会議と天帝国
「あの、背教者どもめっ!!」
儂は、自分の執務室に入ると、有らん限りの憎悪を持って、罵声を飛ばした。背後で信徒の1人が怯えているが、今は知ったことではない。
先程まで、会議室で行われていた会議は、結局現状維持という結論に至った。
途中までは、魔大陸侵攻に向いていた会議の流れも、天帝国リュシュカ・バルドラの使者が、それに反対したせいで、一気に覆されることになった。
以前より、気にくわない国だったが、今回の事でハッキリした。あの国は背教徒だ。
なぜ、この絶好の機会に魔族どもを滅ぼそうとしない!?
決まっている。
怖じ気づいたのだ。
いかな天帝国リュシュカ・バルドラでも、魔王、それもコションを討つほどの魔王を相手に、勇猛に突撃はできないということだろう。
とんだ怯懦。とんだ臆病である。
犠牲など、崇高な教義を遂行するためならば、いくら出ようと物の数ではない。死した魂も、神の御元へ行けることを、むしろ喜ぶべきなのだ。
儂は、1度机を叩きつけ、この鬱憤をなんとか発散しようとするも、上手くない。
「………聖騎士、カリス・ドルトレイクを呼んでこい………」
儂の言葉に、信徒は慌てて部屋を出ていった。
「失礼します。ドルトレイク、参りました」
しばらくして、見事な金髪を湛える、銀色の甲冑に身を包んだ騎士が訪れた。
優男然とした、柔和な表情に、サラサラと金糸のような髪が流れて、どこぞの国の王子と名乗られても、初対面であれば信じた事だろう。
聖騎士の証である、純白のマントも、この男に着られては、その魅力を引き立てるただのアクセサリーでしかない。
「………座れ」
儂の、険のある声も飄々と受け流し、カリスは椅子に着く。
「会議の結果は聞いているか?」
「朧気な噂話程度には」
「恐らく概ね間違ってはいまい。天帝国の横槍さえなければ、神の悲願も果たせただろうに………」
「嘆かわしいことです」
カリスは、儂の志に賛同する聖騎士の1人である。
1人で普通の騎士10人を相手に戦闘をこなす事ができ、実力は聖騎士の中でも上位に位置する。
「そこで、貴殿に頼みたいことがある」
「何なりと。このカリス、教義のためならば、この命とて笑って捧げましょう」
カリスはなんの迷いもなく言い切った。その言葉に偽りなく、実際にその命が必要な時は、喜んで死ぬだろう。教徒のかがみのような戦士である。どうして、皆この者の様になれないのか。
「アムハムラ王国へ行ってくれ」
「アムハムラへですか?」
不思議そうに首を傾げるカリスに、儂は声を潜めて語りかける。
「無事に終わっていれば、もうすぐあの国の調査隊が帰ってこよう。
もし、その調査結果が、我々にとって不都合だった場合、アムハムラ王にその内容を書き換えさせろ」
「はっ、ですが………」
「わかっておる。あの国は信心の薄い、不届き者の多き国だ。こちらの命に従わなければ、神の御威光を知らしめてやれ」
「了解いたしました」
やはりこういう、まともな信徒との会話は安心する。穏健派の臆病者や、ただ広いだけの天帝国の連中など、最早神の御意思を妨げる障害でしかない。
「失敗は許されん。もし失敗すれば、お前は背教者の謗りを免れん。それでもこの頼み、聞いてくれるか?」
「神の悲願、果たすべきは今と心得ます」
打てば響くとはまさにこの事。
カリスは、2、3確認を済ませると、部屋を出ていき、その足でアムハムラへと向かう。
今は手段よりも、結果を求めなくてはならない大事な時期だ。ゆえに、これもまた必要な手段だったのだ。
大体、あのアムハムラという国も気に食わなかったのだ。国民が少し死んだ程度で抗議したり、兵に食わす食糧を出し渋ったり、挙げ句の果てに、庶民を王女としたり。何から何まで気に食わん。いっそ、こちらの要求を突っぱねてくれれば、王も王女も、誰憚る事無く討てるものを。
卸したての法衣には、長時間の会議をこなしたせいか、皺が寄ってしまっていた。
「新しい物を買わなくては………」




