ご褒美と42番っ!?
トリシャのお陰で、事なきを得た。
本当に、トリシャのお陰で助かった。
奴隷だった子供は、今は大人しくご飯を食べている。
ザンバラな髪の毛と、粗末な布を被っただけの姿で、隙間から伸びた腕や腹は、ガリガリに痩せ細っていた。
随分と酷い環境で働かされていたらしい。
濃い茶髪を、一心不乱に揺らして、ご飯を食べる様は、最初の衰弱ぶりが嘘のようだ。いきなり、大量に食べると体に良くないので、食事の量はあまり多くない。ゆっくり食べても、ほんの十数分で食べきってしまったようだ。
「美味しかったかい?」
「はい!」
元気よく、とは言えないが、それでも精一杯頭を下げるその子。
うん。
やっぱり名前が無いのは困る。42、都合はいいんだけど、やっぱりなぁ………。
「あー………、えっと、君。君って、男の子?女の子?」
「あ………。えと、お、おんなです。でも、まだ伽はできません…………」
「いやいやいやいやいや!!そういう意図で聞いたんじゃないから!!」
だからトリシャ、そんな目で見るな。パイモンはなんの事かわかっていないようで、首をかしげている。フルフルも同様だ。
「女の子ならまぁいいか。でも、悪魔の名前なんだよなぁ………」
「あの………」
少女が不安そうに、こちらを見る。
まぁ、まだ状況を何も説明してないし、魔族感バリバリのパイモンが同席してるんだもんな。そりゃ不安にもなる。
「大丈夫だよ。僕らは君をどうにかしようってんじゃない。勿論そこにいるパイモンもね」
「あ………、はい………」
やっぱり不安そうだ。
まずは自己紹介からした方がいいか?うーん、小さい子の相手の仕方なんてわかんないぞ。というか、僕はこの子より年下なんだよな。
「僕の名前はアムドゥスキアス。一応、ここ『魔王の血涙』で魔王をやっています。よろしくね」
「えっ………、まおう………?」
ザンバラ髪の間から覗く瞳が、最大限大きく見開かれる。まぁ、真大陸の住人にとっては、魔王は恐怖の代名詞みたいなものだからな。
「私はトリシャだ。アムハムラ王国の住人で、れっきとした人間だぞ。よろしくな」
トリシャが自己紹介をすると、少女は目に見えて安堵の表情を浮かべた。やっぱりトリシャがいてくれて良かった。
「私はパイモン。見ての通りオーガだが、仲間となった以上、君もキアス様の仲間であり、つまり私の仲間だ。その………、あまり嫌わないでくれると助かる」
いや、オーガとか以前に、その身長にビビられてますよパイモンさん。
「フルフルは、フルフルなの………」
そしてフルフル、お前人見知りだったんだな。
僕の体に隠れて、恐る恐る自己紹介をしたフルフル。通りで、今日は異様に口数が少ないと思った。
「あ、あの………、わたしは42番って呼ばれてました………。よ、よろしくお願いします………」
ペコリと頭を下げて挨拶する少女。
なんだかあっさりと受け入れてくれたけど、いいのだろうか?
本当なら、召喚の際に僕が魔王であることを明かして、僕の仲間になるか、それとも元の場所に戻るか聞いて、それから仲間になってもらう予定だったのだが、今回はこんなことになってしまった。
つくづく、僕の見通しの甘さが原因である。
「えっと………、アムドゥスキアス様が、私を買い上げて下さったご主人様で、よろしかったですか?」
あ、いや、タダで召喚したんだけど。つか、『ご主人様』ってやめてくれ。なんかこう、背筋がぞわぞわってなる。
「僕は君の主人ではない。君は今日から、僕の仲間だ。少々強引な手段で仲間にしてしまったけれど、君の命が懸かっていたからね。
あ、それと、君はもう奴隷ではない。君は1人の人間で、対等な僕の仲間だ。
よろしくウェパル」
ソロモンの72柱の悪魔、その序列42番目の悪魔。人魚の姿で現れ、海を司る女性悪魔の名前を、僕は彼女に贈った。
本当にいいのかな?
ウェパルは、随分と汚れていたので、フルフルにお風呂に連れていってもらった。フルフルはお風呂が大好きだし、ウェパルとも精神年齢が近そうだったので、この機会に仲良くなってもらいたいものだ。
しかし、風呂から上がっても、あの服、というかぼろ布を着させるわけにはいかない。
「パイモン、ウェパルの服を造るから、持っていって着替えさせてやってくれ」
「はい、キアス様」
僕はスマホで、学ランを造り出すと、それをパイモンに預けた。勿論、ウェパルサイズだ。
この学ラン、造り出すときにサイズも調整できるのが便利だよな。
パイモンがリビングを出ていくと、そこには僕とトリシャだけが残された。
「トリシャ、本当にありがとう。ウェパルを助けられたのは、トリシャのお陰だ。
僕は何もできなくて、ただ突っ立ってただけだ。君が居なかったら、僕らはウェパルを死なせていたかもしれない。
本当に、本当にありがとう」
僕は正直な感謝の気持ちを言葉にし、深々と頭を下げる。
「顔をお上げください、キアス様。
私は、キアス様をお助けすると決めました。だからあれは、当然の事をしたまでです」
やんわりと僕の体を起こす、トリシャ。優しく微笑み、彼女は僕に語りかける。
「奴隷を呼び出し仲間にする、という事は、少なからず今回のようなことが起こるでしょう。いえ、もしかしたら、もう助からない者を呼び出す可能性もあるのです。
それだけではありません。
奴隷の中には、そこまで過酷な労働環境に居ない者もいるのです。そういった者の多くは、キアス様を拒絶するでしょう。酷い罵倒を受けるかもしれませんし、戻った者がキアス様を悪く言えば、巷間でのキアス様の噂は、あまり好ましくない物になるでしょう。
あなたの進もうとしている道は、そんな荊の道です。既に過酷な運命を背負うあなたには、あまりに酷な道です。
どうか、お心を強くお持ちください。
そしてたまには、我々に甘えてください。
今日、間違いなく、死にゆく命を1つ救ったのは、あなたのですよ」
トリシャは僕の頭を、優しく胸に抱く。
こんな大馬鹿野郎を、甘やかしちゃダメだろう。ここはもっとビシッと叱りつけるべき場面だ。
でもなぜか、トリシャに抱かれて、無意識に力の入ってしまっていた体から、ゆっくりと何かが抜け落ちていった。
「よしっ!もう大丈夫!もういつもの僕だから!」
「はい。しょんぼりしているキアス様より、今のキアス様の方が100倍魅力的ですよ!」
トリシャは気を使ってか、なんだかお世辞のようなものまで言ってくる。
全く。ちょっとやる気を出しただけで、魅力が100倍になるのなら、普段の僕の魅力は果てしなく低く設定されてることになっちゃうよ。
まぁ、否定はできないけど………。
「あ、そうだ。今回はトリシャに散々お世話になったし、きちんとお礼をしたいな。何か欲しいものってある?」
なんだか、彼女にブランド物を貢ぐ男の気分だが、やっぱり感謝は、言葉だけで伝えても薄っぺらい。だからこそ、太古の昔から女性に物を贈り、男は自分の恋心を伝えるのだ。
うん?ああ、いや、今のは例え話であって、別に僕がトリシャに恋心を抱いているってわけじゃないよ。
「やっぱりしゃんぷーとりんすでしょうか?」
「それはさっき、お土産にあげる約束をしたじゃないか。何か他に欲しいものはないかい?」
「そうですね。他には………」
そうして数秒考え込んだ後、突然何かを思い付いたように、トリシャがこちらに強い意思の宿った瞳を向ける。
「本当に、本当に何でもよろしいのですか?」
念押しするように、こちらに迫るトリシャに、若干たじろぎつつも、僕はなんとか頷いた。
「なら………、ひ、1つだけ、………お願いが」
急に頬を赤らめ、もじもじしだしたトリシャ。なんというか、百面相のようにコロコロと態度が変わるな。無表情キャラどこいった?
「ぼ、僕にできることなら、何でも言ってよ」
「それでは………―――」
一層頬を赤らめたトリシャは、意を決したように表情を引き締め、真剣に僕の目を見ながら、言った。
「―――私にも、キアス様とお揃いの服をくださいっ!!」
あー、確かにペアルックみたいで恥ずかしいかもね。
学ランだから、僕としては何も感じないけど。
「正直に答えてくれ」
『………………』
「ウェパルを呼び出したのは、ウェパルが死にかけていたのを、僕に助けさせるためだろう?」
『呼び出すと決めたのも、呼び出した後助けたのも、マスターであることに変わりはありませんよ』
「結局、僕は何にもしてないってことか………」
『マスター、これからも奴隷を召喚するなら、できるだけ状態のいい個体だけを呼び寄せましょうか?』
「………いや、むしろ、状態の悪い、死にそうな奴隷を呼んでくれ」
『………辛い思いをしますよ?』
「………………だろうね」
『マスターがどうしようもない、ド変態のマゾヒストだと言うことはよくわかりました。精々苦しんで、泣いて、みっともなく落ち込んでください。
たまには慰めてあげますよ』
「………ありがと」