ツワモノどもが前夜祭・5
「くふふ……」
空で言い争う、二人の若者。この二人のやり取りを見ているだけで、なんとも言えぬ愉悦を覚えるのは、我も些か歳を取ったという事だろうか。
お互いに、お互いの若さを発露させ、意識し合い、競い合う。どうしてどうして、実に初々しく、実に旨そうではないか。若々しい二人の感情のぶつかり合いは、こうして眺めているだけで、随分と我を満足させてくれる。
しかし、そのような高邁なる情緒も介さぬ無粋者が、水を注す。
「オール様、どうやら本当に、この闘技場は壊せぬようです」
駆け寄ってきた配下は、今回の戦で司令官を任せていた我の腹心、サパロ。種族はありふれた蚩尤で、赤銅色の毛並みと鉄色の角を持つ、四眼の牛頭。腰には剣と斧と弓が下げられ、背には槍と薙鎌という五つの武器を装備しており、六腕のうちひとつには盾も備えている。戦闘能力こそ然程でもないが、他の魔族に比べて頭がよく、また武器の扱いも上手いやつなので、こういった戦には重宝している配下である。
どうやら、キアスの思惑のままに流される事をよしとできなかったらしく、みっともなくも蠢動していたらしい。我からすれば、そんなものは些事にすぎぬというに。
「なんぞ、貴様はそんな事をしておったのか?」
「は。あるいは、彼の魔王様へ一矢報いる機会も捻出できるかと!」
うむ。まぁ、こうして一本取られた以上は、こちらが多少の意趣返しをするくらいは、キアスも笑って許すであろう。だが、まぁ――――
「カカカ。無駄無駄。アレができぬと言うのならば、それはできぬという事ぞ。それこそ、三大魔王でも、の」
できるとすれば、それはあのエレファンくらいのものであろう。あの規格外と、この規格外。どちらもどちらじゃが、総じて理不尽じゃの。
この闘技場とやらもそうじゃ。
これはおそらく、キアスの造ったあのダンジョンとやらの劣化版。というか、神業の真似事じゃろうな。基本的な魔法の理念や、構築そのものは我でも理解できるが、しかしてそれ成せと言われれば、労力を思いやるだけでため息が出るというものぞ。
よしんば、凡百の輩がこれを成したのであらば、穴を探すのもまた対抗手としては定石。しかし、これを成したのは、根源たる神業を使いこなす、あのキアスじゃぞ。粗探しなぞ、徒労以外のなにものでもなかろう。
キアスにとってこれは、生業とでも呼ぶべき手慣れた所業であるのだから。
「しかしキアスよ――――」
二人の若き魔王。それを見て、目を細める。
なるほど、アベイユがこの戦に参加した理由はわかった。キアスがなにをしていたのかも、わかった……つもりじゃ。お互いがお互いに、プライドと存在意義を懸けて争い、キアスが勝利したという事なのだろう。しかし――――
「――――これでおさらばとは、些か無粋ではないか?」
たしかにキアスは、アベイユとの暗闘に勝利したのであろう。じゃが、こうして戦場で相見えた以上は、一合も交えずに『お暇する』はないじゃろう?
それに、もし本当に、キアスが政と策謀だけで戦を抑制しようとしたとするならば、こうして実際に戦となったという事は、キアスとアベイユとの暗闘も、現状ではイーブンともいえる。
もしここで、身代わりのようにトップであるキアスが抜けた小数部隊だけを残し、口八丁でお茶を濁して戦場を後にするならば、それはアベイユの言う通り『戦士への愚弄』であろう。その戦士の中に、我も含まれている事、ゆめ忘れているのではあるまいな?
ある種の嗜虐心に口端を歪め、空を仰ぐ。そこから聞こえる声は、愛しき智謀の若者のものか、はたまた蒙昧で頭でっかちの若造のものか。
「確かめさせてもらおうぞ」
我の呟きに込められた思いを感じてか、サパロが身を震わせる。
『では、いよいよ今武闘大会の正式名称を発表しましょう。きっと気に入ってくれますよ?』
果たして、いかなものか。
『では改めまして。コホン……。
今大会は、三人の魔王が参加する。三人の内、一人が早々に辞退したからといって、残るは武人と名高きアベイユさんと、三大魔王と呼ばれるオールだ。この二人の魔王や、その麾下にいる歴戦の精兵たちが、一緒くたになって覇を競う。ならば、ここでこの名を使う事に、なんの躊躇があろうか』
キアスはそこで言葉を切って勿体ぶると、告げる。
『――――最強』
そう、告げる。あるいは、擽る。
『僕はここに、〝魔大陸最強決定戦〟という名の大会を開催しようと思う。勿論、アベイユさんやオールが嫌だというのなら、残念ながらこの大会の優勝者に与えられるのは、僕一人から評価されただけの〝最強〟にとどまる。しかしもし、アベイユさんとオールが認めたならば、それは三人の魔王が認めた〝最強〟という事になる。
まぁ、この二人は自分が負けたからといって、僻んで認めないなどと狭量な事を言う性格ではないから、まず間違いなくこの大会の優勝者が、三人の魔王によって〝最強〟だと認められる事となる。
つまり、今、ここに、正式な〝最強〟が制定されるのだ。
それは、この魔大陸の魔族たちが、今回の戦争を奨励していた理由でもある、最強という冠の在処を明確にするという趣旨にも反しない。今までは自称、あるいは他称でしかなかった最強という称号は、これで正式に誰かのものとなる』
おぉう……。巧い。巧いのぉ……!
これでは我もアベイユも、この提案を断れば単なる臆病者ではないか。しかも、その内容はこの場にいる戦士たちの心を擽る。その〝最強〟という称号に加え、オリハルコンの武具という報酬の事も考えれば、もはやこの場の誰もがこの武闘大会を認め始めている。
しかし、ならばこの場にいない魔族や魔王たちはどうなる?
最強という称号は、魔大陸では誰もが手に入れたいものぞ。それを、我等だけで勝手に制定するという事になれば、他の連中が反発するは必定。
しかし、キアスはその疑問にも答える。
『あるいは、この度の大会結果を認めないとする勢力も、のちのち現れる事もあるかもしれない。今大会に参加できなかった者にとっては、黙って結果を受け入れる事などできないだろう。
だが、安心してほしい。そんな事は、この僕が許しはしない。今大会の優勝者の名誉を汚す事を、僕は僕の名と誇りにかけて許容しない。
僕は、四年後にまったく同じ大会を開きたいと思っている。文句があるやつは、次の大会に参加すればいい。それもなく、ただ文句を言うような奴は、単なる臆病者だ。なんなら、アムドゥスキアスのような臆病者だと陰口をたたいてくれてもいい』
フフン。まぁ、たしかに一見すれば、キアスは臆病者のように見える。普通の魔族や蜥蜴であれば、今回の話を聞いて侮るような輩がでてくるかもしれぬ。だが、そのような愚者がどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。
キアスは決して、敵に対して甘い男ではないのだから。
『さて、僕の提案は以上だ。
こんな、ただ最強という名前の為に、魔大陸全体が上を下への大騒ぎになるくらいなら、こうして最初からイベント化した方が制御が楽だし、なんなら金にもなる。僕は最強になんて興味はないけど、君たちは好きなんだろう? その二つ名が。
だから、二度とこんな事で魔大陸大戦なんて起こらないように、僕が身を切ってやろうという事だ。こんなエリア魔法、ほんんんっと魔力の無駄遣いなんだけど、それでも戦争が起こるよりは安上がりだからな。
さて、では最後にもう一つだけ教えておこう』
ふむ。
しかしながら、やはりどうにも納得がいかん。我はたしかにキアスに、武威を求めているわけではないが、それでも一切矛を交える事もなく戦場を去るという態度に、些か反感を覚えるのも事実だ。せめて、あのパイモンか、レライエでも置いていけばよいものを……。
『たしかに僕は、ここで戦線から離脱し、他の戦線へと赴く。だが、他の二勢力のトップがどちらも魔王な事を考えると、僕の軍だけ魔王を欠くというのは失礼にあたるかもしれない。かといって、僕にも予定がある。だから、僕は僕の代理を用意した。さっきアベイユさんに文句を言ったやつ、あれだ』
むぅ? あの人間の男か? たしかに、立ち居振る舞いから察するに、なかなかの手練れではあったの。とはいえ、ただの人間に魔王の代理が務まるかといわれれば、疑問が残るが。
『あれの名前はシュタール。真大陸で、光の勇者とか恥ずかしい名前で称えられている、正真正銘の勇者だ』
…………。……なに?
『いくら僕だって、ただの魔族や人間を僕の代理として残していく事が、君たち武人に対しての礼を失している事は理解しているつもりだ。だからこうして、実力では魔王に匹敵するという勇者を代理として残していくわけだ』
「おい! キアスッ!? お前なに言ってんだッ!?」
悲鳴のような、あの人間の男――シュタールの声が響く。あれが、勇者か……。
『おや? しかしそうなると、厄介な事になるかもしれないな……』
さも、今気付いたとばかりに宣うキアス。しかも、わざとらしいくらいに、芝居がかった口調だ。
『先も述べたように、今大会は〝魔大陸最強決定戦〟だ。しかしもし、シュタールが優勝してしまうと、第一回目の〝魔大陸最強〟には、あろう事か真大陸の勇者が序される事になる』
「おいやめろマジやめろバカこら」
『魔大陸に住む同胞諸君。シュタールはたしかに僕の代理ではあるが、僕個人の希望としては、魔大陸最強という名を戴く者は、魔大陸の住人である方が嬉しい。勿論これは、地元贔屓的な所感であり、もしシュタールが優勝しても、宣言通り彼の名誉は僕の責任において守るものとする。だが残念ながら、魔大陸最強の称号をまんまと真大陸の勇者に掻っ攫われた諸君の名誉までは、僕には荷が重いかも知れない』
あー……。これは、してやられたの……。
これが、魔族の部隊だけを残していったのならば、それは愚弄だという抗弁も罷り通る。が、こうして魔王にも匹敵し得る者を残していくとなれば『そいつを倒してみせろ』となる。それもできずに文句を言えば、それは単なる負け犬の遠吠えじゃ。
敗者の負け惜しみなどに耳を傾けるような者は、魔大陸にはおらん。逆に、あの勇者に勝てたとすれば、それは快事として喜ばれ、文句をつける意義もなくなる。おまけに、あの勇者にしてみても、魔大陸でいくら恨みや反感を買おうと、真大陸に戻ってしまえば文句など馬耳東風もいいところ。
なるほど、キアスは言う通り、我等武人に対して、過剰な程に配慮しているのだろう。噛みつかれないよう距離を取り、鞭を備え、しかも鞭まで用意しておるのだからな。
『それでは、魔大陸の同胞諸君、是非とも奮闘してもらいたい。そして、第十三魔王軍の諸君。宣言通り、場は整えた。僕がやるのはここまでだ。ここからはお前等の功名の為の戦だ。存分に、その武名を轟かせてくれ。アベイユさん、失礼します。オール、またな。シュタール、達者でな(笑)』
そう言い残し、空に浮かんでいたキアスの魔道具は動き始めた。空の彼方へと向かうそれを見送りながら、我は思う。
なんとも自由奔放に、なんとも自己中心的に、自分勝手に、戦を引っ掻き回していったキアス。なるほど、やつは武人ではない。
じゃがそれは、我等とやつの戦い方が違うというだけの事。
そしてその戦いにおいていうならば、此度は我等全員が、やつに完敗したという事よ。
「味方であったはずの我や、あの勇者も含めて、全員と敵対し、全員を負かしおったのじゃな」
一度そう口にしてみれば、実に小気味好い響きではないか。あの、生まれたばかりの魔王に、長々と生き永らえただけの魔王が、まとめて翻弄されたのだからな。
高揚した気分に胸躍らせ、軽くなった口から配下へと言葉がこぼれる。
「さてサパロ、我は最強也! 故に、その称号を狙う全てが敵よ。つまり、今から貴様とて我の敵。存分に競い合おうぞ!」
我の言葉に意気揚々と、六本の腕のうち一つで背から槍を抜くサパロ。
「勿論です、オール様。いつぞやのように、再び挑ませていただきましょう。無論、此度は私が勝ちますが」
「フフン。竜殺しと呼ばれた技の冴え、久々に堪能させてもらおうか」
「そうでなくても、もはや私に恥を雪ぐ場は、オール様、アベイユ様、そしてあの勇者との戦い以外にない状況。死に物狂いでいかせていただきます」
開幕前の声の件を、まだ気にしておったのか。まったく、もっと気楽に生きれば良いものを。
しかし、楽しくなってきおったのぉ。