表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
477/488

第八魔王軍の将軍たち

 現在、第八魔王軍は危機的状況に追いやられていた。


 戦況こそ小康状態ではあるものの、間諜と連絡が取れなくなり、背後に敵の拠点と思しき構造物を築かれ、そしてなにより補給が途絶えていた。

 正面に対すは、第九、第十二、第十三魔王連合軍。軍の規模では拮抗し得るものの、三人もの魔王を相手に戦える将が揃っているかといえば、やはり心許ない。これが二人だったら話は別だったのだが、間諜が最後に報告してきた第十三魔王の参戦が厄介だった。


 戦争とは、量より質なのだ。


 どれだけ優秀な魔族を用意しても、単独で魔王を敵に回して戦うのは分が悪い。戦の常道では、魔王には精鋭を揃えて足止めを行いつつ、敵軍の方を優先して叩くべきなのだが、当然ながら魔王と相対できる魔族というのは、そう多くはない。さらに言うなら、この戦法とて精鋭を磨り潰すような愚策である。

 しかし、魔王とはそのような愚策でもってして、ようやく足止めのかなうような化け物なのだ。

 我等第八魔王軍も、第九魔王サンジュ様と第十二魔王プワソン様と相対できるだけの精鋭中の精鋭を集めていたのだが、ここにきて第十三魔王アムドゥスキアス様まで援軍として現れたとなると、こちらの手勢では圧倒的に足りない。途絶えた補給のなかには、アムドゥスキアス様に対する為の援軍も含んでいたのだが、この状況ではその援軍に期待を託すのは、無謀と同義であろう。

 このまま戦端を開けば、三名の魔王に対する足止めの数が足りず、結果それぞれの魔王に対抗する為の層を薄くせざるを得ず、どこかから必ず綻びが生まれ、いずれは突破を許す事になるだろう。そうなれば、我が軍は分断され、ときを待たずして瓦解する。

 敵勢に魔王が一人加わるだけで、これ程までに戦況が変わるのだ。かように戦は量より質なのである。

 おまけに、補給が途絶えた以上は、我々に残された道など局限されている。


「由々しき事態よな……」


 重々しく、べオル様がこぼした。

 第八魔王様の第二子であらせられる、べオル様。白銀の狼の頭に、同色の体毛に覆われた三mの巨躯。四つの腕のうち、上の二つは槍と盾を携え、下の二つはしっかりと組まれている。二本の足でしっかと地面に屹立し、その姿は劣勢を窺わせない堂々たるものだ。

 四臂の人狼は、その雄々しい姿から荒々しい闘気を立ち昇らせては、この軍議に集まった者等にその存在を誇示する。

 まるで、今まさに戦場に赴かんばかりの雰囲気だ。しかし恐らくは、頭の痛い事に当人もそんな心持ちなのだろう。私はため息をつきつつ、べオル様の次の言葉を待った。


「ゴルゴール、補給再開の目処は立ったか?」

「いえ、再開どころか、いまだ補給部隊との連絡すらままなりません」


 べオル様が、補佐である私にに問い、私はそれに端的に答えた。だが、その内容は誰もが頭を抱えたくなるようなものだった。

 補給が途絶えるという事の意味が、軍にとってどれだけ致命的な事態であるか、この軍議に列席している幹部の面々にわからぬ者はいない。


「さて、どうしたものか……」


 再びべオル様の重い言葉が響く。

 きっと、この姿を見る軍団の面々は、べオル様がこの難題に対して真剣に考えていると思っているのだろう。その凛々しい面差しを見れば、その考えはたしかなものとまで思うかも知れない。しかし、側近として長い私にはわかる。恐らくべオル様は、考えるフリをして我々配下の意見を求めているのだ。物事を深く考えるのが苦手な、良くも悪くも魔族らしい方なので、仕方がないだろう。


「兄上」


 そこで声を発したのは、べオル様と同じく第八魔王エキドナ様の第四子であるセルヴェ様である。

 褐色肌の細く絞られた肉体に精悍な顔付き、大鷲の翼を有し、腰から下はべオル様と同じ毛並みの狼の四足があり、戦用の装束に身を包んでいるものの、どこか線の細さを窺わせる美丈夫である。


「現状、我が軍に打てる手は、二つしかございません」


 セルヴェ様は、我々がなかなか口にできなかった言葉を、その冷淡な表情と同じ温度で放つ。常に冷静沈着、その表情も容姿も、氷のように研ぎ澄まされたセルヴェ様らしい。


「ふむ。して、その二つの道とは?」


 べオル様が、大仰に問い返す。セルヴェ様も、べオル様の勉強嫌いは知っているので、その怜悧な瞳の端に一瞬、やれやれとでも言わんばかりの優しさを浮かべると、瞬時にその甘さを消し、口を開く。


「すなわち、即座に戦うか、即座に撤退するかです」

「ならば、戦うしかあるまい」


 もはや反射というレベルで、べオル様が即答する。真大陸の常識としては何一つ間違っていないのだが、あまりにも早いその回答には、どうにも脊髄反射的と言いたくなる。

 しかし、即答したものの、べオル様は首を傾げつつ続けた。


「しかし、暫時持久戦に徹し、補給を待つという選択はないのか? 配給量を減らせば、今しばらく持久は可能であろう?」

「不確定要素が大きすぎましょう。それでもし、あと二日補給部隊が訪れねば、持久戦以外の選択肢はなくなります。補給再開の目処がたたぬうちは、ある意味で我が軍は戦闘不能状態も同然です。腹を減らした兵では、満足に戦う事もできませんし、そもそも士気が持ちません。唯一能動的に取れる選択肢は降伏でしょうか。

 さらに五日補給できねば、選べるのは降伏か餓死か、あるいは名誉の自決となりましょう。現状を維持するのは、最悪の選択肢を増やすばかりであり、最善から遠ざかる道であると私は愚考します」

「むぅ……、それ程までか……」


 唸るべオル様に、セルヴェ様が重々しい口調で「ええ、それ程までなのです」と頷きつつ告げます。

 そう、我が軍は今、それ程までに追い詰められている。


 ただただ、補給が途絶えたという一事をもって。


「補給が届かぬのはわかったが、現地徴発の成果はそれ程悪いのか?」

「現地徴発には限度があります。周辺の村々からは、常識的な範囲内の食料は供出させたあとであり、これ以上を求めれば、あっという間に敵勢に付くでしょう」


 過剰な現地徴発は愚策。それが、魔大陸における軍事の常識である。

 たしかに、農民に身をやつすような魔族は、基本的に弱小の種だろう。しかし、腐っても魔族なのだ。下手に敵に回せば、その数と力は無視し得ない脅威となる。


「農民など、物の数ではあるまい?」


 しかし、べオル様はその点をよく理解していなかったらしい。だからあれ程、勉学に励めと諫言申し上げたというのに……。

 べオル様の根本的な問いに、セルヴェ様が懇切丁寧に答える。


「我々強者にとってはそうでありましょうが、一兵卒にとってはそうも参りません。そして、増えた雑兵はその一兵卒が対峙するのです。十、百と集まった雑兵は、訓練を経た我等の精兵一人を倒す事もできるでしょう。現地徴発に失敗し、敵の軍勢を増やすは、愚策中の愚策。ゆえに、過剰な現地徴発は軍の運用上望ましくありません」


 それでも、普通は弱小の種を軍に混ぜたりはしない。十名の弱小種に飯を食わせるのと、十名の強大種に飯を食わせる事、同じ量なら前者を選ぶのは愚かである。

 十人で囲まなければ一人を倒せぬ兵を幾千幾万と従えようと、強大なる種の兵幾百に蹂躙されてはたまったものではない。物資が有限である以上、軍としては戦闘能力の高い種を優先して部隊を作る方が、高い戦力を維持できるのだ。

 まぁ、巨人や竜などの例外はあるが……。

 だが、現地で参戦した者ならば、少なくとも行軍中の食料は必要なく、場合によっては参陣中の飯もその者等の持ち込みに任せられるかもしれない。戦後に褒美を弾めば、それ程軍の運用に支障はきたさない。


 例えるなら、ゴブリンという弱小種であろうと、十も集まればトロルという中級種の魔族を倒す事はできるし、ゴブリンのなかでも戦闘に長けた者で百名の隊を作り、綿密な作戦を用意すれば、オーガという強大種にすら勝利し得るかもしれないのだ。

 ただ、軍隊の運用としては、百人のゴブリンに飯を食わせて一人のオーガと戦わせるより、十人のトロルに飯を食わせて一人のオーガと戦わせるか、一人のオーガに飯を食わせて一人のオーガに相対させた方が、はるかに効率がいいという事なのである。

 ちなみに、この例えはわかりやすさを優先したものであり、トロルやオーガは一応巨人種なので、飯の量が一般的魔族よりも多い。体躯の大きな魔族や幻獣種は、強力なれど維持費がかかる場合もあるので、先の説明だけで一概には語れない。


 つまり、敵にゴブリンが百名加わるという事は、オーガのような強大種に対する戦力が、敵に一人分増えるという事であり、その分敵に余裕が生まれてしまうという事だ。ゆえに、弱小種の農民とはいえ、過剰な現地徴発を行うのは、は敵に利するばかりで益のない行為なのである。

 また、現地で弱小種の魔族を徴兵するのも、忠誠心の観点から褒められた事ではない。


「では、自然採取はどうなっておる? 山林からの採取物はどの程度集まったのだ?」


 魔大陸は自然豊かな土地である。少し山野に分け入れば、自然は数多の恵みを与えてくれる。その恵みは、質にさえこだわらなければ、軍の大半の食をまかなえるかもしれない。だが、当然ながら、その方法にも欠点はある。


「兄上、たしかに山林には食料が溢れておりますが、同時に危険も潜んでおるのです。自然採取に部隊を使うならば、その内一割程度の者は命を落とすと覚悟しなければなりませぬ。戦闘でもないのに、いたずらに兵員を減らしていては、結局は戦に勝てませぬ」


 そう。魔大陸の自然は豊かだ。あまりにも、豊かすぎて強力なのだ。

 我等、精鋭第八魔王軍の兵といえど、十人に一人の落命は覚悟しなくてはならない程に。はっきり言って、小規模な戦争の方がはるかに安全だ。戦争なら、我等第八魔王軍は精鋭揃いであり、小さな縄張りの主など物の数ではないのだから。

 さらに、追い打ちをかけるようにセルヴェ様が説明を続ける。


「それに、敵軍との距離がもっと離れているのならばまだしも、これだけ敵軍に近付いた状況で自然採取に多くの人員を回しては、襲ってくださいと言っているようなものです。手薄になった自陣に、敵は歓喜して攻め寄せてきましょうぞ」

「ふむ、たしかにな……。やはり現地徴発は、補給の代替としては望ましくないな……」


 さも、『最初からその事は知悉していたが、確認の為に口にした』と言わんばかりの態度で、べオル様が唸る。その態度に、私は人知れずため息をつく。普段からちゃんと勉学に励んでいれば、この程度の事は本当に自明として振る舞えたというのに……。

 案の定、セルヴェ様の軍団の中からも、べオル様の気質をなんとなく察した者が、優しげな目をべオル様に向けている。側近の私としては、汗顔の至りである。

 だがそこで、べオル様よりも不勉強な者が声をあげた。


「しかし、補給部隊の者等も情けない!! 前線で戦う我等を支えるが、彼奴等の使命であろう!!」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ