精霊という生き物っ!?
精霊というものに対する見解は、真大陸と魔大陸で大きく異なる。
残念ながら、両大陸でその研究は進んでいない。真大陸での研究も、目撃者、接触者からの体験談を集めて記録している程度のもので、学術としての基礎もできあがっていないのが現状だ。魔大陸には、そもそも研究などという言葉があるかどうかすら定かではない……。
とはいえ、上位の精霊はどちらの大陸にも生息してはいる。だが、あれを生息という言葉で表現していいのかどうかは、大きく疑問である。また、生物として定義していいものかどうかすらも、確信的な学説は提唱されていない。
そもそも、下位の精霊というものに自意識はない。本質的には虫に近く、光に集まるように、魔力に集まると、僕は見ている。ありとあらゆる場所に魔力は存在するのだが、そのなかでも人間や魔族の放つ、精霊魔法の特性を持つ者の魔力を、特に好む傾向があるという事が、両大陸では唯一共通の認識だ。
しかし、ここからが両大陸での見解の違いである。
真大陸においては、上位の精霊は神の使いのような存在であり、神聖であり、生物というカテゴリから逸脱しているように受け取られがちだ。この場合、不老であり、巨大な魔力を誇り、好き放題と言っていい程に魔法を乱発し、人間離れした容姿をしている事も、その一助となっている事は、否めない事実だろう。
アヴィ教などでは、本当に神の使いとして認識されている。とはいえ、これはあくまで宗教の話であり、実際的な精霊の定義にはあまり関係がない。
では、魔大陸ではどうなのかといえば、ある意味では一生物として見做されている。だが、その気性は非常に荒く、縄張りを侵せば獰猛に襲いかかってくる、猛獣の同類だと認識されている。
誰だって、好き好んでハリケーンの中に飛び込まないように、迂闊に精霊という存在に関わろうとする者はいない。僕のように、無知からアンダインと打ち解け、仲間となった例など、探してももう一つあるかないかではなかろうか。
一方では神の使い、一方では猛獣、害獣の類いと、大陸の双方で、見解は違うのである。
では、その一体である精霊をそばに置く、僕の見解はどうかといえば、これはまったくお恥ずかしながら――
――わからない――
――といわざるを得ないのだ。本当に、本当に本当に、精霊というものは、意味不明な生き物である。
●○●
「あれは……――ッ!? シルフかッ!?」
元々あまり目撃例の少ない上位精霊の中でも、特に風の上位精霊、シルフの目撃例は少ない。その理由は、僕の目の前の光景を見れば、瞭然だった。
人間――というか、エルフに似た容姿のシルフ。その中でも、年端もいかぬ幼子がごとき無垢な姿。しかし、その瞳に生気は感じられない。……感じられないのだが、その虚ろな双眸からは、なぜかヒシヒシと怒りが伝わってきた。
半透明の体に、さらに羽衣のように陽炎がその身を包んで渦巻いている。きっと、普段はもっと視認しにくい姿をしているのだろう。それが、今は怒りで見えやすくなっているのだ。風の上位精霊であるシルフは、普段はほぼ無色透明なのだ。
真大陸のとある学派が提唱している一説にによると、四属性の上位精霊、ノーム、オンディーヌ、サラマンダー、シルフにはそれぞれ性格的特徴があるという。ノーム、陽気。オンディーヌ、純朴。サラマンダー、攻撃的。シルフ、排他的だという。魔大陸の住民からすれば、ノームとオンディーヌに対する高評価は、些か以上に懐疑的にならざるを得ないが、サラマンダーとシルフについては、概ね間違っていないといえる。
どちらも、他の生物に対して攻撃的なのだ。
「アリタ、逃げろッ!!」
「っす! 了解っす!!」
「キアス様、掴まって!」
僕等三人は、泡を食ったように反転し、とんずらを決め込んだ。あんなモンと、まともに相対したくはない。
「追って、くる」
「くそ! なんだって、僕等をロックオンしてんだよッ!?」
後ろを振り返ったココが告げる、なにを考えているかわからない淡々とした告げた言葉に、僕は半べそをかきそうな思いで悪態をつく。
「きっと、さっきの連中を連れ込んだのが、俺等だと思ったんじゃないっすか!?」
「ん。か、空は、シルフの領域。ココたち、侵略者?」
それぞれ別の見解だが、どちらも同じくらいありそうで困る。なにより厄介なのが、やつ等に論理的ななにかを期待するのは、無脊椎動物に九九の暗唱を求めるに等しい無理難題だ。
連中は、年齢一桁の子供と同程度の知能しかなく、感情優先で暴れまわる存在だ。そんな連中が、魔力使い放題、魔法放ち放題だったとしたら、どう思うだろうか? 子供の癇癪で、土砂崩れや大津波、大火事に台風なんて起こされたら、たまったものではない。
そんな、歩く自然災害が、今僕等の背後にいます。泣いていいですか?
「あー、もう、しょうがねーなぁッ!!」
僕は仕方なく、シルフに対する事を決める。このままではいずれ追いつかれ、背後から攻撃されかねない。なので、本当に不本意だが、対峙は不可避だった。
うん、なんとかなる。なんとかなるさ。きっと、たぶん、もしかしたら……。
「〝精霊に希う。属性は風。我、僅かばかりの風を求む。矢を作りて、対象を穿つ。契約の対価に、我、魔力を捧げん〟」
非常に長ったらしい長文詠唱で、精霊魔法を発動させる。詠唱を長くする事で魔力消費を抑えているのだが、これでもかなり詠唱文を魔力で代用している。
ただでさえ魔力出力の低い僕が、それでも頑張ってなんとか発動できる下級の精霊魔法。長文詠唱で使用魔力を削減して、精霊という魔力プールを使用し、それでなお長い発動時間が必要な、僕の魔法。
しかし、こんなものが上位の精霊に成果をあげるはずがない。フルフルと同じような性質を持つなら、シルフだって風魔法は無効化されてしまうだろう。――だが、これでいい。
つーか、これしかない。そもそも、この僕が上位の精霊なんかと、本気でケンカができるはずがない。相手にもならない。勿論、僕が。
しかし、そこでシルフの雰囲気に変化が生じる。今までの敵対的な雰囲気はどこへやら、そわそわとこちらを窺っているように見えた。
「どうやら、上手くいったみたいだな……」
ちなみに、僕の手の平の上に出した魔力は未だ精霊に吸われ続けており、魔法の発現に至るまでには、恐らくまだしばらくの時間が必要だった。魔力出力が低いので、こんな低レベルな魔法でも、発動に時間がかかるのだ……。はぁ……。
だが、僕の手から漏れた魔力に対し、シルフはその怒りを薄めて興味を示しているのである。まるで、空腹で目の前にお菓子をチラつかされた、子供のような有り様である。
フルフルによると、精霊魔法が使える魔法使いの特徴は、その者の持っている魔力の質が、精霊と合うか合わないかだけだという。『合う』人間は精霊に好かれ、精霊魔法を行使できる。逆に『合わない』人間がどれだけ苦労を重ねても、精霊からしてみればストーカーによるラブレター攻勢や無言電話乱発に等しい行いであり、嫌われる事はあっても好かれる事などあり得ない。
フルフルはそれを『美味しそう』などと表現するが、はたしてそれは本当に、味覚的なものなのかどうか。また、もし本当に味覚的な好みだとすれば、個人差もあるのではないかという疑問には、残念ながら観察対象が少なすぎて、多角的な検証は不可能だった。
だが、このシルフの様子を見るに、僕の魔力は精霊にとっては共通の嗜好品的価値があると、仮定してもよさそうである。
「……といっても、ぶっつけ本番は肝が冷えるな……」
歩く自然災害が、空まで飛ぶんじゃねーよと愚痴りたくなる。
そこで、ようやく発動に至った魔法を、僕は敵対の意思はないとばかりに明後日の方向へと放つ。いくら知能の低い精霊とはいえ、それでも子供程度の知能はあるので、これで十分僕の意思は伝わったと思う。そして、なんとか予想通り、シルフも敵対的な姿勢を解除し、ふよふよとこちらへ近付いてくるのだった。
「チビるかと思ったっす……」
「ん」
安堵の息を吐くアリタとココに、僕だって同意見だと頷く。
精霊のなにが厄介って、連中の思考力は子供と同程度、という部分にある。真大陸ではそれを無垢だとか、純粋だとか表現するのかもしれないが、子供の癇癪で戦略兵器並みの破壊に晒されるこちらとしては、たまったものではないのだ。
ちなみに、余談ではあるが、魔族の中で種族的弱者とされる一般庶民は、こういう情報に疎かったりする。真大陸でもそうだが、学のない庶民は、知識の伝播が滞りがちだ。ただし、それも噂や言い伝えなんかで補うのだが、残念ながら不毛の地である《魔王の血涙》で、排他的に暮らしていた住民たちには、それすらなかった。だからこそ、僕の元にフルフルが訪れたのだから。
おまけに、上位精霊相手に戦って勝利しても、別に得られるものはなく、むしろ残るのは甚大な損耗ばかり……。人的にも、物的にも、壊されるだけなのだ。なんという不毛……。まさに自然災害……。
しかし、悲しいかな。自然というおおいなる暴力に対して、我々小さな生き物は、頭を下げてただ無事にやり過ごせる事を願うしかないのだ。
「さて、じゃあお客さんに対応しようかね……」
げんなりしつつも、近付いてくるシルフに対して、精霊魔法の準備をする。そうして、ちょっと魔力を渡してやりつつ、無難にやり過ごしたいものだが、前述の通り常識的、論理的な会話等は望み薄の相手だ。なんとか、機嫌を損ねない程度に宥めすかして追っ払わねばならない。
「キアスに近付くななのぉぉぉおおお!!」
唐突に、地上から吹き上げた間欠泉によって、僕等とシルフは分断される。
……そうだった。そんな歩く災害が、今この場には二体もいる事を、僕は忘れていた……。仲間であるせいで、ついつい忘れがちになってしまうのだが、彼女だって一応は上位の水精霊、アンダインなのだった……。
というか、僕にとってフルフルの存在って、攻撃力が高すぎて逆に活用方法のない戦略兵器みたいな存在だからな。当人が意志を持っているだけに、発射ボタンを押さなくてもどこかで暴発してしまいそうで、なかなか使いどころというものがない。いや、マジで……。
結局、場を収める為に、かなりの魔力を食べられる事になった……。
……いや、平和に収まるなら、別にいいんすけどね……。
三月二十九日『ダンジョンの魔王は最弱っ!? 6』発売予定。
宣伝……。えー……、宣伝です。
本作の主人公くらいセールストークに長けていれば、ここで捲し立てるように並べ立てるのですが、残念な事に作者は口下手です。なので、「頑張って書きました」みたいな、小学生のような売り文句しか思いつきません……。ああ、主人公の才能が羨ましい……。
とにもかくにも、お手に取っていただけたら、感謝感激雨霰です。