空の街と大歓迎っ!?
「アムドゥスキアス様、御来訪————!!」
天空都市に転移してきた僕たちを迎えたのは、怒声のような音量で僕の訪れを告げる声と、それに続いて鳴り響いた歓声だった。
「……すごい歓迎だな……」
まさに、手厚い出迎えだ。
人種——といっていいのかどうか——種々雑多な魔族や幻獣種が、転移してきた僕たちに向けて、騒音紛いの大声を上げている。対処に困るのは、彼等のこの声が、僕に対するポジティブな感情によるものなので、対処しづらい点だろう。
人型の者。四本足の者。足のない者。腕が二本以上ある者。逆に全くない者。翼のある者。鰭のある者。鱗のある者。ホント、魔大陸の住人ってやつは、実にバラエティに富んだ外見を持つものが多い。肌の色なんて、二色以上の混色でなければもはや地味だし、毛皮で覆われた者も多い。
正直、いまだに魔族と魔物の違いが、イマイチわからない……。
そんな、怪物博覧会と化したこの場の中心にいるのは、ノーマルを絵に描いたような僕だった。
まぁ、それも仕方のない事だ。僕はこの天空都市の製作者であり、彼等は第十三魔王軍であり、つまり僕は、彼等の仰ぐ王様なのだ。ちょっと行ったり来たりする事が、いちいち大事になってしまう。フットワークが重くなってしまうという事は、実に実に由々しき事態である。
「それにしたって、僕が来たくらいの事で仕事の手を休めないでほしいってのは、雇用者として呈しておきたい苦言ではあるよなぁ……」
僕が彼等の上司だというのなら、今すぐ仕事に戻れと命令しているところだ。もしウチの商会で、僕が来たというだけの事で商談を止めるようなやつがいたら、そいつにはしばらく閑職を担ってもらわなくてはならない。
だが、残念ながら軍は基本的に、僕の管轄ではない。その軍権を与えているレライエは、僕の言葉に涼しい顔でこう返す。
「いいえ、キアス様。キアス様の御行幸を賜われて、彼等も喜んでおりまする。きっと今後は、仕事が捗る事しきりでございましょう」
「えー……」
そういうもん? これっていわば、現場に社長とか会長とかが来たようなもんでしょ? そんなんでやる気になるとか、ないでしょ?
しかしレライエは、僕の考えを否定する。
「キアス様は彼等の支配者でございます。であれば、こうしてその働きを御照覧いただく機会を賜われた事は、まさしく僥倖。自らの仕事が、キアス様の覇道の礎となっているという実感は、彼等兵士たちの意欲を掻き立て、英気を養えましょう」
「そこんところ、よくわかんないんだよなぁ……」
大企業に勤めているからって、自社の社長だの会長が大富豪番付に名を連ねる事を、自分の事のように誇れるだろうか。まして、そういった目上の人間に、自分の仕事を視察されるという状況は、ネガティブな感情を煽る事はあっても、ポジティブな感情を生み出せるとは思えない。
「まぁ、別に損のある事じゃないから、いいんだけどね」
「はい。キアス様のお時間をいただく事を思えば、そうそう使える手ではございませぬが、見込める効果と必要とされる経費を鑑みれば、実に効率のいい福利厚生かと」
それもそうだな。彼等が治安維持に邁進してくれる事で、僕の縄張りは今まで平穏無事でこれたのだ。明確な法整備と、厳格な法治を維持できたのは、彼等の働きあってこそである。
「そう考えると、この程度の福利厚生じゃ足りないか……?」
このままでは、ブラック企業の誹りを免れないのではないか? まずいな……。ウチの縄張りがブラック国なんて評判は、コンプラインス的に看過できん。
「キアス様?」
「ふむ……。この戦争が終わったら——」
「——キアス様っ!!」
戦後にはボーナスでも支給しようと言おうとした僕の言葉を、レライエが慌てて止めに入る。
「キアス様……。どうぞ、その先はおっしゃられませぬよう……。古今、戦中に戦後を語るは、縁起の悪き事この上なしと、相場は決まっておりまする……」
「ああ、たしかに……」
そういえばそうか。話の内容はともかく、あからさまな死亡フラグを立てるところだった。まぁ、被雇用者の福利厚生を論じた程度で死亡フラグが立つかどうかは、流石に議論の割れるところだろうが。それでもまぁ、縁起が悪い事は、しないに限る。
「じゃあまぁ、後の事は後に回すとして……。……もうそろそろ、ここ離れてもいい?」
僕等はいまだ、歓声のただ中にいた。
「そうですね、そろそろよろしいかと。では、参りましょう」
レライエがそう言って、僕等を先導して歩き始める。僕も他の面々も、そろって安堵の息を吐いた。居心地の悪い事この上ない場所だった……。
「はぁ……。魔王も楽じゃないよ……」
「支配者とは、そういうものでございます」
「オールも?」
「…………」
笑顔のまま、沈黙を保つレライエに連れられ、僕等は大きな施設へ足を踏み入れた。
背後からは、鳴り止まぬ歓声がまだ聞こえていた。
●○●
天空迷宮は、基本的に二つの管区に分かれている。行政管区と、軍管区である。行政管区では、主に商業が行われ、希望者は居住も可能である。とはいえ、この天空都市は基本的に、タンカーや貨物列車のような、大物資を移動させる役割を担っているので、大抵の者は定住しない。
軍管区はその名の通り、軍が管轄する領域だ。一般人が許可なく侵入すると、ごめんなさいではすまない場所である。
天空都市という町の成り立ちは、僕がガナッシュ公国との戦争の為に造ったという経緯があるので、基本的な前提が、戦争用の兵器としての町なのである。ただ、だからといって戦にしか利用しないのでは、芸がない。というか、維持が大変なので、普段は商用に使っているのだ。
軍管区のどこになにがあるかというのは、実は僕はそこまで詳しくない。知ってるとすれば、レライエとフォルネゥスだけだろう。
造った張本人がそれでいいのかという指摘もあるだろうが、造った当初のハリボテじみた天空都市と、今の天空都市を同列に語られては困る。既に、生みの親である僕の想像を超える程、天空都市は成長しているのだ。
とかなんとか言っておけば、僕の職務怠慢も誤魔化せるのではないだろうか。
「とはいえ、こんな部屋があったんだな……」
僕等がいるのは、軍管区という厳格そうな名称とは裏腹に、絢爛という言葉がふさわしい、豪華な内装の部屋だった。これまで見てきた軍管区の外見は、質実剛健というか、無駄のないといえば聞こえのいいような、飾りを一切排した無味乾燥な場所ばかりだっただけに、この部屋は一層華美に見える。
室内を飾っているのは、魔大陸ではそうそうお目にかかれない、精緻で繊細な技巧の粋を凝らした芸術品の数々である。……まぁ、全部以前の贋金騒動でかっ払ってきたものだが……。
「ここは、叙勲の際にも使われる応接室でございますれば、やはり見栄えは重要かと」
「ああ、そういう事」
まぁ、それもそうだよな。表彰するときは、きちんと雰囲気を作らないと、表彰される人が可哀想だ。『勲章ですよー』とか言われて、その他の手紙なんかと一緒に『ぺいっ』と渡されたら、ありがたみも薄れるってものだ。
「でも応接室って、ここって基本、部外者立ち入り禁止でしょ?」
客を応接する必要もない軍管区に、応接室とはこれいかに?
「はい。しかしながら、軍内部の者であっても、地位の高いものはそれなりに礼遇しなくては規律を保てませぬ」
「偉いやつは、偉ぶれって?」
「端的に申し上げるならば、その通りかと」
「まぁ、わからないでもない話か」
偉い人が、いつも金欠でヒーヒー言ってるような職場があれば、誰がその地位に就く事を願うというのか。出世欲の減衰は、そのまま仕事に対する意欲の減衰にもつながる。また、悪い事を考えてる者にとっては、困窮する地位の高い者など、付け込んでくれと言わんばかりの弱味である。さらに、周囲に対しても悪印象この上ない。まさに、百害あって一利なし。偉い人が偉ぶっているのには、それなりの理由があるという事だ。
……って、そう考えると、僕ってかなりヤバくね? 威厳とか、欠片もないよ……。
「まぁいいや」
とりあえず、その一言で片付ける。そんな事よりも、今は今後についてである。
「レライエ。現状の報告を」
「は。本日我が軍は、敵補給部隊を急襲、潰走させました。詳しい戦果に関しましては、後程正確な数字を御報告いたしますが、損害に関しては既にこちらに記しております」
そう言って、一枚の書類を僕の前へと差し出すレライエ。
いつの間に用意してたの? 君、ずっと僕たちと一緒にいたでしょ?
まぁ、レライエが有能なのは以前からなので、とりあえずこれもスルーしとこう。書類の内容に目を通し、今回の奇襲でのウチの損害を確認する。
「えっと……。人的損害は、死者ゼロ。重軽傷者は多数なれど、既に回復済み。いつでも戦線復帰可能。物資の消費も……特に目立ったものはないな。許容範囲内だ」
転移に必要な指輪だの腕輪だのを少々使ったが、これは僕が補充可能なものであり、その他は食料くらいしか大きく消費していない。その他の、細々としたものは減っているが、全て想定の範囲内である。
「そんで戦果は、単純な勝利に加え、敵の補給路を分断、元第七魔王軍の将を含む捕虜多数か……。文句のつけようのない、完璧な仕事だな」
「お褒めに預かり、恐悦至極に存じまする」
「いやいや、こんな褒め言葉じゃ足りないさ。きちんと褒賞は出さないと」
商人であろうと武人であろうと、信賞必罰は世の常だ。
「とはいえ、ありきたりだけどご褒美はお金でいい? 他って、ちょっと思いつかないし」
ここが真大陸なら、領地や爵位を与えて褒美にするって事もできるんだけど、残念ながらここは魔大陸なのだ。
僕の領地は基本、全部僕のものという事になってて、レライエに与えたりすると、いろいろと問題が噴出するだろう。地位に関しても、レライエは既に僕の幕営では、ほぼ最高位に就いている。結局、お金ぐらいしか報いるものがない。
「勿体なくも有難く、賜らせていただきまする」
「ああ、ただ、賞勲局には新しい勲章を作る用意をさせといて。最高位のやつね」
「はて?」
「今回の君の功績は、とても余人に真似のできる事じゃない。これで君に、今の最高位の勲章を与えちゃうと、もうその勲章、他の人が受勲できなくなっちゃうからね」
「なるほど。承りました」
「あとその勲章、滅多に渡すものじゃないし、僕が手作りしたいと思うんだけど、いいかな?」
「なんとなんと! なによりの御褒美にございます!」
うん、まぁ、喜んでくれるなら僕としても嬉しいよ。
「さて、じゃあ報告は以上?」
「そうですね。あとは、今後の予定についてでございますが、それは今でなくともよろしいかと……。明日、第九魔王サンジュ様、第十二魔王プワソン様を交えての方が、手間も省けます」
「そうだね。一応、今回矢面に立つのは、あいつ等なんだし」
「既に、趨勢は決しておりますが……」
「それでもさ。さて、じゃあ今日のお仕事は終わりだね?」
「左様でございます」
「よし! じゃあ、風呂だ!」
終業=風呂の時間だ。なんの矛盾もない、完璧な理論である。
天空迷宮に造ったのって、どんな風呂だっけ?