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 ツワモノどもが前夜祭・3

「敗者の作法、だと?」

『そうです、敗者の作法』


 ここに至って、第五魔王とキアスの間には、絶対的な隔たりがあるように思えた。

 絶対的な、力量差が。


『そもそも、そんなつまらない逃げ口上をつらつらと並べ立てるなんて、アベイユさんらしくないでしょう。なら、どうしてそんな事をするのか。

 アンサー。そうせざるを得ないから。

 現状、戦士たちの夢見た戦場は、ここを最後に消え失せる、そう思っているのではありませんか?』

「……」


 第五魔王の沈黙は、雄弁にキアスの問いを肯定していた。


『そもそも、戦争というものは非生産的です。それは、先程アベイユさんがおっしゃった通り。人的、および物的資源の、恐ろしいまでの浪費を前提とした、補填方法のない一方的な損耗に他ならない。例え、敗者から搾取するとしても、です。

 では、その物資の確保がままならなくなれば、どうなるか。

 アンサー。戦争なんか、はなから始められない。

 補給線の途絶えた軍など、死兵も同然。古参も新兵も、押し並べてただの死亡予定者。

 たしかに僕は武人ではありませんし、戦争の素人です。ですが、それでも兵站の途絶えた兵ならば、それがアベイユさんの兵だろうと、オールの兵だろうと、赤子の手を捻るように全滅させる自信があります。適当に包囲してれば餓死し、そうでなくても腹の減り具合は士気の高さと比例する。例え短期決戦を試みようと、実力差を過大評価に過大評価を重ねて勘案してみても、負ける要素がありません』

「そうだな……」


 第五魔王の、苦虫を噛み潰したような声の肯定。そして、キアスの言い分は、第五魔王ならずとも、一度でも戦場に身を置いた者にとっては自明の理だった。歴戦の猛者だろうと、伝説の勇士だろうと、腹が減っては戦はできないのである。


『さて、その前提条件を元に、今魔大陸には物流を一挙に管理、監視しうる組織が存在しますよね。言わずもがな、クルーン、サンジュ、プワソン、そして僕の主導する《オリハルコン同盟》が。

 あなたたちは最初、この組織について便利な運送屋程度にしか感じていなかったのでしょう? しかし、いざ戦争になってみると、危機を実感した、というところでしょうか?』

「……」

『ええ、その通り。

 仮にも物流を、四人の魔王によって牛耳られるという事は、戦争の前段階である物資の調達を握られるも同然。果たして、そんな相手に戦争が起こせるのか? そんな相手に、都合の悪い戦争が起こせるのか? そんな相手の、ご機嫌とりをしながら戦争しなければならないのか?


 そのアンサーが、アベイユさんの今の行動、ですよね?』


 ……なるほど。

 つまるところ、第五魔王からしてみたら、このままじゃ、戦争もせずに四人の魔王の風下に立たなきゃなんねーかもしれない状況って事か。だから、こじつけでもなんでも挙兵して、キアスたちに対抗しなければならなかった。でなければ、これからの戦争はキアスたちにとって都合のいい相手と、キアスたちにとって都合のいい状況のみで戦うだけの、下請けじみたものになりかねないと……。

 物流握るって、おっかねえな……。


『まぁ、こんな大規模に物流握るのって、本当大変ですからね。正直、僕だって結構労力を割いていますし、その分フォルネゥスにだって負担を強いている。自慢じゃありませんが、僕がいなければあの三バカ魔王には無理でしたよ。そこに、発起人であるデロベを加えてもね。

 だからこそ、他の魔王の面々は、この組織を放置した。僕が加わっても、その姿勢は変わらず、油断しきっていました。かくして、僕は着々と準備を進め、今に至り、戦争を始める前からその主導権を握れる立場になったわけです』

「そうだな……」

『さて、アベイユさん。敗者にも作法があるという言葉を覚えていますか? 「おぼえてやがれぇ!」とか「今日はこのくらいにいしといてやる!」とかは、三下の所業でしょう? やっぱり王なら「認めよう」とか「今は貴様が、強い!」とか、大上段に負け惜しみが言えるようになれば、最上でしょうね。まぁ、僕からしたら、大抵の魔族は、僕より強いのですが……』


 キアスの軽口に、相槌すら打たず項垂れる第五魔王。その姿には、完膚なきまでに負かされた、敗軍の将の悲哀があった。憔悴し悲嘆しきった戦争狂には、同情すら禁じ得ない程の哀愁が漂っていた。

 そんな第五魔王が、今まさに頭を垂れようとしたとき、遮るように言葉を発する者がいた。




『なんてね』




 それはやはり、キアスだった。


『はぁ……』


 聞えよがしな、キアスのため息。そこには、面倒臭そうな、倦怠の色しかなかった。


『いや、まぁ、もうこの段に至ったら、別にバラしてもいいか……。なんか、アベイユさんの空回りとか、痛々しすぎて見てらんないし……』

「空回り……?」


 独り言のように呟かれたキアスの声に、鋭敏に反応したのは第五魔王。


『ええ、空回りですよ。そもそも、アベイユさんは僕に対して過大評価が過ぎるんです。あのですねぇ、本当に、こんなに簡単に――――』


 そう言って、キアスは呆れるように告げる。




『――――戦争がなくなるとでも、思っていたんですか?』




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