奴隷と魔王っ!?
善は急げ、というわけでもないのだが、僕らは食後に1人、呼んでみることにした。
というのも、トリシャがここに滞在するのは今晩だけであり、出来れば人間である彼女に仲介してほしいからだ。いきなり魔族に囲まれては、呼び出した奴隷がパニックを起こしかねない。その後仲間になることを了承してもらわなくてはならない以上、それは困るのだ。
以降は呼び出した奴隷に仲介してもらえたら良いなぁ、なんて淡い希望も抱いている。
『召喚』から『状態』で『奴隷』を選択。出来れば女の子が良いけど、この状況でそれを言えば、今までのシリアスな空気が台無しである。
「アンドレ、これでいいか?」
『問題ありません。奴隷は真大陸にしか居ないので、間違いなく真大陸から召喚されるでしょう』
よし。
もう1度確認し、フルフルとトリシャを見る。2人共こちらに頷き返してくれる。
因みに、パイモンは別室待機だ。
僕らの中で、唯一外見から魔族とわかってしまうので、今回は席を外してもらった。
テーブルには、お腹が空いているとき用の食事も用意されている。
お腹空かせてそうだよね、奴隷って。
「いくよ」
「はい」
「うん、なのっ!」
宣言してから、スマホをタッチ。
相変わらず、眩すぎる光が溢れ、召喚陣が生み出される。
陣の中心には、痩せ細った子供が倒れていた。
「お、おい!君っ!」
僕は、その子供に駆け寄るが、召喚陣が邪魔で触れる事ができなかった。
「くっ!アンドレ、どうにかならないか!?」
『こちらの仲間になる事を了承させなければ、どうにもなりません』
くそっ!
「おいっ!聞こえてるか!?聞こえてたら、僕の仲間になってくれっ!頷くだけでいいっ!」
僕が必死に呼び掛けても、その子は虚ろな目でこちらを見返してくるだけだ。
「クソッ!!」
僕は苦し紛れに、その子のステータスを確認した。
ななし 《レベル1》
42ばん どれい
たいりょく 1/10
まりょく 2/2
けいけんち 0/10
ちから 2
まもり 1
はやさ 4
まほう 1
わざ
そうび
ぬの
体力が1しか残ってないっ!!
これは瀕死と言っていい状態だ。何とかしないと、この子は本当に死んでしまう。
なにか、なにかないか!?
「つーか、名前もないのかよっ!!人権ってもんをどれだけ冒涜するつもりだ!!」
僕が八つ当たりするように喚き散らすと、トリシャが僕の両肩を押さえた。
「落ち着いてください、キアス様。焦っても事態は好転しません」
無表情で言ってくるトリシャは、落ち着いた声でそう言った。とても1人の子供の死を目の前にしているとは思えない、ひどく落ち着いた声だ。
その声で、僕もいくらか落ち着きを取り戻せた気がする。
落ち着け。名前がなくても、呼び名らしきものはわかった。だが、これを口にするのは、かなり嫌だ。しかし、今はそんな事を言っている場合でもない。
「よ、42番………」
番号で呼ばれた瞬間、その子は幽かに反応を見せた。と言っても、体にわずかに緊張が走っただけにみえた。
「42番、黙って私の言う事に頷くんだ。この方の仲間になれ。いいか?」
僕は、勝手に自己嫌悪を感じ、動けなかった。トリシャが、上手く繋がなければ、この千載一遇のチャンスも逃してしまっていたかもしれない。
その子は、やはり幽かに頷き、再び力無く体を弛緩させた。
どうやら、これでなんとかなったようで、転移陣の方は消えてくれた。
「パイモン!手伝ってくれ!」
呆然とする僕を尻目に、トリシャはテキパキとその子の状態を確認しながら、大声でパイモンを呼んだ。
隣室から、慌てた様子でパイモンが飛び込んでくる。トリシャの慌てた声に、異常を察知したのだろう。
「水を持ってきてくれ。出来れば少量の塩を混ぜろ。時間がかかるようなら、まずは水だけで構わん。
キアス様、この子に回復魔法を!」
「はい!」
「あ、ああ……」
僕らは指示された通り、動き出す。
パイモンはキッチンへと走り、僕はスマホを操作する。
えぇい!!面倒くさい!!
リビング全体に、回復魔法を付与させ、セーブをタッチ。確認画面が鬱陶しい。
次からは、絶対に迷宮最奥のあの部屋で召喚しよう。
ようやく、天井から回復魔法の光が降りてくる。
その子の体力が一気に全快するも、まだ動かない。やはり、余程衰弱しているらしい。
「水を持ってきました!」
パイモンがリビングに飛び込んでくると、トリシャはガラスのコップを受け取り、ゆっくりとその子の口にあてがった。
「そうだ。ゆっくり飲め。いいか、ゆっくりだぞ?」
トリシャが抱き起こしているので、その子もゆっくりではあるが、ちゃんと水を飲んでくれている。
「ダメだ!ゆっくりだ!」
突然、トリシャの鋭い声が響いた。
どうやら、子供が一気に水を飲もうとしたらしい。ちゃんと意識も戻ってきたようで、さっきより目に力がある。
「ト、トリシャ、どうだ………?」
「一先ずは安心して良いでしょう。どうやら、怪我をしたせいで働けず、その間食事をさせてもらえなかったようですね」
良かった。
怪我なんて、僕は全く気付かなかったけれど、トリシャはちゃんと確認していたようだ。
「パイモン、もう一杯水を頼む。キアス様、申し訳ありませんが、そこにある食事で、食べやすい物を持ってきてください」
僕もパイモンも、再びトリシャの指示通り動き出す。
テーブルの上のスープの器と、スプーンを持ち、トリシャの元へ駆ける。
「トリシャ!」
「よし、ゆっくりこれを食べろ。いいか?ゆっくりだぞ?」
スプーンで掬ったスープを、静かにその子の口許へと運ぶトリシャ。
ゆっくりと咀嚼し、飲み下す。
よしっ!さっきよりさらに目に活力がみなぎってきている。
「水です!」
パイモンの差し出した水を、今度はその子自身が受けとる。
はぁ〜。
本当にもう大丈夫そうだな。
しっかし、本当に僕は大馬鹿野郎だ!!
何が奴隷の解放だ!もっと考えて物を決めろ!
何が食事だ!目の前の子を見ろ!1人で水を飲む事すらできなかったんだぞ!
なにが、僕のワガママだ!!
お前はただ、フルフルと一緒になっておろおろしていただけじゃないかっ!?
この子を助けたのは、紛れもなくトリシャであり、主である僕じゃない。
クソッ!!
『マスター、この子供は、マスターが召喚しなければ、死んでいました。それだけは、あなたの功績です』
アンドレの慰めに、僕はみっともなく涙を流しそうになってしまった。
くそっ。
このスマホめ。