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驚天動地の天変地異っ!?

 さて、仕事をしていると、往々にして思わぬタイミングでぽっかりと予定が空いてしまう、という事態が発生する。今の僕がまさにそうだ。


 レライエに、無理を言って護衛要員の選抜をさせている以上、その前に出発するわけにもいかない。あのポンコツ魔王二人の無能ぶりを確認しただけの、無為な一日を送らざるをえないのが、今の僕の状況だ。

 いつもなら、こういった余暇には、趣味の鍛冶をして過ごすのだが、残念ながらここにはその為の設備がない。今度、造っておこう。

 そんなわけで、天空風呂で朝風呂を堪能したら、もうする事がない。事務仕事を手伝おうにも、軍権を全部レライエに与えている以上、下手に僕が軍事に関わると、レライエの下に僕が位置する事になる。強権を発動して、一時定期にレライエから軍権を移す事もできなくはないのだが、統帥権を軽々に動かすのはよくない。少なくとも、ただの暇潰し程度で変えるべきではないだろう。


「はぁ……。観光しようにも、あるのはただの平原と曇り空。自然豊かという言葉で表せば聞こえはいいが、こんな光景は真大陸でも魔大陸でも珍しくない」


 魔大陸ならではの動植物はいるのだが、場所が平原ではそれも難しい。なにより、魔大陸の珍しい動植物は、基本的に危険性も高い。植物だけをとってみても、食肉植物や、麻薬じみた幻覚作用のある胞子や香りを発するもの、もっと直接的に毒を撒き散らしているもの、珍しいところでは身の危険を感じると爆発するものまである。


「あのシルフのいた森も、敵勢力圏下だからなぁ……」


 シルフを仲間に加えるつもりはないが、精霊がいる森というのは、基本的に植物が豊かなのだ。シルフに許可を得られれば、現地挑発として採集をするのも手だ。とはいえ、なにが勘気に触れるかもわからない。触らぬ神に祟りなしだ。自軍に加えるなど、いつ爆発するかもわからない核爆弾を、適当に放っておくようなものだ。


「しかし、そうなると本当に、する事がない……」


 休暇として体と心を休めるのもいいだろうが、なにもする事がない方が、個人的には落ち着かない。真大陸に戻って商人をしようにも、みんなが戦争で忙しいときに、僕だけ商いをして楽しむのも心苦しい。それに、そろそろパイモン商会も、僕がいなくても回るようでなくては、色々と困るだろう。


「まったく、やる事がないというのは、なんかこう……、ソワソワするというか、イライラするというか……。悪影響は承知で軍権の一部を委譲させるか……? 戦務の一部だけなら、僕が加わっても問題ない……かなぁ……?」


 物資管理に口を出すくらいなら——……いや、ダメだな……。効率を考えれば、魔族に任せるより僕がやった方が早いんだけど、やっぱりどう見ても、僕がレライエの部下になってしまう。なにより、僕が口を出せば確実にその意見が通ってしまう以上、指揮系統が混乱する。そうなれば、効率の面でも最悪だ。


「結局、できる事がないって事か…………」


 むしろ、僕がここで変に動く方が、軍にとってよろしくない事態である。

——と、頭を捻りつつも、現状を打開する策を思いつけないでいた僕のところに、急報が届いた。


『ご、ご主人しゃまっ! た、たたた大変ですっ!』


 イヤリングから聞こえてきたのは、ウェパルの声だ。ひどく慌てたその様子に、僕は余程の事が起こったのだと察しつつ、応答する。


「どうした?」

『て、ててて、天変地異です!? 大変なのです!!』

「落ち着け。いいか? 一回深呼吸するんだ。はい、吸ってー、吐いてー」

『すー、はー』

「落ち着いた?」

『は、はい……。ごめんなさい……』

「ん。じゃあ、なにがあったかを、できるだけ端的に教えてくれ」

『は、はいっ!』


 なんとか落ち着いたウェパルの様子に、僕も一安心で次の言葉を待つ。この様子では、少なくともなにかがあったのは事実なのだろう。であればこそ、連絡は迅速かつ正確に。


『て、天変地異です……。お日様の動きがおかしいって、冒険者さんや住人の人たちの中からも声が上がってて……。特に、商人の方々が怖がってるんです』

「太陽の動き……?」


 それはたしかに気になるところだ……。僕は天空都市から空を見上げる。そこにある太陽には、特段変わった様子はない。

 まぁ、よく考えたら異世界だから、自然現象も地球と同じとは限らないし、皆既日食なんかも観測場所次第では、大した変化は観測できないと聞く。

 とはいえ、高価なマジックアイテム以外に時計がない真大陸では、太陽は多くの人が共有する時計の代わりだ。その観測に慣れた冒険者や住人たちが騒いでいる以上、やはり常ならざる事が起こっているのだろう。

 ちなみに、ソドムの町には時計塔があるので、太陽を見なくても時間がわかる。というか、東側にしか窓がないので、午前中しか太陽が見えない。


「で、どんな風に変だって?」

『……ええっと……、なんだっけ……。たしか、ここ最近ずっと太陽がおかしくて……。みなさん、天変地異の前触れだって恐れてて……。商人さんはもしかしたら、出てっちゃうかもって……』

「うーん……」


 やっぱり、ウェパルの説明では要領を得ない……。まぁ、仕方がない。なんだかんだで働いてもらっているけど、ウェパルはまだまだ子供なのだ。大人と遜色のない仕事ぶりを要求する方が間違っている。

 これは、一度戻ってみた方がいいかもしれない。戦争をほっぽって商売に精を出すのは良くないけど、天変地異の前兆が観測されたなら、住人たちの不安を払拭するのも魔王の仕事だろう。

 うん、緊急時だから、仕方ないよね。別に、する事がなかったからって、渡りに船とばかりに飛びついたわけじゃないよ?


「よし! 僕はこれから転移の指輪を使って、一度神殿に戻る。ウェパルも、一度神殿に戻っておいてくれ。なにかがあった際、あそこが一番安全だ」

『はいっ!』


 ウェパルの元気のいい返事を聞き、イヤリングの通信を切ると、別のイヤリングを取り出す。レライエに、《魔王の血涙》の方で問題が起きたので一度戻ると、断りを入れておかないといけないのだ。もし、なんの連絡もなく魔王がいなくなったら、まるで逃げ出したかのように見え、士気が急降下しかねない。


 連絡を終え、護衛としてパイモンたちを連れて神殿へと転移する。リビングにはウェパルが戻っていたが、他にひと気はない。まぁ、僕等が揃って不在なので、人がいないのは当たり前か。


「で、ウェパル。なにがあったんだ?」

「えっと……——」


 たどたどしい口調のウェパルから説明を受けるも、やはり要領を得ない。ならば、この神殿付近に住んでいる住人たちから聞いた方が早いだろう。ソドムの町から観測できた天変地異なら、こちらでも観測できるはずだ。住民たちも、さぞ不安に怯えているだろう。と、思ったのだが……——


「いつも通りだな……」

「は、はいぃ……」


 そこでは、本当にいつも通り、仕事に励む住人たちがいるだけだった。浄水場やそこで作られる塩関連の仕事をする住人や、農業に勤しむ住人たち。そこには、天変地異に怯えている様子はない。

 その、あまりにもいつも通りすぎる日常風景に、ウェパルの方が肩身が狭そうだ。まぁ、大変だ、大事件だと大騒ぎして僕を呼び寄せた結果がこの長閑な風景では、焦るのもわかる。


「まぁ、ここは僕の造ったダンジョンの最奥だからな。それでみんな、なにがあっても安心と思ってるのかもしれない」


 だとすれば、少々問題だ。自然災害には、適度な危機感を持ち続けた方がいい。元は災害大国の出身者として、ここは苦言を呈しておくべきだろう。

 僕は、ちょうど通りかかったゴブリンの男に話しかける。


「ちょっといいか?」

「おや、キアス様。お帰りなさいませ」

「うん、ただいま。ところで、最近なんか変わった事はないか?」

「変わった事ですかい?」


 そのゴブリンの男は首を傾げ、癖なのかその大きな鼻をコリコリとかいてから周囲を見回すと、まっすぐと僕を見つめて口を開く。


「いいえ。キアス様の御膝元で守られてからというもの、ずっと平穏無事な毎日です。本当にありがたいこってす」

「そうか……。どんな些細な事でもいいぞ。なんでも、最近太陽の様子がおかしいって話だが……」

「太陽ですかい?」


 そう言って太陽を見上げるゴブリンだが、やはり彼にこれといって焦った様子は見られない。


「別に……例年通りの場所にあるように見えますが……」

「そっか。うん、仕事の邪魔をして悪かったね。戻っていいよ」

「いえいえ、キアス様のお顔を見れて、今日はいっそう仕事に励めるってもんでさぁ!」


 そう言って意気揚々と畑仕事に戻っていくゴブリンには、本当に怯えや焦りといった様子はない。もし僕のダンジョンに頼っているにしても、ここまで平然としているのはおかしいし、そもそも天変地異の前兆そのものを察していない様子だ。


「ご、ごめんなさい……、ご主人様……。あの……、ぅ、ウェパルの、勘違いだったかも、しれないです……」


 今にも消え入りそうな声で、涙目のウェパルが頭を下げる。まぁ、大山鳴動して鼠一匹ともなれば、大騒ぎしてしまった側が萎縮してしまうのも当然だろう。それで、目上の人間の予定を狂わせてしまったともなれば、なおさらだ。


「とはいえ、ソドムの住人たちが慌ててたのは事実なんだろう?」

「は、はい……。あの……、でも……」


 あ、すっかりウェパルが自信をなくしちゃってる。これはよくない。

 ウェパルには、ソドムの町の住人たちの動向を報告する仕事を任せているのだから、小さな事でも知らせてくれたのは、彼女の職責を全うしているという事なのだ。だというのに、これではウェパルの仕事に瑕疵があったかのようではないか。

 もしこれで、ウェパルが「この程度の事は報告するまでもないかもしれない……」なんて思って報告が滞るような事になれば、ソドムの町の住民や冒険者たちの様子に変化があっても、それに気付きにくくなってしまうだろう。

 ここはなんとしても、ウェパルの報告に意味があったのだと納得させなくては! と、思ったのだが、僕のその意気込みは、すぐに無用となった。


「いえ、ウェパル、あなたの報告は間違っていません。キアス様、私も、この太陽はおかしいと思います」


 そう言ったのは、僕のところに来るまでは旅人をしていたパイモンだった。


「どうおかしいんだい?」

「時間的に考えて、あの場所では太陽の位置が低すぎます。この時間帯にあの位置では、下手をすれば午後の早い時間帯には、太陽が沈んでしまうのではないでしょうか?」

「なるほど……」


 よく見て見れば、たしかにそろそろ昼という時間帯にしては、太陽の位置が低いように思う。

 まぁ、普段からあまり太陽の位置を意識してないので、確実な事は言えないが……。もしここで、パイモンが「あ、やっぱりいつも通りの場所にあります」と言われれば、納得してしまう程度の違和感だ。

 ただ、よく考えると、曇っていた戦地と違って晴れているここが、戦地と同じくらい薄暗いのはちょっとおかしい。まるで、もう夕暮れ間近と言わんばかりの空模様だ。

——……でもまぁ、これって————


「ただの極夜じゃん……」


 極夜というのは、言ってしまえば白夜の逆の自然現象だ。日照時間が極端に短くなったり、一日中太陽が登らなかったりする、地球でも極点付近では毎年起こる現象である。


「キョクヤ……ですか……?」

「慌てなくても、別になんの害もないよ。太陽が登らなくなるだけ」

「た、たた、太陽が登らなくなるんでしゅかっ!? た、大変じゃないですかっ!」


 僕の言葉に、パイモンではなくウェパルが慌てだした。


「か、かか神様が怒ってるんでしょうか!? もしも太陽がなくなったら、みんな困りますよぉっ!?」

「落ち着け、ウェパル」

「ご主人様、もしかしたら光の神様が怒っているんですか!? まさか、光の神様がご主人様を罰しようとしているのでしょうかっ!?」

「ああ、なるほど……」


 ソドムの町で起こっている騒動がどういうものか、なんとなくわかった……。なるほど、宗教的に考えれば、僕がアヴィ教の光の神とやらの逆鱗に触れて、罰を受ける前兆に見えかねないと……。うわぁ……。


「真大陸でも魔大陸でも、基本的には冬には日が短くなるだろう。極夜というのは、その変化が極端になったものだ」

「で、でもでも! どんなに日が短くなっても、普通は太陽が登らない事なんてありませんよぉ!」


 ああ、どうしよう……。極夜だと気付いたときには思いもよらなかった事態に、僕はだんだん焦り始めていた。

 大地が球形なのだから、場所によっては太陽の見え方や、時間の進み方が違うというのは、僕にとっては自明の事だ。だが、おそらくそれを説明しても、ウェパルやソドムの住人たちには通じないだろう。僕が真大陸で商人をしつつ、魔大陸で魔王ができるのも、真大陸と魔大陸では太陽の出ている時間帯が違うからだというのに……。

 とはいえ、ウェパルや住人たちがそれを知らないのも無理はない。真大陸でも、学者なら大地が丸いという事を知っている者もいるのだが、庶民がそれを知る機会というものは限られる。それこそ、庶民の中では知識人である事の多い商人ですら、知らない者が大半だろう。

 だが、真大陸でも北方に位置する国の出身であれば、冬に日照時間が短くなるのは自明だし、アムハムラ王国くらいの北緯なら冬至における日照時間はここ《魔王の血涙》と大きく違わないだろう。

 しかし、今ソドムの町には真大陸各地から商人が集まっているうえ、解放した奴隷たちの出身もバラバラだ。北部出身者が、どれだけこれは普通の事だと言っても、中部や南部出身者が、極端に日照時間が短いという事態を不安に感じるのは避けられない。

 これは、王国空運の登場によって性急にグローバル化が進んだ弊害ともいえる。

 なにより、いくら北部出身者でも、本当に太陽が登らなかったりしたら同じように騒ぎ出すかもしれない。もしそうなれば、いよいよ混乱に拍車がかかり、歯止めが効かなくなるだろう。


「やばいな……。なにか対策をしないと、混乱から暴動になりかねない……」

「キアス様、キョクヤというものを説明してやれば、混乱は治るのでは?」

「いや……」


 パイモンが言う、至極真っ当な意見に、しかし僕は首を振る。

 問題は、宗教や迷信というものが持つ力が、真大陸では大きするぎるという点なのだ。たしかにパイモンの言う事はもっともであり、論理的にはそれが正しい。だが、その説明を聞く方に、論理を理解できるだけの平常心がなければ、焼け石に水である。


「あ、あの……、そのキョクヤというものは、天変地異の前触れじゃないんですか……?」


 恐る恐るといった様子で、ウェパルが僕を見上げてくる。その不安を少しでも和らげるように、僕は笑顔で答えてやる。


「ああ。極夜というのは、地理的な問題で太陽が見えなくなっているだけで、別の場所では普通に太陽が登る。さっきのゴブリンが、太陽は例年通りの位置にあると言っただろう? あれは、この《魔王の血涙》では毎年あの位置に太陽があるという事だ。でも、ウェパルは今まで、太陽が登らない、なんて話は聞いた事がなかったんだろう?」

「は、はい! そういえば、ギギーさんも、いつも通りって言ってましたね! それに、ご主人様が神様から罰を受けるなんて事、ありえませんよね! じゃ、じゃあ、大丈夫なんですよね! ……で、でもぉ……」

「ああ、それを、極夜を初めて経験する者たちに説明するのは、難しい……」


 魔大陸側の城壁都市であるゴモラなら、住人は元はコションの縄張りから引っ張ってきた北部出身者なので、説明はたやすいだろう。なにより、魔王である僕が『そうだ』と言えば、基本的には『そうなのか』と納得するのが魔族である。彼等は基本、おバカさんなのだ。

 だが、真大陸全土にアヴィ教という宗教が広まっている状況で、その敵であるところの魔王ぼくがなにを言ったところで、人間である彼等の不安を払拭するのは難しい。


 さて、どうしようか…………。




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