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裸の王様的解決法っ!?

 極夜と白夜。

 この一対の自然現象は、どちらの方が有名でしょう?

 もしこんな問いを設ければ、恐らくほとんどの現代日本人は白夜の方が有名だと答えるだろう。

 一日中太陽が顔を見せ、世界に夜が訪れない光景。なるほど、これ程幻想的なものは、そうそう他にないだろう。言葉にするだけならば。

 しかし実際のところ、白夜というのは、単に夜でも太陽がでているというだけの事だ。一日中、昼の光景が見られるというだけの事だ。その光景には、目新しさなどまるでない。

 飛行機で現地に向かって、時差ボケで朝なのか夜なのかもわからない体内時計でそれを見ても、結局のところ白夜ならではの光景なんてものは、実はないのである。


 では、極夜はどうか?


 極夜というものも、起こっている現象を端的に説明するならば、太陽が登らないだけの事だ。単に、一日中夜なだけだ。夕暮れのような薄暮の景色か、真夜中のような暗闇があるだけだ。しかし——そこには白夜とは決定的に違うものがある。


 ゆえにこそ、僕は先の問いに続いて、こう問いかけてみたい。極夜と白夜、()()()()()どちらでしょう?


○●○


「うわぁ……っ!」


 感極まったように、ウェパルが声を上げる。さっきからずっと、彼女の顔は空を見上げっぱなしだ。

 やはり、かなり早い時間帯から日の沈んでしまった空は、深い紫のような藍色のような、黄昏時の色味を帯びている。


「美しいですね……」


 しみじみとそう呟くパイモンも、同じように空を見上げている。とはいえ、その声に新鮮な驚きのような感情は含まれていない。

 二人の視線の先、夕闇の空に瞬くのは、星だけではない。薄暮の空に、虹色の天空のカーテン。まるで真珠のような光沢を帯び、夜空に輝く空の芸術品。

 僕等はそれを、神殿の外から見上げていた。きっと、ソドムの町からも見えているだろう。


 さて、では答え合わせである。とはいえ、既に答えも理由も明白だろう。

 極夜や白夜を観測できる極圏付近の国では、白夜よりも極夜の方が、はるかに観光客に人気が高い。なぜなら、一日中が夜という事は、日光に邪魔される事なくオーロラが観測できるという事でもあるのだから。

 実際、オーロラツアーなんかも、この極夜の時季を狙って組まれる事が多い。

 つまり白夜よりも極夜の方が、はるかに儲かるのである。


「いつ見ても、きれいですねぇ……」


 小さくとも乙女なのか、うっとりと空の芸術鑑賞と洒落込んでいるウェパルの言葉通り、実は僕等にとって、オーロラなんてものは珍しくもなんともなかったりする。まぁ、こんな場所に住んでるので、オーロラなんてたまに見れるしね。だからこそ、このオーロラを観光資源として活用するという発想が、なかなか生まれなかったわけだが……。

 だって仕方ないじゃないか! 僕等みたいに住んでいるならともかく、たまに訪れる程度の観光客に、狙ってオーロラを見せる手段なんかないんだから!


「オーロラ、きれいですね、ご主人様っ!」

「ん? ああ……、うん。そうだな……」


 純粋無垢なウェパルの言葉に、僕はやや後ろめたく頷いた。


 あのあと、僕はソドムの町へスピーカーを使って連絡をした。とはいえ、その内容は大したものではない。こう言っただけだ。


『これからしばらく、ほとんど太陽の登らない季節になる。だから、オーロラ観察には最適の季節だ。学校の子供たちは、ぜひこの珍しい現象を観察してほしい。どうして一日中夜なのかは、先生に聞けばわかるよ』


————と。

 それからしばらくして、町の雰囲気は変わり始め、今はもうお祭り騒ぎである。


 僕とした事が、白夜だろうと極夜だろうと、どっちもお祭り騒ぎでいいじゃんという、日本人的視点が抜けていた。クリスマスの一週間後に、寺の除夜の鐘を聞いて大晦日を過ごせば、直後に神社に初詣をする、日本人的視点が。

 十引く五のあとに、律儀に五足す五なんてしなくていい。どうせ元に戻らないなら、十足したって、百足したって、別にいいのだ。太陽の登らない光景に不安を覚えるなら、いっそもっと超常的な、美しい光景を見せて、不安なんぞ吹き飛ばしてしまえばいい。

 とはいえ、それで宗教的な迷信が、簡単に払拭できるだなんて思っていない。普通に考えれば、先の言葉だけでお祭り騒ぎになる方が、おかしい。だが————


『おーい、キアスくぅーん?』


 来ると思ってた……。

 非難するような声音のイヤリングを手に取り、僕は応答する。


「やぁ、サージュさん。先程ぶりですね。どうしました?」

『いや、どうしましたて……。ウチ、初めてオーロラ見れると思とって、ワックワクしとったんやけど?』

「そうですか。まぁ、待っていれば、いずれ()()()()()()()()見れますよ」


 別に面と向かっているわけでもないのに、僕は視線を逸らしながらそう答えた。

——そう。実は今、空に浮かんでいる()()、オーロラじゃなかったりする。ウェパルもパイモンも、そしてソドムの人たちも、みんな勘違いしてると思うけど……。


『まぁ、オーロラなんて、狙って見られるもんやないっちゅーんもわかってんけど……』

「ええ」


 たしかに極夜の時季というのは、オーロラ観測に最適なのだが、それでも見れるかどうかは運任せになってしまう。狙って見せられるものでもないし、ここ《魔王の血涙》は曇りが多く、今日のように運良く晴れた日に、さらに運良くオーロラが出て、初めて観測できるという代物だったりする。

 最初は、幻術でオーロラ作って見せようかとも思ったのだが、それは逆効果でしかない。少なくとも、この人にはすぐバレただろうし、下手すりゃ他の人にもバレる。そうなれば……結果は火を見るよりも明らかだ。


『なぁ、ほな、アレはなんなん?』


 サージュさんの言葉が指すアレとは、今現在空に浮かんでいる、虹色のものの事だろう。僕はその問いに、淡々と答える。


「あれは、真珠母雲しんじゅぼぐもですよ」


 真珠母雲——別名、極成層圏雲きょくせいそうけんうんは、成層圏という高高度で生成された雲に、大地の影に遮られず太陽の光が当たる事で、夜でも虹色に発光する自然現象だ。その光は、まるで真珠母貝アコヤガイの内側のような色合いを帯び、実に美しい。

 この幻想的な光景に、パイモンもウェパルも見入っているが、きっと彼女たちはちょっと変わったオーロラだとしか思っていないだろう。空に虹色のものが浮いていたら、それはオーロラだと思ってしまったはずだ。今回の極夜騒動と同じように、やはり人は、なかなか先入観というものを捨てきれない生き物のようだ。

 とはいえ、僕は別にこの極成層圏雲について、詳しいわけではない。単に、極夜の時季は、オーロラと一緒に、この極成層圏雲の観察にも適しているという情報があっただけだ。


『こんな現象、聞いた事ないねんけど?』

「まぁ、珍しい現象ですからねぇ」

『そない珍しい現象が、たまたま今日見れたん?』

「……真珠母雲は、高緯度や極圏付近の、さらに寒い時期に観測される自然現象ですからね。この《魔王の血涙》という地域特性と、日が最も短くなる今という時期、そして極夜という自然現象が合わさる事で、観測できる可能性が高くなったという事でしょう……」


 もっともらしく嘯く僕だが、その口調はなんとも頼りない。それもそのはず……——


『雲……。つまりは……、……水、やよね?』

「…………」

『まぁ、水だけやなかったトコで、ありものの雲を作るんは、そない難しないよな?』

「…………」

『なぁ、そういや暗なってから、なんやらあの空飛ぶ城から、空に向かって魔法飛んで行きよった気ぃすんねんけど?』

「…………」

『これ、ホンマ自然現象・・・・なんやよね?』

「…………」


 黙秘権を行使する僕に、畳み掛けるように質問を繰り返すサージュさん。

 一つ言える事は、地球でも完全に解明されていない、オーロラという自然現象より、成層圏で雲を作るだけという真珠母雲の方が、人工的に起こすのは容易であるという事実である。


「サージュさんが言ったんですよ?」


 やや言い訳じみていると自覚しつつも、僕はそう言う。


『ほぇ?』

「庶民は無知蒙昧や、理屈より目で見たもんしか信じん、って」

『いやまぁ、言うたけど……』

「おかげで、冒険者はこの真珠母雲を肴に酒盛りを始め、商人たちはこのお祭り騒ぎや観光客が叩き出す経済効果に皮算用と、午前中までの不安が嘘のようでしょう?」

『せやなぁ……。よくもまぁ、こないよくわからんモン見せられて、よくわからんまま騒げると思うわ』

「誰も彼もが、サージュさんみたいに研究欲旺盛じゃないでしょう」

『せやかて、朝方と今で起こっとる事は、なぁーんも変わってへんねんで?』

「皆、オーロラだと思ってますからね。とはいえ僕は、今日オーロラが発生する、なんて言ってません。彼等が勝手に、勘違いしているんですよ?」

『…………』


 沈黙が痛い。しかし、この裏の意図に関してだけは、サージュさんに知られるわけにはいかない。僕は黙秘権を行使する。


『まぁ、実際にそうなってんから、そうなんやろうけど……』

「サージュさんのところの子供たちも、大喜びでしょ? 先入観を抜きにしたら、オーロラも真珠母雲も、ただ美しいだけの光景ですから」

『せやな。大喜びっちゅうか、なんでなんで言うて、センセたちを困らせとったね。特に、体育のゲイル先生は涙目やったな』

「あはは……。専門外の先生たちには、苦労をかけたかも知れませんね」

『せやで。あの知らせで、いっちゃん肝が冷えたんは、センセたちやない?』

「ボーナス出しときます……」


 たしかに、先生たちには悪い事をしたと思う。

 実を言えば、実際に真珠母雲(オーロラもどき)を見せても、迷信の方を信じる人がいる可能性はあった。いや、可能性としては、この真珠母雲すら、天変地異や天罰の予兆として騒がれる可能性だってあったのだ。

 ではなぜ、現在そうなっていないのか。


 その一番の理由が、子供たちだ。


 僕があんな言い方でソドムの町に極夜の事を伝えたのも、それが狙いだ。

 大人の当然の心理として、子供が知っている事を知らないというのは、かなり恥ずかしい。まして、あたふたと「天変地異だー、神罰だー」と取り乱しているところを、子供に「そんなのただの自然現象だよ」と冷静にツッコまれては、本当に格好悪い。

 まるで裸の王様だ。


 あの放送の後には、ソドムの町には今か今かとオーロラを待つ子供たちが現れたはずだ。その隣で、同じ空を見上げながら取り乱せる程、大人というものは体面を捨てられないのである。だから、ああいう風に言っておけば、そして実際にオーロラ(のようなもの)が観測されれば、大人たちは落ち着くしかない。落ち着かざるを得ない。

 それに、ソドムでは恐らく、極夜について先生から軽く説明を受けた子供たちが、町の大人たちにも説明している事だろう。子供というものは、得てして手に入れたものを自慢したいものなのだ。例えその知識が中途半端だったところで、いっそ聞く側が理解できなかったところで、この場合は問題ない。

 重要なのは、子供が理解できる現象である、という目に見える事実だ。


 誰よりも説得力のある説明役は、魔王ぼくでも勇者サージュさんでもなく、子供たちだったという事だろう。


 もっというと、ソドムの町で学校に通う子供たちは、この世界ではチートレベルであるところの、現代日本の義務教育を基準にした教育を受けている。極夜という自然現象を理解できるだけの下地は、整っているのである。

 とはいえ、やはりそちらの専門でなければ、極夜や白夜を知らない子供たちの方が多かったと思う。それはたぶん、教師もだ。彼等はきっと、僕が放送をした直後から子供たちに質問責めにされた事だろう。そして、子供たちに説明する為に、必死で勉強したはずだ。例え、専門外の先生でも。

 だから今回の一件を解決する上で、表の立役者が子供たちなら、影の立役者は間違いなく彼等教師陣だ。臨時ボーナスを出す事くらい、事態が悪化したときの損失を思えば、痛くも痒くもない。


 迷信からくる不安が一掃されれば、目の前に広がるのは美しいオーロラ(のようなもの)だ。冒険者にとっては最高の酒の肴であり、商人にとっては元手ゼロで手に入った最高の商材である。現在のお祭り騒ぎも、ある意味では当然だ。

 それに、さっきサージュさんにも言った通り、待ってればどうせ、そのうちオーロラも観られるだろう。そして、毎年この時期に極夜がきてオーロラ観測ができるようなら、このお祭り騒ぎは本当にオーロラ祭りになるはずだ。ならなかったとしたら、僕がそうする。そして儲ける。


 しかし、まるで子供たちを利用するような、こんなやり方、サージュさんに教えるわけにはいかないなぁ。これくらいなら許してくれそうではあるし、そうでなければ町に悪影響がでたとはいえ、サージュさんの場合はそれでも子供の方を優先しそうだし……。


『にしても、こないな解決法があるなんてなぁ……』


 感心するように呟くサージュさんの声に、僕は人知れず安堵と後ろめたさからため息を吐く。

 サージュさんには、あくまで今回の一件は『極夜はオーロラ観測に適した季節だから、商人たちは目先の利益に目が眩んで落ち着いた』と思ってもらわなくてはならない。

 まぁ、それも別に間違ってはいないんだけどね。真大陸において、観光旅行なんてできるのは、一部の富裕層のみ。つまり、この世界の観光業は、動く金が大きいのだ。

 僕は誤魔化すように口を開く。


「サージュさんのおっしゃる通りでした」

『うん? どゆコト?』

「今回の件は、沈静化させられない。なら解決するには、沈静化ではなく——加熱させるしかない。恐怖を畏怖に、無知を感動に、騒ぎを大騒ぎにして、なんとか解決を図りました」

『ああー、そう言って言えんくもないね、こん状況は』


 マイナスをプラスに変えるには、プラスを加えるより、マイナスにマイナスを掛ける方が早い。つまりはそういう事だ。

 理解できない自然現象を恐れる人々に、これはそういうものではないと説明して回るよりも、実際に美しく幻想的な光景を見せ、それが肴になり、お金になるという事を教える。しかもそれを、子供たちが教えて回る。大いなる自然や神様に対する恐怖を払拭する事はできなくとも、少し目線を変えて、畏怖させてしまうと、人は意外とその状況を受け入れる。

 その状況に甘んじた人々の欲望を、ほんの少し刺激してやれば、あとはもう思うままだ。そうすれば、人間なんてみんな、裸だろうと透明な服を着た気になってしまう。


「はぁ……。それにしても、とんだ一日だった……」

『ナハハ。まぁ、お疲れさん』

「ええ、実に疲れ————」

「キアス様ーっ!! 大変大変っ!」

「リリパットたちが、あの真珠雲はキアス様の治世に対する、神の祝福だと祭りを始めていますッ!!」

「ここんところ、しきりに不安がってたのが嘘のようですっ!!」

「というか、俺たちもあんなの初めて見ました!」


 ……ああ、そういえばここにも、外部から来た連中がいたんだった……。

 慌てて駆け寄ってくるゴブリンやオークたちを見てから、僕は夜空に浮かぶ真珠母雲を仰いで嘆息する。真珠のような虹色を帯びる、その美しい雲に、僕は固く誓いを立てる。




 もう二度と、暇だからといって文句を言ったりなんてしません。だから神様、もう少し平穏無事な休日をください。




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