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最強の第十三魔王

「あり得ねえだろ!?」


 べオル様が、口角泡を飛ばしながらセルヴェ様に詰め寄る。これまでかろうじて保ってきた総大将としての仮面が、完全に剥がれてしまっている。


「それともアレか? 俺が知らなかっただけで、第十三魔王軍は魔王軍四つ分もある大軍団だったってのか!?」

「兄上、違います」

「そうだろう——」

「——四つ分ではありません。五つ分です」

「——は?」

「第十三魔王軍は、第四、第九、第十、第十二魔王軍に加え、当然自軍にも補給をしなければなりません。ゆえに、第十三魔王軍の働きは、魔王軍五つ分という事になります」


 セルヴェ様の忠告に、ポカンと呆けたような表情を浮かべる べオル様。

 それはそうだろう。ただでさえ、生まれて間もなき魔王様であらせられるアムドゥスキアス様が、他の魔王軍を圧倒する規模の魔王軍など、擁しているはずがないのだ。もしそうならば、ただでさえ魔王の頭数で劣っている味方は、軍勢の規模でも劣る事になる。それも、圧倒的にだ。そんな戦は、始めるまでもなく勝てるはずがない。

 だが——


「なぁセルヴェ?」

「なんでしょう?」

「間違ってたら言ってくれ」

「はい」

「第十三魔王軍ってのは、主体となっているのは第十一魔王軍からの降り兵だ。間違ってるか?」

「いいえ、相違ございません」

「第十一魔王様ってのは、アレだよな? コション様。たしかに縄張りは広かったが、軍はそれ程大きくなかった。違うか?」

「違いません。新参と呼ばれる魔王様の元には、あまり兵が集まりませんから。コション様御本人も、さして勇名を馳せたわけでもありませんから、それ程大規模な軍を有してはいませんでした」

「ならば当然、旧第十一魔王軍を取り込んだ第十三魔王軍は、それ以下の規模になるはずだよな?」

「はい。実際には、第十三魔王軍の中核を担っているのは、元第四魔王軍に在籍して者が多いと見られますが、総勢で見れば第十一魔王軍出身者の方が多いようですね。しかし、それでも第十三魔王軍の規模は、旧第十一魔王軍以下です」

「——ではなぜ、そのような事が可能となるッ!?」


 もはや悲鳴のようなべオル様の問い。しかし、それも無理からぬ事だろう。

 通常、新参の魔王軍というのは、兵が集まりにくいと言われている。それは、力を信奉する魔族にとって、年若い魔王に仕える事は魅力に欠けるからだ。

 けれど、魔王軍五つ分の働きを要求されている第十三魔王軍の労働量を考えれば、その規模は相応のものでなければ尺が合わない。

 それは、本来なら戦闘に使うべき力の強い魔族や幻獣を、馬車馬の如くこき使う前提であってもだ。それ程の無理をしても、既存の軍事的常識では、第十三魔王軍の規模では、他の四つの魔王軍に対して補給の一切を担う事など、不可能であった。

 だからこそ、我々は今大戦における第十三魔王軍の参戦は、ないと踏んでいたのだ。

 しかし——


「兄上、落ち着いてください。相手は、あの——アムドゥスキアス様なのです」

「…………」


 そう——だが——しかし——相手は()()アムドゥスキアス様なのだ。

 それだけで、他の説明が不要になる。あの御方は、それだけ圧倒的な理不尽の権化なのである。


「蔵一つ分は入ろうかという時空間魔法が施された袋であったり、簡単に遠方との連絡が取れる耳飾りであったり、転移のできる指輪であったりと、非常識な魔道具の数々。果てが、空飛ぶ都市です。補給に関して、彼の魔王軍には、既存の常識というものが一切通じません」


 各種魔道具による、輸送の簡便化と迅速な連絡手段の確立。場合によっては、転移を使ったタイムラグのない補給。ついには、文字通り()()()()()()()補給を行なってしまっているのだ。

 先程のザーの話に出た、町一つを動かして補給する方法が、彼の魔王軍には存在する。端的にいって、羨ましいを通り越して、ズルいと言いたくなる程だ。

 実に馬鹿げた話である。去年の自分に、この事を伝えようと、一笑に付すような与太話である。しかし、そんな夢のような軍勢を、我々は現在相手にしているのだ。無論、言及するまでもなくそれは、悪夢の類である。


「我々も、この段に至るまで思い至りませなんだが、彼の魔王様の御力は、まるで戦争の為に生まれたかのような代物。ややもすれば、事を『戦』という一事に限ってしまえば、母上や第五魔王様すらも凌駕する程かと」


 セルヴェ様の言葉に場が騒然となる。当然だろう。自らの主君であり母であるエキドナ様よりも、アムドゥスキアス様の方を評価すると言ったようなものだ。自らの仕える魔王様よりも、敵方の魔王様の方が強いというのは、セルヴェ様の立場であったとしても失脚を免れない発言だ。


「……流石に、それは過言であろう……。ついこの間生まれたばかりの魔王であれば、小細工はともかく、直接戦えば母上やアベイユ様が遅れを取るとは思えん……」


 べオル様の言はもっともだ。しかし、べオル様の言葉がそのまま、セルヴェ様の言っている事の答えでもある。


「たしかに、直接戦えばたしかに母上やアベイユ様に軍配は上がるでしょう。しかし、逆に直接的な戦闘を避ける戦いをされれば、勝ちの目は少なくなりましょう。直接的な戦闘ではなく、戦い方を『戦』という方法に拡大されれば、アムドゥスキアス様の御力はあまりに絶大。否。魔王様御本人の力を度外視するという前提であるならば、三大魔王様の軍勢であろうと、アムドゥスキアス様には勝てぬやもしれません……」

「そんな……バカな事……」

「ダンジョンと呼ばれる要塞の建築、有用な魔道具の製造、原理のわからぬ空飛ぶ建造物、そしてなにより御本人の気質……。我等の補給部隊に対する奇襲からもわかる通り、これ等は補給のみならず、戦闘行動にも応用が可能です。それ等を踏まえて考えるに、第十三魔王軍は規模も練度も度外視して、最強の魔王軍と称すに足る働きが期待できるでしょう。そして、それ等はただひたすら、第十三魔王アムドゥスキアス様の御力あってこそ。アムドゥスキアス様はまるで、戦争の寵児です。正直を申さば、アムドゥスキアス様を敵に回して戦を始めたのは、失敗であったかと……」


 セルヴェ様が冷や汗を流しつつ、アムドゥスキアス様の能力について説明する。それを聞いて、べロス様もアムドゥスキアス様という魔王様の実力を、感じ取ったのだろう。一拍空けるように唾を飲み込んだべロス様が、重苦しい調子で口を開く。


「むぅ……。納得はできぬが、セルヴェがそこまで言うのであれば、彼の魔王様は母上やアベイユ様と同等の相手と考えるべきか……。新参と侮るは、迂闊という事だな?」

「左様でございます。私としては、第九、第十二魔王様よりも、アムドゥスキアス様の方がはるかに危険な存在かと愚考いたします」

「わかった。お前がそこまでいうのであれば、俺も彼の魔王様を警戒する事に異存はない。皆も、第十三魔王様及び、第十三魔王軍には最大限の注意を払う。それでよいな?」

「「「応!!」」」


 ようやく落ち着きを取り戻したべオル様が、議場の全員に問えば、一糸乱れぬ応答が鳴り響く。元より、第七魔王軍出身者は彼の魔王様の存在を危惧していた者も多く、この決定に否やはない。新参の将軍に至っても、ここでわざわざ異論を挟むような事はないだろう。

 だが、やはりザーを含む若輩の将軍のなかには、得心いかぬといった表情を浮かべている者もいる。たしかに第十三魔王様は、戦において脅威ではある。だが、その戦い方は、大方の魔族が好むような戦い方ではないのだろう。しかし、その好ましからざる戦い方をする第十三魔王軍に、我等歴戦の第八魔王軍が追い詰められている現状を鑑みれば、反対を述べられるだけの材料がないのだ。


「さて、兄上」

「なんだ?」

「我々は今、そんな第十三魔王軍を含む敵軍との戦闘に迫られております。いかがいたしますか?」

「ぬぅ……」


 先程までの固い表情に、さらに苦悩を混ぜ込んだような、筆舌に尽くしがたい表情を浮かべたべオル様が、もはや腹いっぱいとばかりに唸る。

 我等第八魔王軍は、第十三魔王軍の登場によって、窮地に陥っている。この状況でそれは、動かしようのない事実であった。新参の魔王軍に、我等歴戦の第八魔王軍がこれ程まで追い詰められるとは、開戦前までは思ってもみなかった。

 あるいは、それが油断だったのかもしれない。


「……とはいえ、状況は戦うしかないのだろう?」

「はい。今ある物資を兵に配り、腹を満たしてから攻勢に出るのが、今取れる最良かと。もし、敵の物資を略奪できれば、後方が体勢を整えて補給を再開させるまで持久できる可能性が見えます。勝利の目も残りましょう。しかし、この策さえ失敗するようであれば……

「敗北か……」


 セルヴェ様の言葉を引き継ぐように呟いたべオル様の声響くと、天幕の中はシンと静まり返る。現状は、それ程までに窮地であった。

 重々しい沈黙が、まるで実際にのしかかっているかのようだ……。誰もが口を噤み、最良の行動を模索するも、答えは出ない様子。そうれもそうだろう。我等全軍の命運を託すような、重大な決断を迫られているのだ。まして、相手はセルヴェ様に戦争の寵児とまで称される、アムドゥスキアス様を含む、三つの魔王軍。

誰もが言葉を発せぬ中、刻一刻と時間は過ぎていく。あのセルヴェ様ですら、現状を打開する良策をだせずにいる。それは、我等古参の将軍とて同じだ。

 まるで手立てが思い浮かばぬ。

 せめて、敵軍に忍ばせていた間諜が動かせたなら、この状況でもまだやりようはあった……。あるいは、背後におかしな建造物がなければ、撤退とみせかけて逆撃する策も取れたかもしれない。だが、今はその建造物に近付きすぎるわけにはいかない。最悪の場合、挟撃されて一巻の終わりだ。

 時間が経ち過ぎれば、空腹による士気の低下で、戦闘行動すらままならなくなる。だからこそ戦うしかないのだが、それこそアムドゥスキアス様が誂えた敗北への一本道。

 これを打破するには、敵の想定を超えるなにかがなくてはならない。

 だが、我々の手元には、その()()()がないのだ。

 なおも静寂に包まれ、重苦しい空気の漂う軍議の天幕。


——だがそこに、天幕の外から喧騒が聞こえてきた。


 その音はいまだ微かではあるものの、今ここで軍議を開いている事は、外の兵等も知っていよう。我等の精兵が、そんな状況で無意味に騒ぐとは考えづらい。しかも、その喧騒はだんだんと近付いくる。それもすごい早さだ。


「べオル、セルヴェ!! 無事かっ!?」


 天幕を吹き飛ばさんばかりの勢いで飛び込んできたのは、全身を漆黒の体毛に包んだ、蛇の鬣を持つ巨躯の狼だった。その背には、馬車程の大きさもあろうかという箱を背負っている。

 その御方はべオル様とよく似たその狼頭で、軍議の席についている二人を捉えると、裂けんばかりに口を開いて笑みを浮かべた。


「うむ。無事であるな!!」


 そう声をかけられた二人が、ようやく我に返って声を発した。


「オルト兄! どうしてここに!?」

「此度の戦は、兄上は後方支援に徹する段取りであったはず!」


 焦るように連ねられたべオル様とセルヴェ様の言葉通り、今回の戦ではエキドナ様の第一子であるオルト様は、大事を取って後方に据え置かれていた。

 事は、魔王同士がぶつかるような大戦おおいくさだ。命を落とす事も覚悟しなくてはならない。そんな危険に晒すには、今は亡き第七魔王様と、我等が主君エキドナ様の第一子というオルト様の身は、尊すぎた。ゆえに、オルト様は御身の安全を最優先した扱いをされ、危険からは最も遠い位置に置かれていた。

 これは、あくまでも今回の戦に限ってはの話であり、普段であれば、いかな第一子とはいえここまで過保護な扱いはしない。


「ふはははは!! そんなもの、弟たちの窮地を聞いて駆けつけたに決まっておろうが!!」


 大柄なべオル様が、見上げねばならぬ程大きな体躯の大狼が、大口を開いて笑う。その笑い声だけでビリビリと机が震えるのだから、真正面で聞いているべオル様とセルヴェ様の耳の心配をしてしまう。


「オルト兄様、それよりも早く荷をほどいてしまわねばなりますまい」


―そこに、さらに天幕の外から声が響く。金管を打ち鳴らしたような、澄みつつも強いその声音にも、我々は聞き覚えがあった。


「ヒュドも来ているのか……」

「ヒュド姉上まで……」


 オルト様とは違い、静かに天幕の中に入ってきたのは、エキドナ様とよく似た美貌の女性だった。

エキドナ様の第三子、ヒュド様。髪の色はエキドナ様の暗緑色ではなく、明るく鮮明な緑ではあるが、それ以外はエキドナ様と非常によく似た容姿をしている。上半身は人のそれであり、下肢もエキドナ様と同じく人様だ。その体表には蛇のような鱗が浮き、さらにエキドナ様と同じく蛇の尾もある。

 だがその尾は、エキドナ様のものより細くはあるが、数が九つもある。エキドナ様とヒュド様で、大きく違うのはその一点だ。その九つの尾が、ヒュド様の背後でうねっており、まるでこちらを窺っている蛇のようだ。

 ヒュド様の登場によって、今この場にはエキドナ様の第一子から第四子までがそろい踏みしてしまった事になる。この、窮地に陥っている戦場にだ。

べオル様とセルヴェ様が焦るのも当然だった。


 だがしかし、この御二人の登場こそ、待ち望んでいた敵の想定を超える一手になり得るのではないかと、そのとき私は思った。




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