ツワモノどもが前夜祭・4
『そりゃあ、僕の目指したオリハルコン同盟という組織は、物流を牛耳る事によって戦争を抑制し得るものですよ?ですが、現状はそんなもの夢のまた夢です』
「しかし、今回は――――」
キアスの言葉を遮るように、第五魔王は言い募る。
『ええ、今回は上手くいきました。ですがそれも、そうとう無理をして、横紙破りを重ねた結果です。これが魔大陸大戦でなければ、またそうであっても何度も繰り返したりすれば、オリハルコン同盟は根底から信用を失います。そうなれば、組織は崩壊するでしょう。
それに、こんな策が上手くいくのは一回だけです。アベイユさんは、この初見殺しにおおいにビビってくれたみたいですが、時間さえかければ打開策や予防策は思いつくと思いますよ?』
話が難しくなってきた……。キアスが言っている事に、ついてけなくなってきてる……。
『とまぁ、側で聞いてる魔族やその他一人がポカーンなんで、難しい話はこの辺で。では僕は、とっととこの大会の名前を告げて、お暇させてもらいましょう!』
「まて」
せっかくわかりやすくなったってのに、第五魔王はキアスを止める。いや、もう、ほんとあたまいたんですが……。
「……アムドゥスキアスよ……」
第五魔王は問う。
「俺たち武人に、未来はあるのか?」
一縷の希望に縋るような、なんとも心細そうな声。それに答えるのは、苦笑だった。
『ええ、勿論です。僕がここで、僕の手法を詳らかにしたのだって、アベイユさんを尊敬していればこそですよ』
「俺は……、お前に尊敬されるような事はしていないが……?」
『あー、まぁ、そうですね。では、あなた方『武人』全般へのリスペクトと言い換えましょうか。あるいは、リスペクトではなく純粋な恐怖ですか』
恐怖って……。いや、こう言っちゃなんだが、キアスに恐怖を感じるような神経があるのか、甚だ疑わしいと思う。傲岸不遜を絵に描いた、まさに怖いもの無しって感じじゃん。
『ほんっと、武人って生き物はわけわかんねーですよね……』
だが、キアスの声には、明らかな不満が窺えた。
『失礼を承知で聞くんですが、あなた方武人って、本当に足し算と引き算できますか? いや、できてないでしょう? しかも、あろう事か物理法則が支配する現実で、単純な加減法ですら歪めるから信じらんねーです。
なんですか、あのペルシア戦争って?
戦争序盤のテルモピュライの戦いは、ペルシア軍の陸戦部隊二十万に対しギリシア軍七千。しかし、戦略的には、ギリシアのほぼ圧勝といっていい。
いやね? ファランクスの有用性は認めますよ? 狭隘地との相性は抜群でしょう。でも、だかららこそ、背後に回り込まれ、千~二千人に数が減って、広場に飛び出しからなお、敵を四度退けるってなんなんですか? 意味わかんないでしょうが。包囲殲滅こそ、戦の絶対正義でしょうが。カンネーを知らんのですか、あんた等武人は? って、カンネーもどうせ武人の仕業でしょうが……』
あー……、キアスなんか怒ってる? いや、怒ってるというか、愚痴っているような雰囲気が強いか……。不満タラタラって感じだ。
『とはいえ、テルモピュライはまだ常識的でしたよ。炎の門という地形の特性と、ファランクスという戦術の勝利と言われれば、たしかに納得はできます。なにせ、徹底抗戦したギリシア軍は全滅してるんですから。千~二千人しか残っていなかったギリシア軍に対し、ペルシア側が二万人の損害をだそうとも、結果としてはペルシア側の勝利。実に常識的だ。
で・も・ねぇっ!!
その後のプラタイアの戦いはなんなんだよ!? ペルシア軍三十万対ギリシア軍十万で、ギリシア勢が勝利した事は、まぁいい。だが! 戦死者の差はいったいなんの冗談だ!? ペルシア軍の死者二十万に対し、ギリシア側は百五十~千っ!? 仕事しろ、物理法則!!
しかもこれ、戦ったのほとんどスパルタ・アテナイ連合軍だから! 実質、三十万対一万八千の戦いだったから!! それで一万八千側の圧勝ってなんなんだよ!? 別に狭隘地でもなく、真正面からのぶつかり合いでだよ!! 真正面から戦ってスパルタ軍だけで二十万を溶かせるなら、もうお前等だけで戦争してろよ!! つーか籠城戦にならなきゃ、本当にスパルタ軍だけで戦争終わってただろこれっ!!
量より質とは言うけどさぁ、限度ってもんがあるだろうが!スパルタいい加減にしろよ! 冗談はスパルタ教育だけにしておけよ!!』
言葉を重ねるごとにヒートアップしていくキアスには、鬼気迫るものがあった。それはまるで、最上級魔物の厄災と理不尽を嘆く、民衆のようだった。
っていうか、キアスの言っているのはどの時代、どこの国の話だ? ギリシアってのは聞いた事があったような、なかったような……。ああ、コピス発祥の地だっけ? やっぱり他では聞いた事ない気がするが……。
『ホントもう、個人に対する知識がない僕にとって、とある世界の戦争の歴史ってのは、カオスの一言に尽きる。魔法がないはずの世界で、魔法を使ってるとしか思えない連中。これが理不尽でなくてなんだってんだ。
なんなんだよ、武人だの英雄って連中は? 意味不明だよ……。
歴史の出来事を数字と年号でしか見られないのは僕の欠点だけど、だからといって数字を覆すあなた方武人が正しいとも思いませんよ。だって理不尽ですもん。不条理で非合理です』
「いや、そんな身に覚えのない事で責められてもな……」
『失礼。これはただの八つ当たりです。ですが、この程度の非合理は、歴史のあちこちに散見しています。第二次ポエニ戦争もそうだし、モンゴル帝国ってマジなんなんだよ。世界征服一歩手前じゃねーか。つーか、ゴルディアスの結び目切ったやつ誰だ!?先生怒らないから、アジアの王様になったやつは挙手しなさい。そんな、条理の通じない存在なんですよ、あなた方武人という生物は。これで、僕がどれだけ武人という生き物を警戒しているかは、わかってもらえましたか?』
「う、うむ。まぁ、お前が俺たちを侮っていないという事は、わかった」
『ええ、勿論。ですが――――』
そこで、キアスはそれまでの軽妙な口調を、深刻なものへと変える。
『――――覚えておいてください、アベイユさん。シュタールの言ったように、戦というものは死の坩堝。武人たちの編み出す、効率的な戦術というものは、言い換えれば効率的な殺人の方法に他ならないという事を』
「……うむ」
『その最果ては、効率だけを重視した消耗合戦。僕の知っている最も大きい戦争には、あなたがた武人の介入する余地なんて、ほとんどない。物量と、高効率な破壊の先進技術をぶつけ合うだけの、殴り合い。
おかしなものですが、武人たちの編み出す戦術の理想形には、武人の出番なんてないのです。不確定要素の影響を排除する事こそ優先されるのですから、むしろそこは、僕のようなクソッたれなプラグマティストの独壇場でしょう』
「…………」
『世界中を巻き込んだ、星すら殺しかねない戦争を起こすつもりであるなら、次こそ僕は、本気であなた方と敵対しましょう。そしてそのときこそ、あなた方武人の出番など――この地上に残らないという事を覚えておく事だ。僕は決して、君たち武人を侮らない。だから、そのときこそ徹底的にやるぞ?』
実際的な温度を伴う、冷たい言葉。
まるで雪のように降り注ぐそれは、この場にいる全員の肝を凍らせる。心底、こんな奴は敵に回したくないと思わせるなにかが、そこにはあった。
「ふん。俺たちは、たとえ三大魔王が相手であろうと、数十万、数百万の軍が相手であろうと、決して恐れない。だが――――お前と戦うのだけは、二度とごめんだ」
『そうですか。ならいいです』
あっさりとそう言って、それまでの雰囲気を引っ込めるキアス。
『では、いよいよ今武闘大会の正式名称を発表しましょう。きっと気に入ってくれますよ?』




