よくある戦争と、よくない魔王っ!?
真っ先に動いたのは、言わずもがな。アベイユさんだった。
雄叫びと共に、隊列もなにもなく第一陣がオールの軍に対して突撃を敢行した。勿論、オールの軍だって黙っちゃいない。ただしこちらは、きちんと隊列を組み、盾を構えて突撃してくる兵士たちを迎え撃つ。真っ青な空には、蝗の大群のような黒い影。その正体は、放たれた矢である。それが雨霰のごとく地に降り注ぐと、まるであらかじめそうであったかのように、黒い草原となり果てる。それを意に介さず、踏み荒らす兵士。さらに黒い雨を降らせる兵士。
「オオオオオオオオオオオオッッ!!」
降り注ぐ矢玉も意に介さないアベイユさんの第一陣は、どうやらかなり防御力の高い種族で固めているらしい。雄叫びをあげて迫ってくる軍勢というのは、はたから見ててもかなり恐怖を煽られる。あんなの、正面から待ち構える事になったらチビるね。
だが、いくら防御力に秀でた種族を揃えても、隊列も組まず、こんな散漫な攻撃では、しっかりと隊列を組んだオールの部隊を崩せないのではなかろうか。たしかに、地球の歴史では、きちんと隊列を組み、槍衾を構えて戦うファランクスという戦法を破ったのは、傭兵を使った遊撃隊を利用する戦法だ。しかし、それはあくまでもお互いに隊列を組んで拮抗状態を作ったうえでの話だ。
そもそもが、隊列というものの発祥は、バラバラに戦っていた混戦を、いかに有利に戦うかという考えから生まれたものだ。このような烏合の衆との戦いこそ、その本領を発揮するといっていい。
そんな事、歴戦の魔王であるアベイユさんなら、自明の理であるはずだ。つまり、この攻撃はなにかしらの策の一環と見るべき。オール陣営も、それをわかっているのだろう。動揺する事こそなかったものの、攻撃に対して油断せず構え、さらには周囲への警戒をより一層高めている。
もし両陣営が真っ向からぶつかり合い、お互いに一進一退の攻防を繰り広げれば、僕という遊撃部隊の利用価値も高まって、それなりの存在感も示せたのだが、残念ながらそう上手くは運ばないらしい。
まぁいい。所詮、今はまだ前哨戦。お互いにできるだけ被害を出さず、小手調べをしている段階だ。決定的なぶつかりは、まだ少し先。
――――僕が狙うのはそこだ。
ふとそこで、僕は違和感に気付く。
バラバラに進んでいたはずのアベイユさんの軍の動きが、なにか引っかかる。
「ふむ……。ちょっと早いが、動いておくか。ロロイ!」
「ハッ。ここに」
まるであらかじめそこにいたかのように、百目鬼のロロイが僕の傍らに現れる。紫の肌に全身の目。今日はその目の輝きが、一層増してる気がする。
……なんだかんだで有能なやつではあるのだが、魔族の性か、やっぱり戦闘狂の気があるんだよなぁ……。
「僕は上から戦場を観察する。タイミングを見計らって指示を出すから、あとは手筈通りに」
「了解しました。それ以降はいかがいたしますか?」
ロロイの全身の目が、窺うように僕を覗く。しかしそれは、まるで御馳走を前にして『おあずけ』を言い渡された犬のそれだ。期待に満ちている。
「わかってて言ってるだろ? 好きにしていい。お前も、兵士たちも好きに戦え」
「委細了解いたしました。キアス様も、どうかご武運を」
そう言って深々と頭を下げるロロイに、僕は渋面で手を振りながら答える。
「いらないよ、武運なんか。僕が欲しい幸運は、商機とラッキースケベだけさ」
さて、長々と話している暇もない。僕は鎖袋の中から飛行機を取り出すと、それに乗る。
「アリタ、ココ、操縦はちゃんと覚えたんだな?」
「当然っす!」
「ん」
頷く二人の親衛に僕も頷き返し、それからシュタールを見る。
「ホラ、なにやってんだ? さっさとお前も乗れ」
「は? 俺もあっちで戦うんじゃねえの?」
アホか。自分の持ってる武力に無自覚なわけでもないだろうに、そんな事を言い始めたシュタールに僕は本気で呆れる。
こんな、存在自体が戦略兵器みたいなやつが好きに暴れたら、この戦場はどっかの無双ゲームのような、目も当てられない虐殺を繰り広げる事になるだろう。しかも、もしそうなったら敵のボスである魔王二人も参戦するだろうから、犠牲は化け物の数に比例して一気に増える事だろう。
あ、化け物ってのは勿論、シュタールも含めての事だ。
そんな事は、僕の望む所ではない。こいつには、こいつの戦うべき戦場というのがあるのだ。それは今、この戦場にはない。そう、今はまだ。
「いいからとっとと乗れ」
「わかったよ。ったく。俺はホント、どーしてここにいるんだっての」
「きちんと意味はある。だからお前はなにも心配せず、そのときがきたら存分に剣を振るってくれ。僕の為に」
「一言多いぞ」
「勇者のくせに、魔王の為に」
「二言三言多い」
「僕の利害と、魔大陸の安寧、果ては魔大陸の安寧に助勢し、ややもすれば真大陸の大きな脅威になるかもしれないが、まぁがんばれ」
「随分と言葉を尽くしたなぁっ!?」
とはいえ、今ここにこいつがいる事には、本当に心の底から安堵しているのだ。ホント、こいつがここにいてよかった。
アリタの操縦で、飛行機はなんの問題もなく上昇し、戦場を俯瞰できる場所まで到着する。
「ああ、そういう事か……」
上空から俯瞰して、ようやくアベイユさんの戦術に気付く。
「どうした?」
戦術のせの字も考えた事のなさそうなアホ面で、シュタールが呑気に聞いてくる。
「見てればわかる。ほら、動き始めたぞ」
僕が指さした先で、戦場は変化し始めていた。