黄金重歩兵団っ!?
突如として戦場に現れた、その色は金。
自軍を劣勢に追い込んだ防壁を前に、しかし一切の怯懦を見せず、堂々と仁王立ちするその一団。その泰然自若とした佇まいもさることながら、やはり目を引くのはその身に誂えた武具の数々。
赤味の強い金色という、派手すぎる色で統一された鎧に、同色の槍。剣。その派手さを一層強めるように、彼等の纏う紅のマントが翻り、そこに堂々と刺繍された黄金の龍の紋もまた、瞠目する全ての者の目に焼き付いた。
今まさに襲いかからんと、そちらを窺っていた第五魔王軍は勿論、自軍の兵の注目も一身に受け、威風堂々と前進するその一団は、今回の戦争で初お披露目となる、僕とオールの合作、オリハルコンの武具で身を包んだ部隊――――その名も、黄金重歩兵団だった。
「おいおい、あれ、オリハルコンだよなぁっ!? なんだって、あんな……」
「オリハルコンの鱗を持つオールと、オリハルコンの加工ができる僕。疎遠ならまだしも、その二人が懇意にしてたら、これくらいの予想は立ててしかるべきだろう?」
まぁ、別にオールがいなくても、オリハルコン部隊くらい作れるけどね。……たかが鎧ひとつに、航空戦闘機一機分の価値を見出せない僕には、たしかに作れない軍かもしれないけど……。
その腰に、同じくオリハルコンのメル・パッター・べモーを下げ、さらにはオリハルコンよりも刀剣に適した合金、ヒヒイロカネのコピス&コピシュまで持っているシュタールは、しかしそれでも、熱っぽい視線で黄金重歩兵団を見つめる。
「すげえ……。こりゃ、歴史に残る一場面かもしれねえな……」
「大げさな。所詮は、ただ防御力に秀でた鎧と武器でしかない。視覚的な威圧感はあるだろうけど、もし負けたら格好の略奪対象なんだから、下手すれば敵の戦意だって高揚させちゃうだろ?」
「いや、お前は全然わかってねえ」
うーん、どうもさっきから、シュタールには首を振られっぱなしだ。別にいいんだけど、そうやってシュタールに諭されてると、僕がシュタールよりアホの子に思えて、かなり釈然としない。
「そもそも、その視覚効果だけで十分な成果だろ。さっきも言ったが、戦争における士気ってのは数よりも重要な意味を持つ。歴史上、五倍、十倍の兵力差をひっくり返した戦ってのは、士気で勝ったがゆえって、サージュが言ってた」
「お前の意見じゃないんだな……」
「俺が歴史書なんぞ、紐解くとでも?」
堂々と言い張る事か。
「とにかく、その士気高揚に、あのオリハルコンの一団はこれ以上なく最適だ。ただいるだけ、ただ前に出ただけで自軍の士気が上がるんだから、率いる将からしたらありがたいったらねえだろ。それに、敵軍の戦意までも高揚させちまうってのは、そんなに心配いらねえ」
「なんでさ?」
「たしかに、オリハルコンの武具を奪えるなら戦意は揚がるかもしれない。でも、その為にはまず、戦って、勝つ必要がある。第四魔王側だって、せっかく作ってもらった武具を、ど素人に渡したわけじゃねーはずだろ? オリハルコンの武具に相応しい腕を持った者に持たせたはずだ。だったら、勝って奪う事より、負けて殺される事をまず想像する。つまりは、戦意を挫く事に繋がるだろうぜ」
「――――ふふん。いや、それは甘いな」
シュタールのもっともらしい説明を、僕は鼻で笑う。ちゃんちゃらおかしいね。
「へ?」
「あれを見ろ」
僕が指差した先は、先程戦場に突如として現れた壁の方。つまり、第五魔王軍である。そこでは、あからさまに動揺が広がり、上空にいる僕等のところまでも、ざわざわとした喧騒が聞こえてくる。
しかし、そこに怯えや恐れは一切ない。
あるのは、ある種の尊敬と畏敬。そしてただただ純粋な戦闘意欲だけであった。ギラギラと滾った視線が黄金重歩兵団へと注がれ、しかしその視線を受けて黄金重歩兵団の方も、かかってこいと言わんばかりに戦意を高めている。
「たしかに人間相手なら、お前のいう事ももっともかもしれないが、ここは魔大陸で、彼等は魔族。さらには、あれは第五魔王軍で、歴戦の猛者揃いだぞ?」
「うわぁ……」
魔大陸における、魔族たちのオリハルコンに対する感情は、ある意味崇拝に近い。最上級だと認識されている金属で、金色という鮮烈な輝きを放つオリハルコンは、最強の証明書に等しい。最強とはつまり、強さを信奉する魔族にとって、魔王をしのぐ最上級の称号だ。そして、戦ってそれを奪うという事は、必ずしも非難されるような事ではない。なぜならそれは、『最強』という冠の、正式な委譲でもあるからだ。戦時であるなら、なおさら誰も文句など言わない。
「すげぇな……。褒め言葉じゃなく……」
「自他共に認める戦闘狂、第五魔王軍の連中だしな。食指を動かす事はあっても、萎縮するなどあり得ない話だ」
まぁ、それに呼応して戦意を高揚させてるオールの部下たちも、大概だが……。
やはり、オリハルコンの武具を纏う事を許された事と、その者と戦う事を許された状況というのは、魔族云々を抜きにしても、戦闘狂たちにとっては美味しすぎる状況なのだ……ろう……。
いやまぁ、偉そうに知ったかぶりしてみても、一つも理解してないし、共感もできない思考回路なんだけどね……。
「さて、どうやら前哨戦はここまでで、全面衝突も時間の問題だ。つまり、僕の時間だな」
「どうすんだ?」
「いいからいいから、お前は戦場を観察しつつ、近付いてくる奴がいないか注意しててくれ」
「おう。まぁ、よくわかんねえけど、わかったぜ!」
僕の言葉に、なんの疑いも持たずに頷いたシュタールが、飛行機の翼の上から戦場を注意深く見つめる。
ちなみに、僕の作った飛行機は、地球の近現代に登場した科学的な飛行機――――プロペラ機やジェット機のような外観ではない。地球上で一番近いのは、あのオーパーツの黄金ジェットだろう。操縦席があり、大きな翼があり、尾翼がある。普段なら中央にある座席部分に座っているのだが、今は僕もシュタールも、主翼の上から戦場を俯瞰している。コックピット部分には、アリタとココが座っている。
戦場を注視しつつ、周囲も警戒しているシュタールの――――――――その無防備な背中を、僕は足蹴にした。