臨時親衛隊と開戦っ!?
極夜騒動を片付けた翌朝、僕等は出立の準備を終えていた。これから向かうは、第十魔王クルーンの縄張りであり、魔大陸東部の砂漠地帯である。
「では、キアス様。こちらが、キアス様の身辺に侍る事になる面々でございます」
レライエが背後に控える者たちを紹介する。その美しい顔には、隠しようもなく疲労の色が浮かんでいるものの、困難な任務をやり遂げた達成感と誇らしさに輝いていた。
「アリストレインロンロンパルム・プルボッカ・ラールラールと申します」
「パパゲナです」
「ドヴェルグです」
「キキです」
最前列にいたケンタウロス、プーカ、ドゥアガー、ケットシーが順に自己紹介する。
ケンタウロスはよくある人馬一体の姿で、イメージとは違ってちゃんと上半身は戦装束に身を包んでいる。ギリシャ系っぽい顔立ちの、彫刻が命を吹き込まれて動き出したかのようなイケメンだ。
ケルト神話では有名な妖精であるプーカは、外見はかなり普通の馬だ。ただ、昆虫のような左右に開閉する顎があり、その奥にむき出しの歯が並んでいる。戦装束も結構独特で、全身に鎖を巻くような出で立ちだ。地球の伝説におけるプーカは、善悪両方の特性を持っていたが、彼はどうだろうか。
ドゥアガーは、基本的には人間っぽい。というか、ドワーフっぽい。ただ、肌の色がまるで金属のような光沢を帯びる赤銅色で、動きにくそうなビア樽体型でもない。身長はドワーフ並だが、足の長さはドワーフの男性程短くない。それに、上半身も見事な逆三角形だ。似ている点なんて、身長と毛むくじゃらな体毛くらいのものだ。まぁ、その二つが似ているだけで、ぱっと見では似ているといえなくもない。
地球では、ドワーフとドゥアガーは同一の存在とされているが、ドゥアガーは旅人を崖下に落とそうとする、意地の悪い伝説が残っていた筈だ。このドゥアガーが、虎視眈々と僕の寝首を掻こうとするような者でない事を祈ろう。
最後に、ケット・シーである。とはいえ、ケット・シーを見るのは初めてではない。僕の部下の中にも何人かいるし、犬の姿のクー・シーと合わせて、魔大陸全土でよく見かける種族である。
その後も何人か名乗り上げていたが、今回の臨時親衛隊の中心となるのはこの四人らしい。
「アカディメイアの第一号輩出生たちが従軍していたおかげで、なんとか親衛隊の都合がつきました。キアス様の先見の明の賜物でございます」
「いや、その賞賛は、この短期間で実戦に投入できるだけの人材を育てた、アカディメイアの教師陣と、その指導に耐えた彼等に送られるべきじゃないか?」
「たしかに、彼等もまた賞賛されるべきでございましょう。しかし、その人材育成の環境を整えたのも、その環境を縄張りの支配直後という時期に作り上げたからこそ、此度の戦に間に合ったという事も、すべての根本はキアス様のなさった事にございますれば、真っ先に賞賛されるべきは、キアス様で間違いございません」
ああ、うん、そうね。でも流石に、一年以内に卒業できるようなカリキュラムは組んでないからね? 単純に、彼等が持ってた能力が高かったんだと思うよ?
「では、これ以降はこのラールラール親衛隊長がパイモン殿の指揮下に入る事になります。パイモン殿、問題ありませんね?」
「はい。私は頭がよくありませんので、難しい判断は全部ラールラール殿にお任せする事になりますが、よろしいですか?」
「はっ。問題ありません。どうぞこの、アリストレインロンロンパルムにお任せください!!」
レライエがパイモンに訊ね、そのパイモンがケンタウロスさんに訊ね、その長ったらしい名前のケンタウロスさんが答えた。
しかし、僕は彼をなんと呼べばいいのだろう……? 長ったらしいファーストネームだろうか。それとも、ファミリーネームっぽいラールラールと呼べばいいのだろうか? というか、そこがファミリーネームなのだろうか? プルボッカがファミリーネームかもしれないし、そもそもファミリーネームという習慣がないかもしれない。
ケンタウロスは、魔族ではなく幻獣種なので、魔大陸の一般常識では判断がつかないのだ。そもそも、その長ったらしい名前も、魔族の文化圏のものとは違う。血縁意識の薄い魔大陸には、ファミリーネームという文化が薄いのだ。
名前といえば……——
「君、名前はパパパパゲナだったか?」
「い、いえ、そんなにパは多くないです。パパゲナです」
「パパゲーノじゃなく?」
「は、はい。パパゲナです」
「ふむ……。失礼だが、性別は男性なんだよな?」
「は、はい。勿論です……」
うん、なんともいいバリトンボイスだし、このプーカは男性で合ってるらしい。そうなると、名前が女性っぽいのは、プーカ独特のものなのだろう。
「とはいえ、良い名前だ。僕は好きだぞ、楽しそうで。では、よろしく頼むよ、パパパパパゲナ君」
「えっと……、はい、よろしくお願いします……」
いいよね、あの歌。なんか楽しそうで。
「パッパッパパッパパ〜♫」
「……なんかよくわかんないですけど、名前を歌にしていただいて、光栄です……」
と、あまり嬉しくなさそうにパパゲナ君がお礼を言ってきた。いや、別に僕が作ったわけじゃないからね、この歌。
そして、そんなパパゲナ君には、同僚たちから嫉妬の視線が飛んでいる。いや、だから別に、彼の為に歌を作ったわけじゃないんだって。
「じゃあ、ラールラール君とパパゲナ君が幻獣種で、ドヴェルグ君とキキ君は、魔族って事だね。ドゥアガーって初めて見たけど、言われてる程ドワーフっぽくないよね」
「へえ、俺もついこないだ、本物のドワーフを見ましたが、全然違いやした。ヒゲも生えてませんでしたし」
ニカッと男臭い笑顔を浮かべて、ドヴェルグ君が言う。
どうやら彼は、伝説のドゥアガーと違って、豪快な性格のようだ。いい意味で、魔族らしい男だ。というか、外見はあまり似ていないが、その性格はドワーフの職人たちとよく似ている。
ちなみに、ドゥアガーの女性には、ヒゲが生えているらしい。
「で、君がキキ君だね。愛らしい外見だけど、アカディメイアの教師陣が太鼓判を捺すのだから、心配はしてないよ」
「ありがとうございますにゃあ」
キキという名のケット・シーは、まんま長靴をはいた猫の女性バージョンといった感じだ。真大陸の獣人は体の一部が獣の特性を帯びている程度だが、ケット・シーは全身の八割程が獣のそれだ。身長も、一m程である。
だが、外見は絵本から抜け出してきたような可愛らしさがあるのに、どこかコケティッシュで大人っぽい。まぁ、この身長でも彼女は成人しているので、大人っぽいのは当たり前ではあるのだが。
魔族的には、ケット・シーやクー・シーは中級下位くらいの種族なので、本来なら親衛隊とすると実力不足の心配があるのだが、アカディメイアを卒業しているのだから大丈夫だろう。あそこの教師陣が、実力不足の生徒に、合格点を与えるはずがない。
そうして、臨時親衛隊との初顔合わせをしていたら、周囲が騒がしくなってきた。駆け寄ってきたレライエの部下が彼女に耳打ちし、二言三言言葉を交わすと、慌ただしく別の場所へと走っていった。
「どうやら、第八魔王軍が動いたようでございます」
「まぁ、後がない以上、遅かれ早かれ攻めてくるのはわかってたからな」
行動が早かった点は、素直に敵をほめるべきだ。判断を迷って時間を空費してたら、戦わずして僕等の勝利だったのだから。とはいえ、それでも現状は想定通りである。
「はい。こちらの準備は万端整ってございます。キアス様はこのまま、予定通り御出立されるがよろしいかと」
「ああ、そうするよ。悪いけどレライエ、あのへっぽこ魔王二人のおもり、よろしく頼むよ」
「は。とはいえ、御二方も魔王様です。戦働きとなれば、これまでの失点を補って余りある御活躍を拝見できるかと思われます」
「だといいけどね……」
まぁ、僕よりは強いだろうけど、そもそも僕じゃ物差しにすらならないから、正直あいつ等がどれくらい強いのか、イマイチピンとこないんだよな。オールやタイルよりも弱いだろうし。
「とはいえ、ここでまごついて、レライエが作ってくれた時間を浪費するのは悪手だね。さっさと天空都市に上がって、目的地に向かう事にするよ」
このまま僕が戦場に残ったって、邪魔にしかならない。レライエに無理を言って、一日で臨時親衛隊を編成してもらったのだから、僕がその時間を無駄にするわけにはいかない。
さっさと飛行機に乗り込むと、挨拶もそこそこに、僕たちは野営陣地から飛び立った。地上では、レライエとその側近たちが見送ってくれているが、少し離れた場所では兵たちが慌ただしく働いているのが見える。
レライエは落ち着いていたが、本当に敵が攻めてきたのだと、その様子を見ながら実感する。まぁ、実感したところで、もはや僕にできる事なんてないので、予定通りに宅配業に精を出すしかない。
僕の側には、パイモンとラールラール君が控え、それ以外の臨時親衛隊の者たちは、狭い飛行機の上で適度に間隔をあけて広がり、周囲に鋭い視線を走らせている。それに比べ、マルコ&ミュルは所在なさげに椅子に座っており、フルフルがその隣で白目を剥いて気絶していて、残ったラウムがこのまま座っていようか、臨時親衛隊の方に加わろうか迷って、オロオロしてる。なんとも情けないが、まぁラウム以外はいつもの光景だ。
ほとんどが古株であるのだが、実に素人臭い。臨時親衛隊の面々の方が、手慣れている印象を受ける程だ。
「ところでラールラール君」
「は。なんでしょうか?」
「君の名前さ、僕はどう呼べばいいんだ? やっぱり、ファミリーネームっぽいラールラールでいいのかい?」
「はっ。できれば、ファーストネームであるアリストレインロンロンパルムと呼んでいただけると嬉しいです。ラールラールは氏族名ですし、プルボッカは氏族が祀っていた神樹の名前ですので」
「うーん、ちょっと長いんだよね。それが悪いってわけじゃないんだけど、緊急時とかは困ると思うし……」
「仲間内では、アリスと略称で呼ばれる事が多いです」
「ああ、なら僕もアリス君と呼ぶ事にしよう」
パパゲナ君と合わせて、どちらも女性的な名前になるのは、この際無視する。正直、彼のフルネームを呼び続けてたら、いずれ舌を噛む事になるだろう。
「ところで、なんでアリス君の名前はそんなに長いんだい? ケンタウロスは、みんなそんなに長い名を名乗るの?」
「ケンタウロスというより、森の民の習わしですね。まず生まれたときに、両親からそれぞれ名を送られます。私の場合、生まれたときの名はアリストレインでした。それから、親兄弟と同等と思える友と出会えたら、お互いに名を送り合うのです。ですから、森の民にとって、長い名は誇らしい事なのですよ」
「なるほど。じゃあアリス君は、それだけ恋愛経験豊富って事か」
「え?」
「へ?」
キョトンとするアリス君に、僕も素っ頓狂な声を上げる。親兄弟と同等の存在って、そういう事じゃないの?
「い、いえ、名を送り合うというのは、大抵は戦友や命の恩人など、刎頸の交わりにも等しい相手に送るものであって、恋愛感情で送るべきものではないのです。そういった例が、ないわけではありませんが、私は男としか名を交わした事はありません!」
「あ、ああ、そうなのか……。まぁ、勘違いした僕が悪かったね」
でも、そんな大事な儀式を、男としか交わした事がないって、ハッキリ言うのはどうなんだ? 勘違いする人がでるだろう。まぁ、アリス君の態度を見れば、単純にカタブツだからそっち系の話題が苦手なんだろうけどさ。
「そ、そんな事よりアムドゥスキアス様、戦場がそろそろ動きます。敵と御味方との間が狭まり、散発的ではありますが、遠距離攻撃が始まっております。これから離れる戦場とはいえ、なにが起こるかわからぬのが戦というもの。気を抜かず、趨勢を見守るべきかと」
話をそらすように、アリス君が目を凝らすようにして戦場を俯瞰する。まぁ、その言葉はもっともなので、僕もそれ以上からかうのはやめて、今まさにぶつかろうとしている第八魔王軍と、第九、第十二魔王軍へと意識を向けた。
「意外と敵の士気が落ちてないな。追い詰められた者独特の、悲壮感や絶望感が感じられない吶喊だ」
「はい。戦況的には圧倒的劣勢であるはずの彼等が、これ程までに式を維持できているという点は、注目しておくべき点かと。流石は、歴戦の武将も多い第八魔王軍です」
先程までの狼狽が嘘のように、真剣な表情で戦況を分析するアリス君。
「恐らくは、最後の物資をかき集めて配り、腹を満たしての乾坤一擲の突撃でしょう。ですが、よもやそれだけではありますまい。あの士気を見るに、敵にも勝機を見出すだけの策があるのかと」
「この状況でか?」
現在の戦況は、僕たちの圧倒的優勢。これをひっくり返すには、相当な策が必要になるだろう。しかも、ここは魔大陸だ。奇策でなんとかなるのは前哨戦くらいで、御互いの主力がぶつかる段階に至れば、策など意味をなさない。
魔大陸の戦争は、量より質。クイーンはクイーン、飛車角は飛車角、ジョーカーはジョーカーでしか取れない。どれだけ策を弄そうと、理不尽なまでの圧倒的暴力の化身である魔王や、それに準ずるような魔族たちには、下手の考え休むに似たりである。
だからこそ、今の戦況は覆し難いのだ。
「敵援軍を迷宮の壁で阻んでいる以上、魔王並みの実力者の援軍がない限り、状況は変わらないぞ?」
「あるいは、その援軍がたどり着いたのやもしれません」
「まさか——……」
と言いつつも、その可能性はなくはないと、僕は知っている。
僕が塞いだのは、山と山に挟まれた平野部だ。危険を冒して山林を抜ければ、敵に援軍があってもおかしくはない。迷宮の上空を突っ切ってきた可能性もなくもないが、普通は未知の迷宮から対空砲火に合う危険を考えるだろう。あの迷宮は単純な迷路でしかないので、そういった兵装はないのだが、それを知らないはずの敵は警戒するだろう。
もし、そんな当たり前の警戒すらしない迂闊な相手であれば、援軍として到着していても、対処はそれ程難しくはないだろう。
ただ、一口に山林を抜けると言っても、人跡未踏の山林には、高確率で危険が潜んでいる。魔大陸における植物は、必ずしも穏やかに佇んでいるだけではないし、地形や河川も暴威を振るっている。いかに実力者といえど、軽々に足を踏み入れられる場所ではないのだ。
「……だけどもし、エキドナさんが参戦するなら、森を抜けるのも不可能じゃない、か……」
「はっ。その通りかと」
エキドナさんの参戦は、こちらにとっては最悪の凶報だろう。そのクイーンを取るには、こちらのクイーンであるヌエと三つ目の二人を当てないといけない。そうなると、敵のナイトやビショップやルークの数が、こちらの対応できる数を超えてしまう。
だが、その場合でも一応、なんとかなる。なんとなれば、この局地戦に負けたところで、こちらの敗北の目は限りなく小さいのだ。
二人のへっぽこ魔王にも、その点は説明してある。劣勢になったところで、撤退を優先すれば敗北はない。いくらあの二人でも、あれだけ口を酸っぱくして忠告したのだから、不利になったら即座に退くくらいはできるだろう。
今、目の前で始まろうとしている戦闘におけるこちらの勝利条件は、全滅しない事だけなのだ。
「御手並み拝見、って事だな……」
というか、それしかできない。戦場から離れる僕等が戦に関わる事はない。その御手並みに対処するのは、ヌエと三つ目とレライエの役目になる。僕等は本当に、拝見する事しかできないのだ。
急速に近付く両軍がぶつかるまで、あとわずか。