普通の戦争に戻ろうっ!?
「ふぅ……」
いろいろと大変だった開会宣言を終えて、僕は小さくため息を吐く。
「お疲れ様っす、キアス様」
僕の様子を窺っていたアリタが、飛行機の操縦の傍ら、そう声をかけてくる。ココも「さまー」と追従している。
「ああ、これであの規格外の武人どもを、今回の戦争から排除できた。不確定要素の塊みたいな連中は、一週間は最強ごっこで釘付けだ」
「最強ごっこっすか……」
「キアス様、辛辣」
そうかな? こんなバカみたいな事に、魔大陸全土が熱狂してるって時点で、実にバカバカしく幼稚だと思うがね。
「こっからは、普通の戦争だ。レライエに連絡しないとな」
「レライエさんは、今第九魔王様と第十二魔王様の陣営に物資を届けているんでしたね?」
「そうだ。ちょっと待てよ……」
そう言って鎖袋の中を探り、レライエに渡してあるものと対になっているイヤリングを物色する。
「あ、これパイモンのだ。ったく、一対のイヤリングなんて面倒な仕様にしたやつ、ぶん殴りてーな」
「それ、キアス様が作ったんすよね?」
「よし、これだ!」
ようやくお目当てのイヤリングを探し当て、それを起動する。
「もしもーし。レライエ、そっちの――――」
『中央はそのまま! 決して動いてはなりません! バルム殿! 右翼の目的は敵主力との拮抗です! 突出しないよう! アルル殿! あなたはこの戦では、敗北するまで動かないでください。撤退時には殿をお任せしますので! 左翼! 現状維持! 敵を迎え撃ちなさい!!』
『し、しかしレライエ様ッ! このままでは左翼が破られますッ!』
『仕方ありません。後詰を左翼に!』
『後詰は五百足らず、とても持ち堪えられませんッ!!』
『構いません』
『しかしッ!』
『くどいですよ? 妾はこの軍の総司令官です。上官の命令には従いなさい』
『ハッ……』
「あー……」
すんごい忙しそうだ……。このイヤリング、相手の事情とかまったく考慮できないんだよね……。コールもなしに繋がるから……。ホント、使い勝手が悪い。
『キアス様! お待たせして申し訳ございません! 少々手の離せない事がございまして』
「いや、いいよ。忙しいようだったらかけ直すけど?」
『いえ、今はそこまで逼迫しておりませぬ。この後事態が推移すれば、申し訳ございませんがお話する事は出来なくなりましょうが……』
「そう、ならいいけど。ところで、もう戦闘が始まってるの? てっきり、オールとアベイユさんの戦闘の方が、早く始まると思ってたんだけど」
「はい、こちらでもその見方が大勢を占めておりましたので、意表を突こうかと。少数精鋭をもって、敵背後の補給線を急襲した次第にございます」
「え……?」
それはつまり、敵主力を無視して、敵の後方に回ったって事? いや、そりゃあ敵の背後をついて、補給を絶つってのは、僕のような門外漢にもわかりやすい必勝法だ。だけど、それって今度は自分たちの補給線を維持できないって事じゃない? 大丈夫?
『ご安心を』
だが、僕の不安はお見通しとばかりに、レライエは自慢げに告げる。
『各小隊に、大隊が数週間維持できるだけの物資を、鎖袋に常備させて行動させております。本作戦の行程も、五日以内で終了する予定です。補給線は必要ございません』
「物資に余裕があるからって、無茶苦茶すんなや!」
『申し訳ございません。迂闊な若者に、戦の厳しさを教育して差し上げたく思いまして』
そういえば、ヌエと三つ目の相手は、エキドナさんの子供たちだっけ? そりゃあ、同じく魔王の両親から生まれた子供として、レライエがシンパシーやら対抗心を覚えても仕方ないけどさ……。
だからって、補給線を無視して進軍するのは無茶苦茶だろ……。敵の補給線を絶つ為に、自軍の補給線が維持できないような敵中深くまで進軍するなんて、絵に描いたような本末転倒だ。その大量に持たせた物資だって、敵に鹵獲されたりしたら目も当てられなくなる。レライエなら、当然そのあたりは理解していると思うけど、わざわざ敵中に孤立するような危険を冒す意味はあるのかな?
『キアス様。サンジュ様とプワソン様は、比較的新参の魔王様でございますが、周囲から軽んじられるのは、年若いからではございません』
「そうなの? ところで、なんの話?」
『お味方の話にございます。そして、敵のお話にございます』
「彼を知り己を知れば百戦して殆うからずって事か……」
『御慧眼、恐れ入ります……』
いや、これ別に僕が考えた言葉じゃないから。
『お二方が、他の魔王様に比べて低く見られるのは、戦の経験がないからにございます。そして、第八魔王様の陣営には、第七魔王様の元で戦に明け暮れた猛者も多く、第八魔王様ご本人も戦の心得はございます。他の歴戦の魔王様と比べると、少々経験は浅かろうと思われますが……』
「へぇー」
『ですので、いざ戦となれば、どちらが優勢に戦を進められるかは未知数にございます。敵勢の大将役であるエキドナ様の子息よりも、危険視すべきは補佐をする者。過去の大乱を戦い抜き、勇者と戦い、主を討たれた敗残兵たちこそ、飢狼がごとく貪欲に勝利を求めるでしょう。アベイユ様の軍も実力ではひけを取りませぬが、こちらはやや勝利に無頓着な分、排除も楽でございましょうし』
「ああ、そちらはもう排除した。しばらくは、与えた玩具で遊んでいてくれるだろう。その間に戦争を終わらせれば、もう介入してはこないはずだ」
『…………。流石でございますね。』
とはいえ、それも戦争の早期決着が条件だと考えれば、そこまで楽観視できる話でもない。こちらの陣営は、基本的に非力なのだ。僕、クルーン、ヌエ、三つ目と、小物が四人集まっただけの零細組織。ネームバリューに乏しいというのは、ベンチャー企業も同然だ。持久戦で大手に勝てるはずがない。
「つまり、今のままでは戦の趨勢は水物だと」
『少しでも勝利を確実にする為、こうして奔走しております』
「そっか」
そう言われれば、僕に言える事なんてないんだよね。レライエはオールのところで戦争経験もあるし、頭もいい。今では元帥としての肩書もあるのだから、僕が適当な知ったかを言うというのは、その職域を犯す事に他ならない。
「わかった。じゃあ――――」
『報告!! 敵中央、我が軍の左翼へ進撃開始! もはや、左翼に勝ち目はありませんッ!!』
『ようやく釣られましたね。ふふふ。さてキアス様、無作法ではございますが、これにて失礼させていただきとう存じます』
「ああ、じゃあがんばってね」
『はい。――――敵中央を突破します』
『なッ!? 左翼をお見捨てになるおつもりで――――』
そこまでで、レライエからの通信は途絶えた。どうやら、あちらはあちらで忙しく働いているらしい。
「キアス様、レライエさん大丈夫っすかね?」
「ん? 大丈夫だろ」
「でも、ピンチ、っぽかった?」
「っす。なんか、聞いてる限りは、劣勢っぽかったような……」
「あー……。まぁ、僕の方に精鋭集めちゃったから、指揮官以外は結構質悪いんだよね、あっちに回している兵って」
アベイユさんとオールに対して、寄せ集めの雑兵集団を残していくというのは、極めて失礼に値する。始めから勝つつもりもなく、最強決定戦などという大仰な名前の大会を催すなど、悪ふざけもいいところだろう。だから、こちらとしてもできる限りの精鋭を揃える必要があった。
だからこそ、ロロイだって向こうに残してきたんだ。なにかあったとき、ロロイならば僕の代わりに問題を解決してくれるだろうし。ついでに的――じゃなくて、シュタールの事もいいように扱ってくれるだろう。
だが、そのせいでそれ以外のところでは、著しく戦闘能力が低下しているのが、今の僕の軍である。元々の戦闘能力だって高くなかったってのに。だからこそ、レライエが率先して戦っている事に、若干の不安を覚えたのだが。
「とはいえ、バルムやアルルもいる。オールのとこから引き抜いてきた指揮官だって、少しはいるだろ」
流石に指揮官を全部向こうに回す事なんてできないので、部隊の指揮がとれる人材は残している。とはいえ、そういう人材は、物資の管理や搬出入、調達、生産に注力しているだろうから、レライエの手元にはいないはずだ。
そして、アルルが単独行動以外で役に立つとは思えないし、バルムは戦闘になるとバーサーカーなので、別の意味で役には立たないだろう。ああ、素晴らしきかな問題児たち。
まぁ、そんな連中だから、コションも持て余していたのであり、そのおかげで生まれたばかりの僕が彼等のような実力者を雇用できたので、文句はないのだが……。
つまり、今レライエの手元には、ろくな人材が残ってないって事だな。
「……まぁ、たぶん大丈夫だろ。最悪、負けたって撤退すればいいんだし」
少し自信はなくなってきたけど……。
転移の指輪は、この戦争の為に結構量産したのだ。豪語した以上、レライエだって物資に抜かりはないのだろう。つまり、撤退用の指輪だって人数分以上に用意しているはずだ。
はぁ……。やっぱ、もうちょっとネームバリューは欲しいよな。せめて、ちゃんとした軍を組織できるくらいのやつは。
僕の縄張りは、人材そのものは豊富である。北部一帯を支配下に置いているので、広さに見合うだけの人口を擁している。だが、その中から才ある人材を集める方法がない。基本的には、まずは隗より始めるしかないのだが、それだと時間がかかる。手っ取り早い手段としては、以前オールからそうしたように外部から集めるのが簡単だが、そんな事を何度もしていては地元からの支持をなくしてしまうだろう。
まったく、外資を敵視するのはどこの国、どこの世界でも一緒だな。
「お、そろそろヌエと三つ目の陣地かな?」
「たぶんそうっすね。方角、距離、間違ってないっす」
「ん」
地平線の淵に、小さな点が見える。恐らくあれが、二人の軍だろう。
「じゃあ、まずはヌエのやつに挨拶しとくか」
そう言って、今度はヌエに渡していたものと対になるイヤリングを探す。はぁ……。わざとそうしたとはいえ、我ながらなんとも面倒な仕様にしたものだ。