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補給という概念と、第八魔王軍という組織

 声をあげたのは、この軍議に轡を並べる者の中ではかなり年若い魔族であり、新参者である。少なくとも、私はその者の名を知らない。私が名を知らぬ時点で、元第七魔王軍の者ではない。


「我等が矢面に立っているというのに、後方から足を引っ張るとは何事ぞ!! 弱卒のせいで、我等精兵が迷惑を被るなど——」

「——ザー、少し黙れ」


 その粗忽者の言を止めたのは、セルヴェ様だった。その表情は苦悩と羞恥に塗れており、まるで頭痛でも堪えるようにこめかみを押さえていた。


「申し訳ありません、兄上。ザーは新参の将軍ゆえ、教育が行き届いておらず……」

「ハッハッハ! 気にするな、セルヴェ。そうしてたまには隙を見せてくれないと、兄として立つ瀬がない。珍しく、優秀な弟の世話を焼けるのだ、俺としては悪くない気分だぞ!」

「いえ、兄上は戦となれば兄弟のなかでも一二を争う実力。我が軍の大将として、なんら恥ずかしくないだけの武威を有しておられますれば、嘘偽りなく、私の尊敬する兄上ですよ」

「クハハハハ! そう褒められると、照れるぞ!」


 そう言ってなおも笑うべオル様。セルヴェ様も、なんだかんだでべオル様には甘い。やはり、その豪放磊落で表裏のない性格は、真大陸では実に人好きのするものなのだ。セルヴェ様も、そんな兄が大好きなのである。

 それに、セルヴェ様は御兄弟の中では、あまり戦闘力の高い方ではない。その分智に聡く、努力を惜しまれない方ではあるのだが、頭がいい分、少々慎重すぎるきらいもある。その性格は、魔族のなかではあまり評価されにくい。


 だが、だからといってあまりべロス様を甘やかさないでほしい……。表裏がないせいで、嫌いなものは嫌いと、勉強をしたがらないのだから。

 教育係としてべオル様の側に侍る事幾星霜、成果はご覧の通り。捗々しいとは、口が裂けても言えぬ有り様。セルヴェ様にもその苦労を、少しは考えていただきたい……。

 軍議の場には和やかな空気が流れ始め、先の見通しの立たない議題ばかりだったせいで暗かった空気が、このときだけは軽くなっていく。しかし——そんな空気をよしとできない者もいた。


「お、俺は、間違った事は言っていないッ!!」


——せっかく、和やかに軍議の場が収まりかけたというのに、ザーと呼ばれた愚か者は、なおも場をかき乱そうと大声をあげる。なんとも愚か。


「黙れと言ったはずだ。これ以上、兄上の前で私に恥をかかせるな」


 セルヴェ様の目が、急速に温度を失っていく。それはそうだろう。わざわざべオル様が、笑い話にしてセルヴェ様の配下の失態を流してくれたというのに、その失態を犯した当の本人が、なおも恥の上塗りをしようというのだ。いかに新参者とはいえ、この状況はもはや看過しがたいものとなってしまった。


「だがセルヴェ様! 俺は間違った事は——」

「お前が言っている事は、なにもかもが間違いだ! 命が惜しければ、さっさとその愚かな口を閉じろ」


 にべもないセルヴェ様言葉に、ザーは屈辱に耐えるように身を震わせる。

 さて、と私はそのザーという新参の魔族を観察する。

 逞しい一つ目巨躯の巨人、サイクロプスの魔族。その身を、将軍にふさわしい立派な戦装束に包むも、その新品同然の装束は、この軍議の中ではやや浮きがちだ。

 それも当然。この軍議に召集された者は、皆歴戦の猛者なのである。

 当然、全員の戦装束には傷や繕いが散見され、言葉を飾らずに評するなら、見窄らしいと言えるような格好の者もいる。だが、それでも戦場で、使い慣れた武具を使わず、慣れぬ華美な武具で辺幅を飾るなど、愚かにも程があるというものだ。

 とはいえ、新参のザーが新品の装束を身に纏っていたところで、そうおかしな話ではない。


——問題なのは、この者の性質だ。


 今のこの、針の筵である状況に甘んじ、頭を下げて場を収められるか、なおも我を通して事態を悪化させるか……。この年若い魔族が、第八魔王軍の未来を担う将として、どのような判断ができるのか、あるいはできないのか、私はそれを見極めんと目を細くして、ザーの次の行動を待つ。


 見れば、私と同じく元第七魔王軍所属だった将軍等は、同じようにザーの動向を注視していた。

 既に老将と言って差し支えない我等が、この戦において重視するのは、勝利でも敗北でもない。現在要職に就いている者が、第八魔王軍にとって益か害か、篩にかける事が優先なのである。

 いかに平時に有能であろうと、有事に無能を晒す者は多い。平時にその性質を見極める事は、難事である。だからこそ我等老兵は、この戦を契機とし、第八魔王軍に最後の貢献を果たしたいと思っている。

 無論、だからといって戦に手を抜いたりはしないが。


「——ッ!! な、納得できかねますッ!!」


 どうやらザーは、判断『できなかった』らしい。嘲笑される屈辱に耐えかね、さらなる愚行を衆目に晒し始めた。こうなっては、いずれ将軍の任を解かれ、ふさわしい罰が与えられるだろう。

 だが当然、我等はそのような再起の芽を残したりはしない。

 無知は学べばいいが、無能は治らない。


「我等が今、陥っている状況はままなりませぬ。現状を招いたのは、間違いなく弱兵である補給部隊の者等!! にも関わらず、我等ばかりが不利益を被るは、道理が通りますまい!?」

「……兄上、本当に申し訳も立ちません……」

「いや、まぁ……、こういう事もある。お前の責任が皆無とは言わんが……。まぁ、なんだ……、こういう事もある……」


 もはやセルヴェ様の顔には慚愧の念しか浮かばず、べオル様もかける言葉がない状況だ。


「べオル様もセルヴェ様も、どうしてそこまで補給部隊の者等を庇い立てなさるのですか!?」

「ザーよ……」


 ため息をつきつつ、べオル様がザーに語りかける。


「補給部隊が補給にのみ専念すれば良いというのであれば、それが襲われたという現状は、まさしく前線に立っている我等が責であろうが。伏兵に対する警戒を怠ったのだ。我等の無能を他者に押し付けるなど、恥を知れ」

「勝てばよかったのです! 補給部隊であろうと、戦場に送られているのですから、戦う意思を欠くは怠慢に相違ございますまい!? その怠慢によって、我等が窮乏にあえぐ現状は、まさしく後方の落ち度! 我等の責とされるは道理が通りませぬ! 少なくとも、敗北の責は負わせるべきです! コソコソと策を弄するような弱兵に翻弄されるなど、第八魔王軍の名折れです!」

「その策によって、我等は今、危機的状況に追い込まれている。貴様は、これまでの軍議を聞いていなかったのか?」

「しかし、その伏兵とて忽然と姿を消してしまっているならば、大部隊だったとは思えませぬ! にも関わらず、彼奴等はおめおめと敗北し、どこへとも知れず逃げ散っており、結果前線は負担を強いられております! 後方だからと、戦闘に敗北した事そのものを寛恕するは間違いであるかと! 彼奴等の油断が、現在の危機を招いたという言は、過言ではございませぬ!!」


 ザーの、あまりにも見通しの甘い発言に皆がため息を吐いた。ただ一人、べオル様だけが「あれ、そういえばそうかも……」と言いたげな表情を浮かべたが、すかさずセルヴェ様がフォローする。


「愚か者めッ!! 敵には、あの第十三魔王軍がいるのだぞ!? こちらの勢力圏から忽然と消える事など、朝飯前だ。補給部隊の中には、第十三魔王対策の援軍もいたのだ。その者等も敗北したというのなら、敵が小勢であった可能性は低い。また、第十三魔王の代名詞である、ダンジョンのような建造物まで背後に築かれた現状を鑑みれば、その奇襲部隊にアムドゥスキアス様御本人がいた可能性だってある。その状況で、補給部隊に責任を負わせるなど、恥の上塗りにしかならぬとなぜわからぬッ!!」


 常に冷静沈着なセルヴェ様にしては珍しく、怒りの感情も露にザーを痛罵する。まぁ、それも仕方のない事だろう。彼を重用した責任が、彼が喋れば喋るだけ重くなっていくのだ。

 べオル様も、額に汗を浮かべつつ重々しく頷いている。……やはり、なんと言われようと、今後はきちんと勉強させるべきであろう。


「そ、そもそも、もっと補給量を多くしていれば、このような困窮を招く事もなかったのでは……」


 なおも食い下がろうとするザーだが、もはや悪あがきでしかない。とはいえ、今さら冷静になってみても、この場に彼の味方などいない。自らの軍団の長であるセルヴェ様にすら反抗しているのだ。恥を雪ぐだけの功がなければ、状況は破滅への一里塚であり、軍議の場にそうそう功績など転がっているはずもない。


「補給に関して貴様が口出しするは、完全に越権行為であろう。現行の補給形態に文句があるというのならば、戦前に代案を提出しておけばよかったのだ。もしくは、画期的な補給部隊の運用案があるというのなら耳を貸すのもやぶさかではないが?」

「…………」


 物憂げにべオル様が問うも、ザーは口を引き結んでおし黙る。

 補給の形態を変えるという事は、軍隊運用の根幹を変更するという事に等しい。戦時中に、軽々に変更できるものではない。また、補給の画期的な改善など、そうそうできるはずもない——……彼の魔王様でもない限りは……。

 このような愚か者の脳髄からでは、どれだけ絞ってもそんなものは出てこないだろう。


「補給量に関しても——」


 沈黙するザーに追い打ちをかけるように、セルヴェ様が口を開く。


「——普通に考えれば、軽々に増量などできるはずがない。お前は、補給の基本概念すら知らんのか?」

「…………」

「…………」


 セルヴェ様の言葉に、なぜかべオル様まで冷や汗を流しながら俯いてしまう。それを見たであろうセルヴェ様が、ザーを責める姿勢は維持しつつも、どこか説明するように言葉を繋げた。


「補給というのは、拠点から離れる程、つまり補給線が伸びれば伸びる程、後方の負担が増す。この負担をお前は軽視しているようだが、それこそ軽率と言うほかない。

 例えば、補給拠点から一日の距離に軍を動かしたとすれば、軍の消費に二日分、補給部隊の往復に二日分の物資が必要になる。軍の消費と補給部隊の消費が同じではないから、合わせて四日分の物資が必要になるわけではないが、それでも軍を拠点から一日分離すだけでこれだけの物資が必要になる。三日の距離に動かせば、軍の消費に六日分、補給部隊に六日分必要になるという事だ。

 そしてもし、同じ輸送方法で拠点から十五日の位置に軍を進めたときの物資がどれだけの量になるか、貴様に想像できるか? 同じ口で、なおも『輸送量を増やせ』と言えるならば——面白い。後方に伝えてやるから言ってみろ」


 セルヴェ様の言葉に、ザーの顔から血の気が引いていく。

 それも当然だろう。軍の消費する一ヶ月分の物資など、普通に考えれば移動させられるような量ではない。馬車に積んで運ぶにも、限界というものがある。

 必要とされる馬車の数、その馬車を動かす為の馬の数、馬たちが食うまぐさの量、その馬車を動かす為の人員、その馬車列を護衛する人員、それ等すべての予備に加え、輸送すべき物資——ほとんど、町が移動しているような規模になってしまう。

 当然ながら、後方要員にそれだけの人的余裕があるわけがない。後方要員が担う仕事は、補給が最重要ではあるものの、補給だけではないのだ。

 刺すような視線で睨むセルヴェ様と、その氷の視線に苛まれ、すっかりと消沈してしまっているザー。そんな二人の間に、やや場違いな咳払いが挟まれる。


「んん……。セ、セルヴェ、もしこの中に我が軍の輸送方法を知らん者がいて、その……、同じ議論になっても面倒だ。もののついでに、皆に我が軍の現在の輸送方法を伝えておいてくれないか?」


 もはや、誰に対して虚勢を張っているのかと言いたい程、あからさまな態度でべオル様がセルヴェ様に説明を求めた。その態度に苦笑しつつ、セルヴェ様は続ける。


「我が軍では、拠点から十五日の場所に軍を動かしたとすると、補給部隊は軍が消費する物資を三日分と、予備に一日分、それと補給部隊が一ヶ月で消費する物資を持って動きます。その補給部隊が十あれば、代わる代わる物資を移動させる事により、前線が一ヶ月飢えない補給線が維持できるのです」

「ふむ……。物資を移動させるだけで、寒気がする程の人員と物資が必要になるな……」


 セルヴェ様の説明には、軍と補給部隊の移動速度の違いや、補給部隊が往復する際の物資の重量についてや、その他細部についての説明が省かれていた。おそらくべオル様にここでそれを説明しても、よけいに混乱させるだけだと判断したのだろう。私も同意見である。今後は補給について、細部にわたって教育する必要があるだろう。


「さて、兄上」

「なんだ?」

「なにかと話題の第十三魔王軍ですが」

「ふむ。今回の奇襲も、おそらく第十三魔王軍だという話だったな」

「ええ、その第十三魔王軍についてです」


 セルヴェ様はそこで一旦言葉を区切ると、まるで意識して表情を取り繕うとするかのように、浅く呼吸してから、ハッキリとした口調で告げる。


「改めて確認するまでもなく、第十三魔王軍は今回の大戦において、第四、第九、第十、第十二魔王軍の補給を担った輜重部隊です」

「…………」


 軍議の天幕内は、まるで水を打ったかのような静けさが支配した。しかし、それも一瞬の事である。




「ふざけんなっ!!」




 べオル様の怒声が、響き渡った。




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