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黒の魔王の狂歌・4っ!?

「ぐ……、いったいなにが……」


 強烈な閃光とともに襲ってきた衝撃に、俺の意識は途切れていたようだ。

 辺りは土煙が覆い、視界がきかない。だが、どうやらこの土煙から見るに、意識を失っていたのはそれ程長い時間ではないらしい。


「うぐ……っぅ!?」


 俺は身を起こ——そうとして、全身に突き刺さる痛みに呻き声をあげた。

 俺の土手っ腹には、巨人の俺から見ても大きな、黒い鉄片が突き刺さっていた。その鉄片をどこかで見た事があると一瞬疑問に思ったが、その答えは瞬時にでる。


 あの、空飛ぶ巨体の魔道具の、


 より正確に言うなら、その残骸である。

 あまりにも鋭利に、あまりにも大きなそれは、巨人の俺が大剣として所持していてもおかしくないだけの代物だ。まだ深傷ではないものの、それはあくまで俺の頑強な鎧の筋肉があってこそ。こんなものを、部下がまともに食らっていたらと思うと、その安否が気になってくる。


「誰か!? 誰かあるっ!?」


 果たしてこの俺の声のなかで、指揮官としての義務感と、この土煙のなかに孤立している不安感、どちらが勝っていただろう。


「ザー将軍! ご無事でしたか!」


 すぐさま俺の声に反応し、部下の声が返ってくる。そのまま、俺の声を頼りにしたのか、その者が駆け寄ってくる足音が聞こえる。

 土煙の向こうから現れたその部下の姿もボロボロだった。だが、幸いにも怪我の度合いは、俺よりも軽度のようだ。地上に礫が飛来した余波でつけられたと思しき擦過傷以外に、目立った怪我はない。

 それゆえか、俺の腹に突き立っている翼の破片を見て、その者は驚愕と隠しようのない恐怖の表情を浮かべた。きっと、先の空飛ぶ煙突軍のときと同程度の被害と予測していたのだろう。運良く破片の届かなかった者が、この状況を楽観してしまったのは仕方のない事だ。

 だが、あの自爆戦術はかなり強力だ。あの煙突の攻撃ですら厄介な威力だったというのに、あの自爆の魔道具はその比ではない。防御に特化した俺たちの部隊でも、死者がいてもおかしくはない……。


「あの巨体の魔道具、まさかこのような戦法を取ってくるとはな……」

「ええ、魔道具という高価な代物を、初めから使い捨てにする目的で作ろうとする発想からして、これまでの魔大陸にはなかったものです。第十三魔王様のように、無尽蔵に魔道具を生み出せる魔王様ならではの考えです。予想できませんでした……」


 魔道具というものは、魔大陸においては一部の職人や魔法使いしか作れない。いや、作ろうとしない。その理由は、戦闘にあまり役立たないからだ。

 物資の運搬や保存、拠点防衛には非常に役立つ。魔道具がなければ、そもそも戦が始められないとまで言われる程だ。

 だが、いかんせん魔道具というものは大きすぎる。拠点防衛で使うような攻撃魔法の魔道具を、戦場で持ち歩くなど不可能に近い。しかも、その魔道具というものを一つ作るのにかかる時間と費用を考えれば、とてもではないが、壊れる可能性のある戦場にもってくる事などできなかった。

 だからこそ、壊れる前提で魔道具を作るとは思わなかったのだ。

 昨今、第十三魔王様が、安易に魔道具をばら撒いたせいで、その価値感が揺らいでしまっているものの、やはり魔道具は高価な代物である。つまり、価値のある宝を壊し、その破片で攻撃してくるようなものだ。

 誰が予想できるというのだろう。いや、それでも予想しておくべきだったのだ。


「相手が第十三魔王軍だったのだから、可能性は考慮しておくべきだった。これは、俺の責任だ……」

「いえ! 流石にあのような非常識な攻撃を予想しておけというのは、酷ではないかと!」


 俺が漏らした自省の言葉に、部下が即座に反論する。その部下の姿を見て、俺はここが戦場であると事を忘れ、反省などという悠長な行為をしている暇はないという事を自覚する。それは、こののち生き残れたらできる、非常に贅沢な時間の使い方だ。今はまだ、生き残る為に許される全ての時間を費やさねばならない。でなければ、生き残れない。

 状況は、それ程までに切迫している。土煙が晴れるまでに、やるべき事は多いのだ。


「被害状況の確認を急ぐぞ! 生き残った者を連れて、一目散に退散だ!」

「ええ、もうあんな魔王様の軍とは、戦いたくありませんからね!」


 そんな、ある意味第八魔王軍の武人としてはあるまじき、怯懦の言葉を残して部下が駆けていく。だが、それも仕方がないだろう。正直俺も、第十三魔王軍とは戦いたくない。なんというか、あの魔王様との戦いは、これまでの名誉ある戦とはどこか違う、どうしようもないものにしか思えないのだ。

 俺もまた、周囲に呼びかけて、生き残りに集結をかける。結果、部下の半数弱が生き残っている事がわかった。残りの者は、死んだか意識がないのだろう。忸怩たる思いだが、彼等はもう見捨てるしかない。土煙が俺たちの姿を隠してくれているのは、そう長い時間ではないのだから。


「撤退する! 殿は俺が担う! 俺に構わず、一目散に自陣に戻れ! 反論は許さん!」

「で、ですがザー将軍、指揮官は——」

「——反論は許さぬと言った。それとも貴様は、俺が手を引いてやらねば、お家にも帰れないのか?」

「い、いえ! そんな事はありません!」


 部下たちが、俺を悲壮な表情で見返す。まぁ、それもそうだろう。ここで殿を務めるという事は、死兵となるも同義なのだから。だがしかし、この状況を招いた指揮官として、それは当然の責任の取り方だ。

 それに、俺の鋼の筋肉さえあれば、どのような追い討ちがあろうと、蹴散らせる目算はある。死したとしても、十二分の活躍を第十三魔王様に御覧いただこう。敵ながら天晴れと、敵であるはずの魔王様ですら、思わず褒め称えるにたるだけの働きを。

 それこそ、魔大陸最高の誉れなのだから。


「真っ直ぐに仲間の元へ走れ! 振り返る事は許さん! 全力で走る事を厳命する! 少しでも足を緩めた者は、命令違反と心得よ!」

「「「ハッ!!」」」


 決然と返答した部下たちの声に反応するように、戦場に風が吹く。薄くなっていた土煙が晴れ、見たくなかった地上の惨状が視界に入る。部下たちの亡骸や、その原型すらわからなくなってしまった肉片。そして、地上が見えたという事は、当然空も見える。第十三魔王——アムドゥスキアス様の町が、依然として悠然と、そこに浮いている。あれだけ遠方にある、小さな影のように見える町だというのに、そこから魔王様が俺たちを睥睨しているように感じる。

 なればこそ、俺はその御照覧に値する働きをしなければならない。


「行けぇぇぇえええっ!!」


 俺の号令で、部下たちは走り始める。俺の言う通り、一目散に自軍の方へと。それでいい。ここで俺が足止めをしている間に、できるだけ多くの者等が生き残って欲しい。なんて名誉な死に方だろう。まさに、第八魔王軍の、魔大陸の武人らしい散り方ではないか。


「ウォォォオオオオ!!」


 部下とは反対の方向に、俺は駆ける。あの空飛ぶ煙突や、盾球、自爆船が来た、第十三魔王様の天空都市へ向けて。雄叫びをあげて、ただ一人吶喊する。


 ◯●◯


「スナイプ・ライダー改め、長煙突スターク・ライダー攻撃開始」


 ◯●◯


 それは、音すら届かない、はるか離れた場所から届く魔法の光。

 空飛ぶ煙突や、自爆船などという、生易しい遠距離からの攻撃ではない。はるか彼方、小さな点から届く、必殺の一撃。

 空気を切り裂く光線が、こちらに向かってくる。真っ直ぐに。


 ——逃げる部下の背に届く。赤い血の花が咲くのを、振り返った俺は見た。


 ◯●◯


「モヒの戦いに曰く、追い詰められた敵は死を覚悟して抗うが、逃げる敵は容易く討ち取れる。戦争芸術とかわからないけど、モヒの戦いの包囲戦は、美しいといって差し支えない手際だよね」

「モヒの戦いですか?」

「いや、気にしないで。ただの独り言」


 土煙が晴れた事で、視界の取れたこちらの超長距離攻撃部隊が攻撃できた。しかも、チムニー・ライダーの砲撃と違い、こちらは光魔法を放つマジックアイテムだ。一発の威力は、チムニー・ライダーの砲丸など比較にもならない。

 ただ正直、スターク・ライダーの機体は失敗作の部類だ。なぜなら、長射程を実現する為に、チムニー・ライダーよりも機体が大きくなってしまい、足回りが疎かになってしまっているうえ、攻撃の威力もフレイム・シップより遥かに低い。

 攻撃機と言うよりは、浮遊砲台と称した方が的を射ているかもしれない。ライダーという名付けも、形状がチムニー・ライダーに似ているから付けただけで、その大きな機体はライダー感がほとんどない。ただのパイロットだ。

 だがそれでも、動かなくていいならそれなりに使える。長距離射程そのものは実現したのだから、逃げる敵の背を撃つ事くらいはできる。


「あのスターク・ライダーは、一機しかないのですか?」

「量産の目処は立ててない。使えるかどうかもわからなかったしね。それに、作るのも結構大変なんだ、アレ。チムニー・ライダーはやっぱり、コストの面で優秀すぎる」


 製作過程における時間と資金の面で、チムニー・ライダーに勝る戦闘機は、今のところない。その分パンチ力も弱いというのが判明したが、それくらいなら数でも補えるだろう。量産体制に入る事は、もう決定と見ていい。

 問題は僕じゃなく魔族たちの手で作れるかどうかだが、今後はアカディメイアの輩出生や他所で失職した職人なんかを雇い入れれば、十分にチムニー・ライダーの量産体制は整うと思う。

 それに対して、やはりスターク・ライダーの量産は考えざるを得ない。たしかに一撃の威力と長射程は魅力だが、その為の魔法陣が大きすぎる。製作コストもチムニー・ライダー七部隊分の費用をかけて建造しても、それに見合うだけの戦果が期待できるかというと、かなり疑問だ。

 しかも、チムニー・ライダー程度の技術なら流出してもそこまで大きな問題はないが、スターク・ライダーはそうじゃない。量産体制に乗せるという事は、ある程度の技術流出を黙認する事になるのだから。

 チムニー・ライダーの技術が応用できるのは、せいぜい大砲程度であり、最大限進化させても銃器程度だ。魔大陸じゃ、そんなものはそれ程役に立たない。下級魔族を相手に無双できる程度の兵器など、戦場に出番などないからだ。


「スターク・ライダーの攻撃は、中級光魔法だからね量産はなかなか……」

「なるほど」

「これから先は、たぶんほとんど試作機の試運転になるだろうね」


 僕はそう言って、次々と発進していく飛行機を眺める。試作機の数はそこまで多くはないものの、それ等を守る為にシールド・ボールもついていくので、結構な数が行き来している。


「実戦で実験ですか……」

「はなからそうだろう?」

「そうでした……」


 なぜか疲れたように肩を落としながら、アリス君が言う。そんなアリス君の疲労もつゆ知らず、望遠の魔法で投影された画面に飛び込んできた、二機一対の飛行機。あれは敵の上空から振り子状にした刃を使って攻撃する、抜剣突撃機サーベルチャージャーだ。量産するなら、スターク・ライダーよりもこっちの方がいいと思う。

 まぁ、敵に近付く必要があるので、安全面でスターク・ライダーという選択肢も捨てがたいんだけど。

 僕がそんな事を迷っているうちに、サーベルチャージャーが逃走する敵の背後から、ギロチンのような一撃を見舞う。数人の魔族が、衝撃とも斬撃ともつかない攻撃によって、肉片に変えられる。

 地表には、浅いながらもクレバスのような地割れが残る。やはり、逃走する敵を排撃するのは低リスク高リターンのようだ。

 ただ、このサーベルチャージャーも、敵より高度を取る事が前提である以上、接近戦に弱いという弱点がある。次に攻撃するのは、そんな接近戦を主眼に置いた、高機動機だろう。


「さぁ、まだまだ行くぞぉ!」

「ところでキアス様、敵の将軍が手付かずですが、あちらはどうされるのですか?」

「ああ、あっちね……」


 僕はそう呟き、決死の覚悟でこちらに突っ込んで来ようとしたあと、部下を攻撃されてとんぼ返りしているサイクロプスのザーを、画面越しに見る。


「どうしようか……?」


 困った。ホント、アイツは硬すぎ。フレイムシップの翼を直撃させたのに、ピンピンしているのだから。


「スターク・ライダーの砲撃は?」

「効かないでしょ? いってもただの中級魔法だよ。あのサイクロプスなら、真正面から受け止めかねない」

「先程のサーベルチャージはどうです? 直撃させれば、かなりの威力ですよ?」

「直撃させるのがそもそも難しい。アレは、敵を群体として捉える攻撃だからね。しかも、爆発で吹き飛ばすわけでもない刃じゃ、結局致命傷にならないかもしれない」

「なるほど……」


 マジックアイテムに出せる攻撃力じゃ、限界まで捻り出してもザーにそこそこ重傷を負わせるのが限界だという事だ。しかも、フレイム・シップはあと一機しかなく、ザー一人を倒すためだけには使えない。それならウチの軍の幹部を送り込んだ方が——……って、この考え方はさっきまでの第十二魔王軍と同じか……?


「腐っても将軍って事だよ。ホント、どうしよう……」


 いや、僕が指揮を取ってるわけじゃないから、僕が頭を悩ませるような話じゃないんだけどさ。第十二魔王軍も、伊達に手こずっていたわけじゃないって事だ。だからって時間かけすぎだが……。

 さて、どうなるか……。


 ◯●◯


「くそっ、くそっ! なんだこれはっ!? なんだこれはぁッ!?」


 俺はすぐさま取って返し、敵からの集中砲火を浴びている部下たちの元へと急行した。だが悲しいかな、俺は巨体に見合う頑強な肉体と剛力は一級の代物だが、脚力に関しては十人並みだ。勿論、鈍重というほど遅くはないが、空を飛ぶ魔道具に追いつける程ではない。

 結果、空から落ちてきた振り子の刃が部下たちを両断するのを、俺は真正面から見せつけられる。


 これのどこが戦だッ!?


 あまりにも無慈悲に、あまりにも容赦なく、あまりにも無味乾燥に、俺の部下が死んでいく。そこに名誉などない。そこに意味などない。そこに、価値などない。

 獲物に武器を突き立てるのではなく、死したそれの喉を掻き切り血抜きをするかのように、それはまるでただの作業のようだ。屠殺される部下たちの姿を見せつけられて、俺は膝から崩れ落ちた。


 なんという虚無感だろう。


 これなのだ。第十三魔王様と戦うという事は、こういう事なのだ。もはや、怒りすら湧かない程に、彼の魔王様は、違うのだ。尊敬できる戦い方ではない。断じて、受け入れられる戦の形態ではない。そこには魔大陸にあるべき、強さがない。

 魔大陸は強さこそが全て。それこそが、唯一信奉し、尊重されるべき、絶対の法。

 だからこそ、戦ではその強さを顕示し、それに見合った賞賛を受ける。敵であろうと、見事な戦いには賞賛が送られる。だがしかし、俺は今、この敵に賞賛が送れない。送れるはずがない。


 戦という命のやり取りをする以上は、死せれば敗者。勝者であり、強者の行いに異を唱えるなど、無様もいいところであろう。だが、それでも、こんな決着のつけ方を、容認できるか? 否。否である。


「アムドゥスキアスゥゥゥ!!」


 許さない。このような戦の形態など、許さない。このような決着のつけ方など、許さない。今まであった、魔族として当然持っているべき、魔王様に対する尊敬の念も底を突いた。

 あの方は——あの者は——アイツは、我等魔族とは根本的に相容れない——


「がふ……っ!? あっ?」


 なんだ、コレ……? どうし——


 ◯●◯


「あれ? なんか、ザーが殺されたんだけど?」

「これは……ッ」


 慌てたアリス君が、新たに魔法を使って索敵するも、その成果は芳しいものではなかったようだ。

 戦場で膝をついて泣いていたザーは、どこかから飛んできた、柱のような槍に貫かれて死んでいる。あんなものを、俯瞰している僕等の視界外から投擲してくるなんて、どんだけの力だよ……。バリスタとか、この世界に存在価値ないな。


「申し訳ありません、ザーを倒した者は発見できませんでした……」

「まぁ、仕方ないだろうね。広範囲を個人の肉眼で確認するには、限度がある」

「肉眼というわけではないんですがね……」


 望遠魔法はつまり、ただの望遠鏡を魔法にしただけのものだ。今の魔大陸の技術レベルから見れば、この魔法はかなり有用だろう。だがしかし、所詮は望遠魔法である。赤外線も電波もキャッチできない。とてもレーダー並みの索敵ができるような代物ではないのだ。


「まぁ、懸念材料だったザーも、よくわからないけど排除できたし、あとは残敵掃討だけだね」

「どこの誰がザー将軍を仕留めたのかがわからないと、論功行賞が難しくなりますね……。一応、あそこまで追い詰めたのは、彼の部隊の者等ですが……」

「だったら実験部隊の連中の手柄にしちゃっていいと思うよ。余所から文句ついたら、それから考えればいい。なんにしても、僕等がこれ以上この戦争で頭を悩ませる必要はないさ」

「はっ。その通りです」


 僕等の立つ天空都市も、ゆっくりであるが動いている。一応高速で飛行する事もできるのだが、都市並みの広さを持つこの天空都市が、いきなり高速で動き始めると大げさではなく人命に関わる事態に陥ってしまう。だからこそ、僕等はする事もなく戦争観戦していたのだから。


「はぁ……。なんか、解説する事がなくなっちゃうと、やっぱり手持ち無沙汰だなぁ……」

「やはり、一度《魔王の血涙》にある拠点に戻られるべきでは? キアス様の安全面を考慮しても、そちらの方がありがたいのですが……」

「そうなんだけどねぇ……。だからといって、この状況で僕が《魔王の血涙》に戻ったなんて話が戦場に広まれば、それだけで士気が落ちちゃうしねぇ……」


 ガウガメラの戦いのように、どれだけ優位に立っていたとしても、総大将が逃げ出してしまえば戦争に勝つのは難しい。僕は別に、この魔王連合軍の総大将ってわけじゃないし、現に戦場を離れようとしているわけだけど、逃げたと思われるのは最悪なのだ。だからこそ、僕は親衛隊や幹部たちを戦場に残して、臨時親衛隊を組織したんだし。


「いえ、どちらかといえば、兵等も安心されるかと……」


 ボソリと小声でなにかを呟いたアリス君だが、僕が顔を向けると慌てたように冷や汗を流し、何度も首を横に振った。

 なにを言ったのか聞き取れなかった僕は、聞き返そうとしたのだが、まるで隕石でも落下したかのような、衝撃となった音に耳を塞ぐ。突然響いたその轟音に、再び戦場に目を戻す。今度は、連合軍左翼の方だ。

 音の発信源は、そこだ。まるで全方位から響いてくるかのような轟音だが、目で見ればそこが発信源である事は明々白々だった。


 そこにいたのは——第九魔王であるヌエだった。


 その猛禽の前脚による一撃は、大地を捲り上げ、地割れを生じさせる。その猿のような顔から犬歯を剥き出しにして放つ猿叫は、もはや衝撃波を伴う攻撃だ。虎縞の胴体には様々な攻撃が殺到するも、第九魔王は小揺るぎもせず大地に立っている。そして、蛇のような尾は地上の敵に向けて、まるで噛み付くかのように伸縮自在の攻撃を放つ。

 まさに、妖怪ヌエのような八面六臂の活躍だ。まごう事なき、化け物の所業だ。だが、僕の隣にいるアリス君は、どこか好意的な目でヌエの事を見ている。きっと、魔族にとってはあの姿は、褒められこそすれ、恐れられるものでも、ましてや非難されるようなものでもないのだろう。

 まぁそれはいい。そんな事よりも僕が気になっているのは——


「なんかデカくね?」


 ここは上空であり、本来は地上にいる兵士たちは豆粒どころか、群体としてもかなり小規模に見えてなければならない遠さにある。だというのに、僕にはヌエの四肢も、尾も、顔すらはっきり見える。

 つまり、ヌエの体が、大怪獣と称してもおかしくない程に、巨大化しているのだ。


 うん、どうやらここからの観戦は、怪獣映画を見る心持ちで臨めばいいようだ。




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― 新着の感想 ―
更新楽しみにしています。
[一言] 大変楽しく拝見させて頂いてます。 何処かで告知されていたのであれば申し訳ないのですが、更新を楽しみに待っていること数年たっていました。 この作品はもう更新される予定は無いのでしょうか?
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