子供たちの戦争っ!?
「えっと……、これはどういう……?」
「僕が聞きたいよ……」
左手にシルフ、右手にアンダインというこの状況を、無関係の第三者が見たらどう分析するのだろう? この、当人である僕ですら、よくわからない状況を。答えは、目の前で眉をハの字にしているパイモンが知っていると思う。
せっかく穏便に収まりそうだったシルフとの対峙は、どこかのお風呂の精霊のせいで、一時は一触即発の状態にまで陥った。精霊魔法を使ってシルフの機嫌を取りつつ、なぜかそれに怒り出したフルフルを宥め、フルフルにも精霊魔法を使って魔力を分け与え、その後ねだられてもう一度シルフにというやり取りを何度も繰り返した。
大変だったのは、僕の魔法能力が最底辺なので、少しずつしか魔法を使えないという事だった。この場合、魔力量そのものは多いというのが、いっそう不幸だった……。いつまでたっても終わらない……。
そして、今現在もその状態なのである。今はシルフの番。
「キアス! フルフルはキアスの仲間なの! こんな不透明なのより、もっといっぱい魔力をもらうの!」
「そう言うなって。たしかに僕等のせいで迷惑をかけたんだから、このくらいの詫びで勘弁してもらえるなら、むしろ御の字なんだよ」
レライエがやった事とはいえ、僕の第十三魔王軍が、第八魔王軍を追い詰め、シルフの領域へと追いやったのは事実だ。迷惑をかけたのだから、迷惑料くらい払う程度の常識は、戦時中であろうと持っておきたい。
むしろ、この状況でフルフルにまで魔力を与えなきゃいけない理由の方が、僕にはちょっと見当付かない。
「…………」
そんな騒ぎは我関せずと、黙々と僕の手のひらから魔力を得て、魔法へと変換するシルフ。このシルフは、どうやらかなり無口な性分らしい。静かでよろしい。どこかのお風呂の精霊も、普段からこれくらい静かだったらよかったのに。
「キアス! 今、なんかひどい事考えたの!?」
「考えてないよ。フルフルは今日も可愛いなぁ」
「そ、そう? えへへーなの」
チョロい。流石、知能が子供並みである。まぁ、精霊たちの小競り合いなんて、この辺でいいだろう。僕は正面に向き直ると、まっすぐパイモンを見つめる。
「お疲れ様、パイモン。怪我はないかい?」
「はい、大丈夫です。キアス様こそ、お体の方は大丈夫ですか?」
「うん、僕は大丈夫。元々、怪我の治りが早い体質だしね」
「それでも、ご自愛ください」
「ん、ありがと」
こうして面と向かってパイモンと話すのは、なんだか久しぶりな気がする。どうにもぎこちない感じが拭えないな。だが、やはり怪我をしていないか、危ない事をしていないかは気になる。見た感じ、大きな怪我もなさそうだが、戦をしていたのだから、服や鎧もあちこち汚れていた。それだけで、彼女が後方で安穏と、戦を眺めていただけではないとわかる。むしろ、最前線で戦っていそうで、本当に心配だ。
「パイモンが左翼を担ってたからこそ、こうして持ちこたえられたってのはわかるんだけど、レライエもどうしてこんな危ない橋を渡らせたんだ?」
ついつい心配性な文句を言ってしまうが、それに対してパイモンは首を傾げる。
「危ない橋、ですか? 私とフルフル、それにマルコとミュルもこちらにいましたが?」
「…………」
うん、そう聞くと今度は、戦力過剰のような気がしてきたな。特にフルフルとミュルは。パイモンとマルコは、その能力が対人に特化したものだが、前述の二人は多数を相手にしても有効な能力を有している。例えるなら、パイモンとマルコが伝説に語られる武人で、フルフルとミュルは戦略兵器と生物兵器だ。
「マスタ!」
「ましたましたましたましたぁー!!」
噂をすれば影。真っ赤なモヒカンのマルコと、毒々しいピンクツインテールのミュルが駆け寄ってきた。
「おお、マルコ&ミュル。元気だったか?」
「うん、マルコ、元気! いっぱいいっぱい戦った!」
「ました、なでなで? なでなで?」
「相変わらず、あざとい可愛さだな、ミュルは」
苦笑しつつ、要求通りにミュルの頭を、右手で撫でる。それを見て唇を尖らせたマルコの頭も撫でておく。右手で。今までフルフルに掴まれてた方の手を離した事により、今度はフルフルが頬を膨らませる。そんなに不満そうな目で睨まれたって、左手はシルフに魔力を与えるのに使っているんだから、どうしようもないだろう。
誰か、この幼稚園をなんとかしてくれ……。
「マルコもミュルも、怪我はないか?」
「ん! マルコ、いっぱい戦った。でも、怪我、ない!」
「ミュルも、怪我ないよ」
この二人は、能力がピーキーであるがゆえに、安定的な強さがない。だからこその心配だったのだが、どうやら大丈夫だったようだ。
「キアス様、主だった強者は私とフルフルで相手をしました。なので、マルコとミュルはそこまでの手練れとは戦っていません。今回の戦においては、マルコとミュルの経験を積ませるのは、少々難しいかと……」
少し困ったような表情で、パイモンが進言してくる。だが、その意図するところはよくわからない。
「なんで、マルコとミュルに経験を積ませるのが難しいんだい? 適当な強さの敵だっているだろうに」
「それが……、マルコとミュルは、その有り余る闘争心から、敵を深追いする癖がありまして……」
「ああ、なるほど……。それはたしかに、経験豊富な敵将とは戦わせられないな」
ある程度戦慣れした者にとったら、マルコとミュルは討ち取りやすい猪武者という事か。それでも、フルフルやレライエみたいに突出した能力があるなら、あえて術中にとびこんで策を破綻させるという手も取れるのだが、流石にマルコとミュルはそこまでの化け物ではない。第八魔王軍の中には、元第七魔王軍の経験豊富な武将も数多いそうだしね。
「むー…………。マルコ、ちゃんと強いよ?」
「強いのはわかってるさ。でも、強いだけじゃ、戦には勝てないんだよ」
なんて、知った風な事を言ってみる。そもそも、今回レライエが起こしたこの局地戦は、敵補給部隊を叩く為のものであって、敵主力は放置している。だからこそ、ウチの弱兵たちでも見劣りしない、後方に配置された兵士たちを相手にできているのだ。必然、有能な敵将もそこまで多くない。
「ました、ミュルも心配して?」
「ああ、ミュルも怪我ないな?」
「んー、頭痛いから、もっとなでなでして?」
うわー、ズルいなぁ。実にあざといやり口だ。誰に似たんだろう、まったく。
まぁ、ミュルに関してはあまり心配してない。というか、こいつは怪我という概念のある生物なのだろうか? 精霊以上に、魔人という生命体は謎に包まれている。なにせ、今のところ目の前の二例しか存在していないからな。
「そういえば、もう一人魔人が生まれたって話だったけど、ここにはいないのかい?」
「はい。彼は、同時期に採用された者たちと一緒に、レライエの側で働いているはずです。マルコとミュルとは、些か趣の違う者でしたね」
「へぇ。彼って事は、男なんだ」
パイモンとのやり取りで、僕はようやく生まれた魔人の性別を知った。
これで魔人は三人目。どうやら、地下迷宮で際限なく魔物を発生させ、戦い合わせると魔人が生まれるというのは、かなり確実性の高い現象のようだ。シュタールたちや魔族の傭兵たちが地下迷宮に入り、魔物の数を調整してしまうせいで、もう地下迷宮から魔人が生まれる事はないという。新たに実験用のダンジョンを造るのも手だが、今はそこまでの必要性を感じない。
というか、マルコとミュルのような子供を増やしていては、僕の陣営はいよいよ託児所と遜色なくなる。勘弁してくれ……。
「まぁ、今はその辺はいいか。戦闘はもうほとんど終わりだろう?」
「はい。キアス様が上空でシルフと対峙されている間に、敵は降伏しました。あとは、捕虜の武装解除が終われば、順次天空都市へと送って戦闘は終了です」
「分断されて士気が下がり、後ろからシルフが襲ってきたとなれば、さもありなんだね」
「そのシルフと、キアス様が和解しましたしね」
「それもあったか」
外から見れば、僕とシルフが仲良く見えても仕方がない。実際は、ほとんど意思疎通ができていないのだが、少なくとも接触しつつも戦闘にはなっていないという事で、それを見た敵が、包囲されたうえにシルフまで敵に回しては勝ち目がないと降伏した、という状況らしい。
「とはいえ、戦闘が終わったなら、とっとと帰ろう。ここ、敵の勢力圏下だからな」
「そうですね。まごまごしていては、今度は我々が包囲されてしいまいます」
「まぁ、そうなっても、転移の指輪で逃げればいいんだけどね?」
「そうですね……。ちょっと、敵が可哀相になってくる理不尽さです……」
ふむ……。たしかに、僕の軍に対して包囲というものは、あまり意味のない戦略かもしれないな。転移使って逃げられるし、逃げなくても鎖袋あるし、補給路に空路使えるしで、戦略が根本から違ってくる。
「とはいえ、いつまでも敵の掌中にとどまりたくはない。撤退しよう」
「はい。目的は、敵軍の補給を断つ事。また、後方の撹乱工作ですので、目的は既に達したかと」
「だね。このままレライエに任せてたら、エキドナさん家まで突撃しそうだし……」
「否定できません……」
あの子、基本的には理性的、理知的なのに、やる事が過激なんだよな。おまけに、自分たちの利益を徹底的に追求するあまり、他勢力の不利益を考えていない。オールの娘だからか、根底の思想が暴君なんだよな。軍事的センスはともかく、政治的センスに欠けるとも言える。
今回の事だって、必要なかったとはいえ、ヌエや三つ目にちゃんと知らせてから行動していれば、ここまで大きな問題には——って、あっちの軍にはスパイがいたんだった。結果論だが、もし報告してから動いていたら、こちらの動きを察知した敵に迎撃されていた可能性も、決して低いものとはいえない。
そう考えると、なにも知らせずに動いたレライエは、それを警戒しての事だったのかもしれない。なんにしても、スッカスカの防諜体制なヌエと三つ目が悪い。
はぁ……。結局は、またレライエのやり方が正しいという事なのだが、なぜか身内からは疎まれるんだよなぁ、こういう才人って……。
正しい事を行い、不利な戦況を覆したとしても、なぜか出世しなかったり失権したりする人ってのは、きっとレライエみたいな性質を持っていたのだろう。こういう、才能はあったのに、周囲との軋轢から歴史の闇に呑まれるという人は意外と多いので、レライエには是非気をつけてもらいたい。
そこに、一人の魔族の兵士が駆けてくる。彼は僕等の前へと駆け寄ると、ビシッと音が出そうな程綺麗な気をつけの姿勢を取ってから、快活な声で報告をあげる。
「パイモン様、捕虜の全てを天空都市へと移送いたしました!」
実に堂々とした姿だが、毅然とした態度の裏には緊張が透けて見える。微妙に手や足が震えてるし、汗もすごい。まっすぐ前を向いているように見えて、パイモンとも僕とも、目を合わせようとしない。
「報告ご苦労。我々は予定通り、レライエ司令官のいる中央司令部との合流を目指す。兵たちには、迅速な行動を心がけさせよ。この通り、我々の行動をキアス様がご覧になられている。決して、無様は晒してくれるなよ?」
「ハハ、そんなに脅してやるなよ。可哀相だろう?」
ただでさえ酷く緊張しているってのに、パイモンがさらに脅すような事を口にする。当の本人は、パイモンの台詞に、それまで以上にガチガチになって、目尻に涙まで浮かべている始末だ。ホント、可哀相としか言いようがない。
「君、そんなに緊張する必要はないぞ。落ち着いて、着実に軍務に励んでくれればいい」
「ハハァ!!」
いや、なに? その、仰々しい返事……。
「……慌てて、ミスをしないようにね?」
「ハァ!! この命にかえましても!!」
ダメだこりゃ……。むしろ、僕が声をかければかける程、彼の緊張の度合いは増しているような気がする。ここは、パイモンに任せよう。
「キアス様直々のご命令を賜われるとは、運がよかったですね。とはいえ、それはご命令を厳守しなければならないという責任が増したという事。間違っても、我々の失態で、キアス様の前言を翻させるような——――」
なにやら、さらに追い討ちをかけているように思えるパイモンを放って、僕はマルコとミュルに撤収の準備をさせる。ついでに、フルフルにも。
「つーかお前、いつまでチューチューやってんの?」
「…………」
無言でそっぽを向くシルフに、さらにフルフルの機嫌が悪くなる。
はぁ……。ホント、誰かなんとかしてくれ……。
この世界に保育士がいたら、高給で雇い入れたい今日この頃だった。