ご主人様と呼ばないでっ!?
「ご主人様っ!」
元気溌剌と、僕を呼ぶウェパルに、僕は苦笑いを返す。
「ウェパル、頼むからご主人様はやめてくれ。
ウェパルはもう奴隷じゃないんだから、僕をご主人様と呼ぶ必要なはい。わかったかい?」
「はい!ご主人様っ!」
ああ………。
一夜明け、ウェパルも随分と元気になった。なりすぎた。
昨晩の衰弱ぶりが嘘のように、もりもり朝御飯を平らげ、くるくると楽しそうにそこかしこを駆け回り、色々な部屋を探索している。
「いや、元気になって良かったんだけどさ………」
おまけに、フルフルまでがそれに同調し、今朝は本当に騒がしい。今朝早く、トリシャはアムハムラ王国に帰っていったので、今やこのダンジョンにいる人間は、正真正銘ウェパルだけなのだが、それを不安がるそぶりもない。
「キアス様、狩ってきました」
リビングに、大量の魔物を担いで入って来たのはパイモンである。
パイモンの、最近の朝の日課は、信頼の迷宮へ出向いての狩りだ。魔物の肉を手に入れるのと、信頼の迷宮から魔物を間引くためである。あの迷宮に魔物が溢れていては、色々と困る。だが、全く居ないのも考えものだ。なにせ、トラップの危険度が低いのだから。スマホで魔物を配置していれば、そんな事を心配する必要もなかったのだが、まぁそれは言いっこ無しだ。何より、魚ばかりでは飽きるので調度良い。
しかし、相変わらず主食が無いんだよなぁ。今の僕らの食卓は、炭水化物抜きダイエットメニューのようになっている。
オークやゴブリン達の稲も、そうすぐに収穫できるわけではないし、野菜はちらほらと食卓に上がるようになっているが、やはりまだ少ない。魔物の中に、たまに植物系の奴がいて、そいつの体の一部が皿に乗って出てくることもあるが、やはり数が少ない。因みに、意外と美味い。
うーん、このままじゃやっぱりまずいよな………。
何がまずいかと言えば、まず栄養バランスが片寄ることである。これは、様々な体調不良を引き起こす原因にもなる。特にウェパルは、普通の人間の子供で、お世辞にも体が丈夫そうには見えない。というか、制服で隠れているとはいえ、痛々しい程痩せ細っている。1月後には、5kgは増量させて見せると思ってはいるが、それもバランスの良い食生活があってこそだ。
因みに、ウェパルがこれまでどんな食生活を送っていたかは、僕の精神衛生上聞いていない。
次に、畑にしろ田んぼにしろ、これから拡張するにしても、いきなり大きくはならない。人員を増やせばなんとかできるかもしれないが、トリシャの言ったように、今の状態ではその増えた人員を食わせてなどいけないのだ。
しかし、食料事情の改善は急務である。
そこで、
ウェパル、フルフルと一緒に街へ出てみようと思っている。
のだが………。
「フルフル!ここは何っ!?」
「ここはトイレなの!ここもお風呂みたいに、水が綺麗なの!」
「すごいっ!こんなキレイなトイレ見たことないよ!それにクサくないっ!?」
「うん、なの!キアスは綺麗好きなの!とっても良い事なの!」
この2人を、僕だけで面倒見なくちゃならないの?
無理っ!!パイモンが外見の都合上、お留守番させなくてはならない以上、コイツ等の面倒は僕が見なくてはならない。だが、僕がこの2人の面倒を見きれると、大言壮語を吐くつもりもない。仕方ないだろう。魔王にだって出来ないことはあるのだ。かと言って、ウェパルを置いていく選択肢はない。奴隷とはいえ、真大陸で生活していたウェパルを連れていかなければ、僕自身どんなヘマをやらかすか、わかったものではない。
フルフルは、連れていかなければ、たぶん泣く。
いや、泣く子には敵わないよね。ねっ?
というわけなのだが、このお子さまコンビ、仲良すぎだし、騒がしいし、落ち着きがない。
このまま大きな町にでも行けば、3秒ではぐれる自信がある。鉄板だ。
さて、ではどうするか?
もう1人呼んじゃおう!
いや、昨日痛い目を見たばかりなのに、今日また同じ轍を踏むなんて、馬鹿のすることだと思うだろう?そうだろうな。僕も思う。
でもやる。
何故なら、僕は子守りをしたくない!!
どこの世界に『0歳から始める子守り入門』なんて物があると思う!?むしろこっちが子守される側だよ!!
というわけで呼ぶ。誰がなんと言おうと呼ぶ。
いや、本当は結構怖いんだけどね………?
でも、いずれ何度もやらなきゃならないことである。ならばもう一度、僕は今、同じ愚行を繰り返そう。神様を助けると決めた以上、僕が奴隷を呼び出す事は、僅かではあるが命を救う事に繋がるはずだ。
「アンドレ………」
『はぁ………。なんて顔をしているのですか。大丈夫ですよ。私も、パイモンもいます。次の者も、必ず助ければいいだけの話です』
「………だよな」
「さて、ウェパル。実はもう1人、真大陸にいる奴隷を呼ぼうと思う」
フルフルとウェパルを、なんとか席に着かせ、僕はそう切り出した。
「ぅぇ………?」
やはり良くわかっていないのか、ウェパルは首を傾げる。しかし、表情は不安そうで、瞳には涙が溜まり始めていた。
「ご、ご主人様、………ウェパルは、………もういらないですか?」
「あ、いやっ!違う!そうじゃない!だ、だから、泣くな。ウェパルには、これからちゃんと働いてもらう!だから、頼むから泣かないで!」
やはり、僕に子守りなど無理である。
ようやく、笑顔を見せたウェパルに、僕は胸を撫で下ろし、説明を続ける。
「僕は、できれば人間と仲良くしたい。だからまず、死にそうになっている人を助けて、その人と仲良くしようと思っているんだ。ウェパルのようにね」
僕がなんとかそう言うと、ウェパルはほころぶように微笑み、頷いた。
「大丈夫だと思います。ご主人様は優しいから」
「いや、だからその、ご主人様ってのをまず止めてくれ………」
僕がそう頼んでも、ウェパルはニコニコと笑っているだけだ。こんにゃろ。
「だが、もし、ウェパルに親しい者が居たなら、そっちを優先したい。まぁ、きちんと呼び出すためには、名前とか、性別とか、色々と情報が必要なんだけど。どうだい、呼び出したい人はいる?」
「コーロンさん!!」
僕の質問に、ウェパルは身を乗り出して答えた。どうやら、かなり仲の良かった奴隷らしい。そっちも子供じゃないだろうな?
「よしわかった。名前はコーロンさんね。男の人かい?それとも女の人?」
「女の人!」
よし!『女の人』って事は、『女の子』じゃないって事だ。少なくとも、ウェパルよりは年上だろう。
「えっと、奴隷だった?」
「うん。よくウェパルを、前のご主人様から守ってくれたの!」
まぁ、以前のウェパルの勤め先は、僕の中ではクズだと決定しているので、今さら評価が下がったりはしない。
トリシャが言うには、まともな者も居るらしいが、ソイツは違うだろ。子供を見殺しにするような人間を、僕は人間だとは認めない。
「えっと………、『コーロン』『♀』『奴隷』これで良いかな?」
あとはアンドレ大先生が何とかしてくれるのを願おう。どうやら、『召喚』はある程度はこいつが選別できるみたいだし。
「よし、じゃあまず水を用意しよう。それと食べ物」
もう2度と、ウェパルの時のように狼狽えないよう、できる準備はやっておこう。
「皆、お願いね」
「はい、キアス様」
「はい、なの!」
「はい、ご主人様!」
だから、ご主人様は止めてくれ………。