キアスがよければ、そいつらも今すぐ解放してやってくれねえか?」
「え………?」
コーロンさん、それは無茶だ。さっきも言ったように、僕のダンジョンも、アムハムラ王国も、何万人、何十万人といる奴隷を、今すぐ扶養することなどできない。アムハムラにとっては、最早一種の経済攻撃である。関係は一気に悪化してしまう。
だが意外な解決策を、コーロンさんが提示する。
「獣人の国、ズヴェーリ帝国になら伝手がある。皇帝と交渉して、もし認められれば、頼む………っ!」
切実な表情に、何とかしてあげたくなる。が、事は生活がかかっている。もし呼び出した後に、あちらが受け入れを拒否すれば、僕らは、明日からひもじい生活を覚悟しなくてはならない。
「アンドレ、どう思う?」
『選別そのものは可能です。これより、『召喚』の機能を細分化しておきます。主に奴隷関連の項目も付け足しておきます。今の召喚法では、呼び出すまで債務奴隷と犯罪奴隷の仕分けができていませんので』
あ。
「うん………。お願い………」
『ただ、エネルギー消費は、莫大でしょう。今までコツコツ貯めていたマスターの魔力から供出してくださいね』
「はい」
どうやらこの世界で、生まれて初めての外出は、サファリパークになりそうだ。