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極夜騒動っ!?

「つーか、極夜があるなら白夜もあっただろ。なんで、これまで問題にならなかったんだ?」

「ビャクヤ……ですか?」


 まるで仔栗鼠のように可愛らしく小首を傾げたウェパルが、僕の言葉を反芻する。


「白夜は、極夜の逆の現象だよ。一日中、太陽が出ている現象だ」

「わぁっ! それは見てみたいですね!」

「ああ、僕も見てみたかった……。まぁ、たぶん今が冬至なんだろうから、夏至の頃にあったはずなんだ。で、おそらくその頃って、コションの部下だったやつ等が無茶苦茶やってた時期で、僕はもしかしたらオールのところにいたかも知んないんだよね……」


 夏至がいつだかわかんないから、正確な事は言えないけど。それでも見たかったなぁ、白夜……。


「ゲシ……?」

「一年で、一番日の長くなる日、かな?」

「夏ですね。そうなると、皆さん解放されて間もなくの頃ですし、気付かなかったのでは?」

「それにしたって、夕方に太陽が沈まないんだから、今と同じような騒ぎになってないのはおかしい」


 もしそんな騒ぎになっていたら、今回の極夜にもあらかじめ対策を立てるなり、告知をしておくなりできたのに。

 為政者としては、極夜でこんなにネガティブになられるんだから、白夜ではお祭り騒ぎにでもなって、景気浮揚効果をもたらしてくれなきゃ割りに合わない。だが、そんな騒動が起こったなんて話は聞いてない。


「それに……、あの……」


 恐る恐る、言いづらそうにウェパルが付け加える。


「ソドムの町は、東側にしか窓がありません。お日様が登るのは見えても、沈むのまでは見えません」

「あ……」

「夕方や夜に多少明るかった程度だと、ご主人様がなにかやっていると思って、そんなに話題にならなかったんじゃ……。夜眠って、翌朝起きたときに登っている太陽が、まさか沈んでいなかっただなんて、思いませんよ……」

「ぎゃふん……」


 たしかに……。それも、さっきウェパルが言ったように、奴隷から解放されて間もなくの住人たちだったら、ここでの生活に順応するのに忙しかっただろうから、いつもより日の出が早くて、自分が起きたときにはもう登っていた程度の話題が、僕の耳に届く事もないだろう。


「しかし、もしそうだとすれば、これは本当にマズいな……」


 極夜の反対の現象である白夜を観測していたなら、きっと今起きている事を自然現象として説明しても、比較的素直に納得してくれただろう。


「それでもやっぱり、説明するしかないか……?」

「でも……」


 僕が説明したところで、住民や商人たちが落ち着いてくれる可能性は、高くない。その懸念を、言葉にせず表情だけで訴えるウェパル。そして、それには僕も同意見だ。

 光の神の敵である魔王がなにを言ったところで、極夜を天変地異の前触れだと思っている者たちがそれに耳を貸してくれるとは思えない。宗教や迷信というものが持つ力は、ときに理屈を超越してしまう。

 これを払拭するには、僕や僕の周辺人物でないものが、彼等に説明するしかない。それも、そうとう説得力のある人物でなければ、難しいだろう。当然、僕がそれを手配する事はできない。

 そして、もし混乱が拡大すれば、僕の町は以前の似非勇者軍団が攻めてきたときよりも、はるかに危機的状況に追い込まれる事になる。


「なんとかしないと暴動や逃散につながりかねないというのに、僕がなにかをする事はできないという……。クソ……ッ!」


 今回の件で一番厄介なのが、このジレンマだ。事態の打開にはなにかをしなければならないのに、それを僕が行う事は逆効果になる。

 いっそ、天文学の基礎を、スピーカーを使ってソドムの住人たちに懇々と授業しようか。大地は丸いというところからの説明になるが、今よりはマシなんじゃないだろうか。

 いや……、多分無理だな……。

 それはつまり、天動説を地動説で打ち崩すがごとき難題だ。無論、理はこちらにある。しかし、深く浸透した宗教や学説というものは、それがどれだけ理から外れていようとも、道理を引っ込めるだけの無理となる。

 いっそ、本当に一日中町を明るく照らしてみようか? 極夜の薄暗さを打ち消すくらい、真夜中でもギンギラギンに。……絶対に逆効果だよなぁ……。


「ぬぬぬぅ……」


 本当にどうしようか……。


○●○


 相談してみた。


『ああー、その件なぁ。まー、どうあれ時間かけりゃ、大丈夫なんやない?』


 そうお気楽に述べたのは、風の勇者のサージュさんだった。


「そんな適当な……」

『こういうんは、今無理に解決せんでも、時間が解決してくれるもんなんよ。ゆーたかて、商人もいっぺんに全員いのうなるなんて、ありえへんやろ? 毎年同じ事が起こりゃ、逃げてったもんも戻ってくるよって』

「いやまぁ、言ってる事はわかりますけど……」


 たしかに、長期的な視野では、大きな問題とも言えない。いずれは、極夜という自然現象について、民衆にも膾炙する形で、天変地異や天罰ではないと知られるだろう。やがて歴史では、今日の右往左往を、笑い話として語られるのかもしれない。なんなら、杞憂みたいな言葉の語源になったりする可能性すらある。

 だがしかし、それは短期的視野に立ってみれば、決して看過できるものではないのだ。商人の逃散という問題は、経済的な損失が甚大であり、まだまだ黎明期であるこの町の今後に、かなり根深い悪影響を残しかねない。また、経済的側面からだけでなく、政治的側面からも、僕の事を快く思っていない勢力にとっては、その上げ足を取る為の千載一遇の機会となってしまう。そしてそれ等は、長期的なものの考え方に立ち返ってみても、取り返しのつくようなものではないのだ。

 世の中というものは、往々にして十引く五をしてから五足す五をしても、元には戻らないものなのである。


『まー、ウチも最近は、よくそん事を訊ねられんねん。やれ天変地異の前触れやろかとか、神様の怒りやゆうて、顔真っ青にして聞きにくんで』

「はぁ……。変に不安を助長しないでくださいよ……?」

『そんなんするかい。そもそも、時空間魔法使いの転移使いにとったら、大地が丸いなんて当然やし。それに、そんなんも知らんかったら、学者としても笑われるような事態やっちゅーねん』

「あ」


 そういえばそうだ。昔から、転移魔法があったこの世界では、遠く離れた場所では太陽の位置が違うなんて事が、昔から知られていても不思議ではない。なにより、今真大陸には、短時間で長距離を移動する術に溢れている。

 僕の放出している転移の指輪は勿論、この町にもアムハムラ王国とズヴェーリ帝国につながる転移陣がある。それに、それ等よりは多少ゆっくりした移動にはなるが、王国空運だってある。この状況で、天動説を否定し、地動説を信じさせるのは、言う程難しい事ではないのでは……?


『いや、そんなん無駄やよ?』


 しかし、そう思って提案した僕の言葉を、サージュさんは否定する。


「なぜですか?」

『そもそも、大地が丸いっちゅーんは、学者の界隈では自明の理や』


 いや、それはどうだろう。僕が知るかぎり、お偉い学者さんの著作のなかにも、どうもそういった一般常識が欠如している視点で書かれたものが出回っているように思う。学者だからといってなんでも知っているわけでも、間違った知識を覚えていないなんて事はないと思う。特に、真大陸では。

 だが僕は、それを口にして話の腰を折るような事はせず、黙ってサージュさんの話を聞く。


『これを否定して大地が平らやて説明するんなら、それを信ずるにたる証拠が必要やけど、今さら「大地は丸いんや!」ってゆーたかて、みんな「当たり前やん? やから?」ってなる。やけど、今回問題なんは、一般庶民の認識や』

「え、ええ。ですから、きちんと説明すれば……」

『はぁ……。そこんとこ、キアス君てなんか、貴族的なものの考えやよね?』


 え……?

 サージュさんにされた、思いもよらぬ人物評価に戸惑いつつ、次の言葉を聞く。


『庶民っちゅーんは、言ってまえば無知蒙昧なんやよ。商人かて、離れた場所では時差がある事は知っとうもんもおるやろうけど、そこから大地は丸い、なんちゅー考えに至るもんはそうおらん。実際に時差があんねんから、時差があるっちゅー事を知っとるだけや。それがなぜあるか、どうして時差が発生すんのかまでは気にせえへんねん』


 ウチからしたら、そんな気持ち悪い状態を放置できる神経が信じられんけどな、とぼそりと呟いてから、サージュさんは続けた。


『もし教授したトコで、仕事に役立つ知識やなし、数年も覚えとらんやろ。ちゅーか、もしかしたら商人やったら、大地が丸い事も知っとるもんもいるかも知れんで。せやけど、それと時差を繋げて考える事はほとんどあらん。商人以外の庶民に至っては、時差すら知らんのが大多数や』

「でも、だったら知識人であるサージュさんが教えれば、それが広まるんじゃ……」


 なにより、僕は魔王だから説明しても逆効果だが、勇者であるサージュさんなら、光の神の天罰説を否定するのにはもってこいだ。さらに、サージュさんは学者でもある。勇者の信頼と、学者の権威、その二つを併せ持ったサージュさんの言葉なら、この混乱を収められるのではと考えたのだが、当の彼女はその考えを否定する。


『いやいや。せやから、そこが貴族的な考えやって言ってんねん』


……どういう事だろう?


『この問題て、たしかに元は庶民の無教養に端を発しとるけど、最終的には天変地異やったり天罰やったり、人知を超越したモンの襲来を怖れとるんやろ? そこに出てって、天変地異でも神罰でもない、ただの自然現象やっていうても信じられへんて。ウチ等学者かて、大いなる自然や全知と全能の神さんの事を、全て知っとるわけやないやから』


……なるほど。たしかに、さっきも思ったが、学者だからといって、なんでも知っているわけじゃないし、間違わないわけじゃない。特に、オカルト関連の事で学者が口を出しても、あまりいい結果にはならないだろう。


『不確かな学者なんぞの言葉より、目の前で起きとる超常的な現象に心囚われ、不安に駆られるんは避けられんよ。そんとき、ウチ等には、ウチ等の言っとる事こそが正しいと、証明する方法がないんよ』

「いえ、それはあるんじゃ……」

『ないよ。なんせ、向こうにはは基礎的な知識がないねんで? どっから説明すればええのかわからんし、学問っちゅーんは総合的かつ多角的に得な、途中でわっけわからんくなる。ポンと結論だけ教えても、この場合は意味ないんよ』


 そういう事か……。


『大地が丸いゆーて知って、それでなんで時差が生まれるのかが、たぶん庶民にはわからん。そっから、なんで季節があって、夏と冬の日の長さが違う理由をやって、大地の回転という概念を教え込んでから、ようやく時差について説明できる。場所によって、一日中太陽が出てたり隠れたりするんを説明するんは、さらにこのあとやね。一から説明すんなら、専門知識だけに絞るにしても、最低一月二月は授業せな』

「おぅ、のぅ……」

『相手が、当然のようにある程度の学を修めてるっちゅう考えが、貴族的やって事』

「ぎゃふん……」


 それは、貴族的なのではなく、現代日本的なだけです……。よく考えたら、地球における義務教育の知識ってやつは、異世界においてはどんなチートよりもチートの汚名にふさわしいズルだ。言ってしまえば、知識のオーパーツである。そんなものを、当然のように誰でも持っているという感覚でいたら、たしかに一般的認識とは乖離してしまうかも知れない。

 ともあれ、本日二度目のぎゃふんがでて、いよいよ状況は手詰まりのように思えた。

 僕の勢力下にない知識人の説得すら無意味となると、本当に打つ手がないぞ……。サージュさんの言うように、時間が解決してくれるのを待つしかない。僕にできるのは、一刻も早く極夜が自然現象であるという事が広まるよう、あちこちで言いふらす程度の事しかない……。


『やからまぁ、結局のところ、事態を迅速に沈静化させるゆーんは、今の状況じゃ難しいっちゅうこっちゃ』

「ええ、そのようですね……。たしかに無理でしょう……」

『なんせ、一日中夜になるんやしね。そらインパクトある光景やわ』

「……」

『神さんの仕業言われて、信じてまうのも仕方ないこっちゃ。実際、ウチも初めて見るよって、キアス君には悪いけど、ものっそいワクワクしてんねん。地学関連は専門外やねんけど、いち学者として、こういう珍しい自然現象を観察するんは有意義やろ』


 ん……?


『ちゅーかまぁ、魔法学ゆーんも一種の自然科学やし、これも仕事のうちや。北方には北方ならではの自然現象があんねんから、それを観測するんは、やっぱり楽しみ————』


「あ————!」


 サージュさんの声を遮って奇声をあげた僕に、パイモンとウェパルの視線が刺さる。もしここにサージュさんがいれば、きっと彼女たちと同じ視線を僕に突き刺した事だろう。

 しかし、僕にはその視線に頓着している暇はない。

 考えろ。いや、考えるな。僕はそれ程頭のいい人間ではない。ただ、思い出せ。

 一日中夜。インパクト。自然科学。ワクワクしてる。自然現象。観察。北方ならでは。地球。楽しみ。


「いや、これじゃあまだ確実とは……」


 この案の成功率は高いと思う。しかし、やはりそれでも、一抹の不安が残る。もっとこう……、確実に人々を落ち着ける為の一手を、ここに加えたい……。


「なら……、……大人・・に対する、不可避攻撃で攻めるしかないか……」


 名付けて、裸の王様的解決法——かな?



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